森のエルフと養い子

マン太

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32.エルフの森で

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 それから。
 また、以前と変わらない穏やかな時間が流れていく。スウェルはまるで何事もなかったように、変わらぬ様子でタイドに接していた──つもりだったが。

「スウェル。少し手を緩めない? 苦しいよ…」

「ん? そうか? 済まないな」

 言われてスウェルは、読んでいた本から目を離すと、タイドの腰に巻き付けていた右腕を、緩める。
 先ほど、近隣の哨戒を済ませ帰ってきてから、ずっとこの調子だった。

「いえ。それは動き辛いでしょう。まるで濡れたシーツの様ですよ」

  ニテンスが厳しく言い放つ。張り付いて離れない、と言いたいのだ。
 言われたスウェルは、ムウッと眉間にシワを寄せ、読んでいた本を一旦閉じると、自分の腕の中にいるタイドを見下ろす。
 居間の中央に置かれたテーブルにかがみ込む様にして、タイドは熱心に手紙を書いていたのだが、そのタイドを抱える様に腕を回し、スウェルは同じ椅子に座っていた。
 タイドは狭い膝と膝の間に座り、手紙を書いているのだ。身体を拘束しているつもりはないが、確かにニテンスの言う通り、動ける範囲は限られている。

「そうだよ。そんなにくっつくことないだろ? もう、どこにも行かないんだし…」

 タイドは口先を尖らせるが。

「何を言ってる。伴侶はこうしているのが普通だ。シリルとルフレもそうしているだろ?」

「それは、いつもくっついてるなって、思ってるけど…。でも、ずっとじゃないだろ? スウェルはずっとくっついてる…」

「仕方ない。俺たちは新婚だ。だが、これは一年とは限らないぞ? エルフの時間軸は人とは違う。新婚期間はもっとずっと長いんだ」

「ええっ?!」

 するとそれまで黙っていたニテンスが。

「スウェル様…。いい加減な事をタイドに教えるのはどうかと。素直に一緒にいたいだけだと、おっしゃればいいものを」

「うっ。こ、これくらい普通だっ…! 俺の父グリューエンも、人が見ていないときは母といつもべったりだ。これがだ!」

 ビシッと言い切れば。ニテンスは呆気に取られ、タイドは仕方ないと言う様子で。

「…いいけど。それでスウェルが満足するなら。こうしているの、嫌じゃないし。けど、今日はヘオースとリーベが遊びに来るんだ。その時は離れてよ?」

 タイドがメッと言う顔をして、幼い子に言い聞かせる様にこちらを見上げてくる。

 か、可愛い…。

 思わずデレっとしていると、ニテンスが軽く咳払いして見せた。それで我に返る。

「も、もちろん! だが、その分、帰ったら取り返すからな? そのつもりでいてくれ」

「…わかった」

 タイドの頬が赤くなる。
 思わず昔のようにその頬をつんつんしたくなった。二人だけならきっとそうしていただろう。
 タイドはどちらかというと──いや、かなり淡白な気質だ。スウェル以外とだったら、こんな風にべたべたすることを由としないだろう。

 俺だから。

 そう思うと勝手に頬は緩むのだ。

「スウェル様、顔が緩みっぱなしです。本当にこれがあのスウェル様なのか…」

 首を振りため息をつくニテンスに、スウェルはふんと鼻を鳴らしつつ。

「そうだ。これが本来の俺の姿だ。タイドが可愛くてたまらない──それだけだ。好きだ、タイド…。愛してる──」

「す、スウェル! やめろよ! ニテンスがいるっ!」

 頬に指を滑らせキスしようとすれば、タイドが更に顔を真っ赤にして訴えてくる。

「ニテンスは見て見ぬふりをしてくれる。それに、俺たちが幸せなのが一番だろう? な?」

 そう言ってニテンスを振り返れば。

「そうですね。確かにその通りです。ですが、二人だけの時であればまだしも、ひと目のある場所ではタイドが嫌がっています。ほどほどにした方がスウェル様の為かと。今後、ひと目があるところではタイドはスウェル様に近づかなくなるかもしれませんよ?」

「なに!? そうなのか?」

 腕の中のタイドを見返す。タイドは困ったように眉を寄せた後。

「…わからないけど。でも、あんまりしつこかったら、どうしようか考えるかも」

 そら見たことかと、ニテンスは片眉を上げて見せた。

 これはまずい。

 スウェルはタイドの肩に手を置き、しっかり目をあわせると。

「タイド。それは考え直さないか? 俺はタイドと一時も離れていたくないんだ。ほら、こうして腕を緩めるから。な? 離れるなんて、言わないでくれ…」

 懇願して悲しい表情を浮かべれば、タイドは困り果てた様に。

「そんな風に言わなくったって、離れたりしないよ。…ちょっとだけ、加減してくれればそれで…」

「タイド。あまり甘やかすのは後々困ることになりますよ? スウェル様は加減を知りませんから」

 ニテンスの言葉にスウェルはすかさず抗議をする。

「おいおい。ニテンス。俺をそんな風に思っていたのか? 俺だって大人のエルフだ。ちゃんと弁える時は弁えるさ。ただ、家にいる時は別だ。こうしてくっついていたって、誰の目を気にするでもない。ニテンスは壁だと思え」

「…無理だよ」

 タイドは頬を赤くして、スウェルを睨みつけてくる。

 可愛い。可愛くて仕方ない。

 それを見ていたニテンスは、大仰にため息を吐き出し。

「どうしようもないですね…」

 あきらめの言葉を漏らした。
 窓の外では、緑の木々が風に揺れ、その下で、馬のアンバルとマレが美味しそうに、草を食んでいた。
 時はゆっくりと流れて行く──。

✢✢✢

 謹慎の後、スウェルはいつもの日々に戻っていた。とは言っても、謹慎中も解かれる前も、日々の暮らしは変わらない。
 万事が万事この調子で。ニテンスの小言はいつもの事。
 フンベルの城にもタイドと共に訪れた。逆にベルノがリオを連れて、又は一人でタイドのもとへ訪れもした。
 彼らの時の流れは早い。いつか、その時が来るまで、きっとこの交流は続くのだと思う。

「ああ、ホント。ホッとした…」

 そう心からの声を口から漏らしたのはルフレだ。タイドと共に薬師のシリルの館を訪れた際の言葉。
 スウェルはタイドと共に、庭に置かれたテーブルについて、シリルとルフレの歓待を受けている。美しい彫刻の施された石のテーブルには、ルフレが手作りした様々な焼き菓子がいい香りをさせていた。
 スウェルはルフレに目を向けると。

「随分、心配をかけた様だ。済まなかったな?」

「もう、こっちは気がきじゃなくて…。それが聞いたら『実はエルフとして生きていました』って。どれだけ、うっかりものなんです? 告白したついでにエルフにして、気づかず記憶を封じるなんて…。あんな事態がなければ当分そのままでしたよ? タイドが可哀想すぎです! っとに、どれだけうっかり者なんだか…」

 ルフレは皆のカップにお茶を注ぎながら、信じられない、と言った顔をしてみせた。

 確かにその通りではある。──が。

「…シリル。コイツの口を暫くきけないようにしていいか?」

「いいと言うわけ無いだろう? 本当の事だ。まあ、終わり良ければ──だろうが。今後は十分、自分の力に気をつける事だな?」

「分かってる…」

 ぶすっとしたまま、スウェルは答える。
 タイドは美味しそうにお茶を口にした後、

「ねぇ、ルフレ。伴侶って、ずっとくっついているのが普通って本当? スウェルがそう言うものだって…」

 言って頬を赤くした。

「は?」

 ルフレがキョトンとした後、ギギッとスウェルを睨みつけ。

「また、いい加減な事を…」

「皆、伴侶とはベタベタしているじゃないか。…そうじゃない奴らもいるが」

 一言訂正を付け加え、スウェルはお茶をひと口飲み終えると、チラとタイドを見返した。困惑した表情を浮かべている。

「そりゃあ、好きなんですからベタベタもしますよ? だからって、四六時中ってわけじゃ──て、あなた、まさかずっとベッタリ張り付いているんですか?!」

「……どこが悪い?」

 ルフレはああ! と言って大袈裟に頭を抱えて見せると。

「タイドが不憫です…。こんな素直でいい子なのに、スウェルに養われたばかりに、間違った情報ばかり得て、振り回されて…。エルフは本来こんなんじゃないのに! …タイド。暫くうちで過ごす? 本当のエルフがわかるよ?」

 タイドは困惑を見せながらも笑むと。

「いいんだ。俺はこのままで。…スウェルが──全部だから」

 言外に、スウェルが自分の全てで、ほかは要らないのだと言ってのける。

 ああ。いい子だ、タイド。

 スウェルは勝ち誇った様にルフレを見返すと。

タイドだからな?」

「うーん…。やっぱり、あの時、うちで預かって置けば良かったな。そうしたら今頃──」

「それでも。きっと俺と恋に落ちたに決まってる。──だろう?」

 バチリとウィンクして見せれば、タイドは、一瞬、ポカンとしたものの。

「──多分、きっと…」

 顔を赤くして、そう口にした。
 そんな二人を、シリルは穏やかな眼差しで見つめる。
 終わり良ければ全て良し──なのだと。

✢✢✢

 扉を開ければ、そこにはお茶を淹れるニテンスがいて。そのテーブルで、熱心に手紙を書くタイドがいた。
 きっとベルノへ向けて書いているのだろう。その身体に昼過ぎの日差しを浴び、緑の影が揺れていた。
 ここの所、頻繁にやり取りをしている。
 どうやら、リオとの婚約が決まったらしい。
 スウェルが部屋に入ると、視線がこちらに向けられて。

「スウェル…。おかえり」

 どこか甘さを含んだ声音で呼ばれた。思わず、口許がほころぶ。

 永遠にこの時は続くのだ。これ以上の幸せがどこにあるだろうか。

 そんなタイドの傍に歩み寄り、そっと手を取り甲に口づける。

「ただいま。…私のタイド」

 深い緑の瞳が、揺れた。
 いつもの日常の始まりだ。


―了―
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