月の光に

マン太

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4.きっかけ

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「サイアン…」

 ささやく様な声に呼ばれ、サイアンは振り返った。慣れないものが聞けば、空耳と疑った事だろう。
 見れば少し開いた扉の向こうに、マレが顔をのぞかせている。
 自室にいる時は、いつもドアを少し開けていた。ノックさえ躊躇うマレの為に、そうしたのだ。いつでも来ていいと言う証で。
 おかげで、こうして時折、遠慮しつつも顔を見せてくれるようになったのだ。

「どうしたの? マレ」

 手にしていた羽ペンを置くと、椅子を反転させ、しっかりマレと向き合う。マレは部屋の戸口にたったまま。

「あの…お願いがあって…」

「なに? 言ってごらん」

 マレは野生の小動物、リスや野鳥と同じだと思っていた。こちらが急に動いたり大きな音を立てたりすれば、さっと逃げ出してしまう。
 マレはそれと同じで、こちらが少しでも乱暴な行いや雑な態度をとれば、きっと心を閉ざしてしまうに違いない。
 だから、もともと乱暴者ではないサイアンではあったが、さらに行動には細心の注意を払っていた。
 優しく笑顔を向けると、マレはすうっと息を吸ったあと、

「前につくった巣箱を、木につけたいの」

 一気にそう口にした。

「巣箱?」

「…父さんと、作って。帰ってきたら、交換しようって…。でも……」

 ルボルはもう帰って来ない。マレは不安気に窓の外に目を向け。

「もうじき、渡り鳥がやってくるから…。どうしても、新しいのつけたくて…。前のは壊れているから…」

 切れ切れの短い会話でも、すぐに悟ったサイアンは頷くと、椅子から立ち上がって。

「──よし。じゃあ、直ぐに行こう。今日は良く晴れているから丁度いい」

「…いいの?」

「もちろん」

 勉強などいつでもできた。今はマレの望みをかなえるのが先決で。
 早速、馬車を出すと、マレの家まで行くことにした。



 ルボルとマレが住んでいた家は、ラクテウス家がもらいうけ、管理していた。
 取り壊すのは簡単だったが、ルボルとの記憶が詰まった家を、どうしたいかはマレに任せたいとラーゴが決めたからだ。マレが大人になってから、どうしたいか判断すればいいと、その扱いになった。
 あれからひと月以上は経っていたが、家の周囲に荒れた様子はない。管理人によく言って聞かせてあるからだろう。
 家の鍵はその管理人に持たせている。途中それを取りに行こうとすれば、

「大丈夫だよ。あるんだ」

 そう言って、マレは家に到着したとたん、御者が馬車の扉を開ける前に、自ら扉を開けて勢いよく飛び降りた。いつもの大人しいマレとは大違いだ。
 マレは駆け出し、家の玄関脇にある、小さな鉢植を持ち上げ、下を探り出す。そして、

「あった…!」

 ほっとした様子で取り出した何かを握り締め、後をついてきたサイアンを振り返って、それを差し出して見せた。小さな手の平には、

「鍵?」

 丁寧に油のついた布に包まれた銀に鈍く光るものがあった。

「うん。なくした時にはここを探せって、言われてたんだよ。本当にあった!」

 笑顔になるマレにサイアンもつられて笑顔になる。

「秘密の隠し場だね? 僕に教えていいの?」

「……いいよ…。だって、サイアンだから…」

 言って頬を赤くする。そんなマレが可愛くて、サイアンはポンポンとその頭を撫でると。

「じゃあ、巣箱を取り付けようか。どこにある?」

「うん! 待ってて」

 そう言って先に立って軋む扉をあけ、中に入る。
 中は湿った空気がただようものの、ひんやりと静かだった。整頓もされている。
 中は極力触らないよう言ってあるため、きっとマレがいたときとそう変わっていないはずだ。マレはきょろきょろと辺りを見回した後。

「あった!」

 そう言って、壁に置かれた本棚の下段から、マレの顔くらいはある巣箱を持ち出した。
 持ち上げるとホコリが舞う。それをふうと息で吹いた後、さらに手ではらう。マレはにっこりと笑み。

「サイアン。これ…」

 恥ずかしそうにしながら差し出してくる。小ぶりな巣箱は、とても丁寧に作られていた。
 屋根には日差しがつき、出入口もきちんとヤスリがかけられている。油もしっかり塗り込まれていた。

「僕も、手伝ったの…。この茶色いの」

「油を塗り込んだんだね? 偉いね」

「よく塗らないと丈夫にならないから…。父さんがそうした方がいいって」

「そうか、よくできてるね。じゃあ、さっそく取付けよう」

「うん!」

 マレは嬉しそうに返事を返した。
 流石に木の半ばに取り付けられた巣箱には、今のサイアンの身長では届かない。ルボルはかなり身長があったはず。
 手近な踏み台を探しだしてきて、それに昇るとようやく手が届いた。

「──よし。これでいいね」

 木箱の後ろには板が取り付けてあって、そこにひもを通すための穴が、上と下に開いていた。そこへ丈夫な縄を通し、木へ結びつける。古いものは取り外し、足元に置かれていた。

「うん! ありがとう、サイアン…」

「どういたしまして。でも、大したことじゃないよ。きっと来年も必要になるね…」

 サイアンはそう言って巣箱を見上げていたが、ふと思いついたように。

「来年は、僕が巣箱を作ってもいい?」

「サイアンが?」

「そう。これからずっと。──いいかな?」

「うん…!」

 マレは頬を赤らめるとニコニコと笑んで見せた。ピンク色に染まる頬。
 その笑顔はサイアンが見たかったものだった。



 以来、マレには笑顔を浮かべるようになった。サイアンはそれが嬉しくて、片時も傍から離さない。
 勉強の時間でも、狩りや剣術の授業の時でも──それぞれ専属の教師がいて、教えに通ってきていた──マレが嫌がらない限り傍に置いた。
 とは言っても、嫌がった記憶はなく、剣技の鍛錬中に、サイアンがやられそうになって、顔を背けたくらいだ。
 時には一緒に勉強を教わったり、剣術を習うことも。そんな二人の仲に、家の者たちは喜び、温かく見守った。
 そうしているうちにマレの緊張は徐々に解け、サイアンがいなくても、少しづつ家人らと話せるようになっていった。
 喜んだ家人たちは、マレを怯えさせない程度に声をかけるようになり。
 焼きたてのケーキの端をこっそり持って行ったり、厩で生まれたての仔馬を見せたり。
 気がつけば、すっかりマレはこの家に馴染んでいた。
 それが、サイアンを寂しくさせたのだが、せっかくの好機を逃してはいけない。マレを独り占めしたくなるのを我慢して、そんなマレを優しく見守った。
 それから、時々、サイアンはマレと共にその実家を訪れるようになった。
 マレの緊張を解すためもあったが、マレの生き生きとした姿を見るのが楽しかったからだ。
 二人きりで週末をそこで過ごすこともしばしば。ラーゴも了承済で。
 ふたりはまるで二人だけの基地のように、その場所で過ごした。それは、サイアンにとっても、マレにとってもかけがえのない日々で。
 マレは、父と過ごした日々とはまた違った記憶をそこに持つようになって行った。
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