月の光に

マン太

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6.誕生会

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 マレがようやくラクテウス家での生活に慣れだし、半年ほど経ったある日、王家の親族でもある公爵の催しに呼ばれた。娘の誕生会だと言う。
 年頃はサイアンよりは下で、マレよりはやや上ほど。ぜひ子どもらもと請われ、ラーゴはサイアンとマレを伴って参加した。

「おっきいね…」

 馬車を降りたマレは、公爵家の居城を前に、圧倒された様に声を漏らした。
 ラクテウス家もマレにとっては大きく感じたが、さらに大きく、想像する城そのものだった。
 かなり年月を経た建物らしく、重厚な石造りの城壁は、所々黒く変色しツタが絡まり、各所には獅子や鷲の石像彫刻が飾られている。
 それだけでも圧倒されるのに、中に入って更に圧倒された。
 黄金で装飾された内部は、どこを見てもキラキラと光って見える。
 天井から吊り下げられたクリスタルのシャンデリアは、ロウソクの光を反射する。壁面に飾られた鏡の周囲には、細かい金の細工が施され、そこを同じく金の燭台に点されたロウソクが照らし出し。
 あちこちがキラキラと輝いていて、落ち着かないくらいだ。
 敷かれた絨毯は深い赤で、ツタの文様が描かれている。一歩踏み出せば、まるで新雪に足を踏み入れた時のようにふかりと沈んだ。
 全てに煌びやかさと重厚さがあった。マレの言葉にサイアンは微笑むと。

「ここは公爵家だからね。王の血縁者でもあるとてもえらい人の家だから、うちよりもっとずっと広いんだよ。迷うといけないから、手を繋いで行こう」

「うん…」

 確かに迷ったら二度とサイアンらと会えなくなる気がして、いつもなら遠慮がちに握るそれも、今日はしっかりと握り締めた。
 そうして、先を行くラーゴに続く。
 会場に案内され、暫くするとやや長めの公爵のスピーチがあり──サイアンと目配せしてその長さにこっそりと笑った──それが終わると食事会が始まった。
 といっても、堅苦しくはなく立食形式だ。
 会話を楽しむもの、食事にいそしむもの。楽団の華やかな演奏に合わせて踊るものもいる。

「ここで少し待っておいで。動いてはだめだよ? 食べるものを取ってくるからね?」

 壁際に置かれた、小さなテーブルのついた席にマレを座らせると、何度も動かないように注意してから、サイアンは食事の置かれたテーブルへと向かった。
 飲み物はすでに給仕から受け取っていて、それはテーブルに置かれている。子供が飲めるように作られたシャンパンだ。薄紫のそれには小さな泡が幾つもできている。
 恐る恐る一口だけ口にしたが──。

「っ?!」

 口の中でパチパチと弾ける飲み口に驚いて、すぐに口を離した。まだマレには少し早いらしい。口に合わなかった。
 そのまま、落ち着かない心地で待っていれば、こちらに戻ろうとするサイアンの姿が見えた。食べ物を山のように乗せた皿を手にしている。
 日ごろから食の細いマレに、いつもサイアンは食べろと進めてきていた。今日もそのつもりなのだろう。
 けれど、食が進む自信がない。よその家に来れば尚更、食欲は落ちてしまう。
 どうしようかと、向かってくるサイアンを目で追っていれば、その戻る途中、何者かに声をかけられ立ち止まった。
 見れば、今日の主賓の女の子だった。
 栗色の巻き髪に赤いリボンを飾り、赤いドレスを身に着け、年齢よりも大人っぽく見える。胸元も背中も大きく開いていて、見事な緑色の石のついたチョーカーを首に巻いていた。
 幼さが残る顔にそれは不釣り合いな気もしたが、こういう場ではそう言うものなのかもしれない。
 なかなかその娘はサイアンを離さず、戻りかけたサイアンを何度も引き留めていた。
 最終的に、家人に呼ばれた娘が離れたおかげで、ようやくマレのもとへ戻って来ることができたのだ。

「ずいぶん待たせてしまったね? 美味しそうな食べ物が沢山あったよ。──でも、きっとマレは食べられないだろうと思って、甘いのを多くとってきた。これなら食べられる?」

 確かにお皿には、食事、というよりデザートに近いものばかり。
 でも、これならマレも口にすることができそうだった。給仕から取り皿をもらうと、サイアンは綺麗にそれを取り分けていく。それを見つめながら。

「さっき、話してたのは?」

「ああ、今日の主賓だね。名前を──ええと確かイリーナかマレーナか…、いや、イリス、だったかな?」

 そこまで言って、はたとマレと目を合わせ。

「これじゃ、来賓失格だね?」

 そう言って笑った。サイアンにとって、媚を売ってもいいくらいの今日の主賓は眼中にないようだった。
 サイアンは甘いお菓子が乗った皿をマレの前に置くと、さらに飲み物を注文した。
 暖かい紅茶がわきに置かれる。マレがシャンパンにろくに口をつけていないのをしっかり確認していたらしい。

「──さあ、これで準備万端。せっかくだから、デザートを食べつくそう」

 悪戯っぽく笑うサイアンにつられ、マレも笑った。
 その後、しつこく主賓の娘や、ほかの貴族の娘らにダンスを誘われたサイアンだったが、けっしてそれを受けることはなく、ただただ、マレと食べることに専念していた。
 無理にそうしているわけではなく、本当にマレと食べていたいらしく。断ることになんのためらいもないようだった。
 ようやくラーゴから帰りを伝えられ、帰途に就くことができた。
 すっかりデザートや果物で腹を一杯にして満足気なサイアンとマレに、ラーゴは呆れた様に笑うと。

「まったく。サイアンは誘いを全部ことわってるんだからな? おかげで公爵に嫌味をいわれたぞ? 『お前の家はちゃんと食事をとらせているのか?』てな?」

 そう言って大笑いする。サイアンは肩をすくめてみせると。

「だって、見も知らない娘と踊るよりも、マレと話している方がずっと有意義で楽しかったんです。マレも楽しかったよね?」

「うん。サイアンがいたから、楽しく過ごせたよ」

 仮にサイアンがいなければ、マレはかちこちに固まって、最後まで席を離れることも、ものを口にすることもできなかっただろう。

「わかった、わかった。お前たちが楽しかったなら、それで十分だ」

 笑んだラーゴはそう言って二人を見つめていた。
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