月の光に

マン太

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29.判決

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「リーマ・グラシアール、判決を言い渡す──」

 その日、マレは静まり返った法廷内で響き渡る裁判官の声に、ただ沈黙した。
 王宮に到着して数日後、裁判所にてその日、正式にクレーネー王国グラシアール王家第四王子、リーマ・グラシアールの判決が下された。
 辺境の地での生涯の幽閉。極刑は免れた。
 誰もが極刑が下るものと考えていたが、現王レマンゾ・グラシアールが退位することに免じて、減刑され極刑をまぬがれたのだ。
 齢五十八歳。まだ退位するような年齢ではない。
 が、数々の罪を犯してきた息子である第四王子を監督できなかったとして、その罪を償うとしてその任を降りたのだ。
 後を継ぐのは、長子トレンテ・グラシアール。まだ若いが聡明で穏やかな気質。レマンゾの後を継ぐには十分だった。
 レマンゾはそのまま王宮からも出て、湖水地方の別荘へ移り住むことになる。国政からはまったく身を引くとのことだった。
 王としてまだやりたいことがあった中での退位に、皆惜しんだが、リーマの犯した罪を思えばそれも仕方ないと理解を示した。
 しかし、残された被害者の遺族の怒りは収まらない。
 ことに、マレを失ったサイアンは怒りをあらわにした。彼の気質から言って、今までにないことだった。

「なぜ! なぜ、生かすなどという選択を!」

「…そのために王が退位を決めた。王の決定を受け入れないわけにはいかない。王にしてみれば、亡き第一王妃の子。失いたくはないのだろう…」

 各騎士団専用の執務室で、サイアンと対峙するのは青の騎士団長、父ラーゴだ。

「……いったい、どれほどの人間が、奴の行いに苦しんだか…。──いや、私は認めない! あいつを生かすなど、あり得ない! マレは──マレは、生きられなかったと言うのに…っ!」

「──怒りを鎮めろとは言わない。だが、すべてを吐き出していいのは俺の前でだけだ。──サイアン、おまえはまだ生きねばならない。騎士団としての勤めもある。一時の感情ですべてをふいにするな…」

「父上! マレとのことを、忘れろとおっしゃるのですか? 一時の感情などと…。どれほど、私がマレを愛していたか……。あいつが生きていても、死んでいてもこの苦しみは続く。しかし、マレが死んで、奴が生きていることに納得ができません!」

「サイアン、おまえの気持ちは十分わかっている。俺も…同じだ。ルボルとの約束を守れなかった…。──だが、俺は王家に仕える騎士団の一員だ。その決定に逆らうことは許されない…」

「例えそうだとしても、私の心はマレだけのもの…。マレだけが全てだ…。すべてのものが奴を許しても、私は許さない!」

「サイアン!」

 そのままサイアンは執務室を飛び出していく。
 ラーゴは止めようと伸ばしかけた手を、力なく落とした。今は何をいっても聞かないだろう。
 けれど、最後には気付くはず。サイアンも激情に任せて行動を起こすほど、馬鹿ではない。
 例え、リーマをその手にかけても、憎しみは消えないし、マレは戻ってはこないのだと。



 ──生かしておくものか。

 日も落ち辺りが暗闇に包まれる頃、サイアンはひとり王宮の地下にある牢獄に向かっていた。──ある目的を持って。
 リーマ幽閉の判決が下りたため、明日にでも、また、例の高い塀に囲まれた僻地の施設へと移送する予定だった。
 その責任者となっているサイアンが、夜遅くと言えど、その様子を見に来たところで、誰も見咎めるものはいない。
 サイアンは、リーマの入る牢獄の前の分厚い鉄扉の前まで来ると、衛兵に自分以外、人をいれるなと指示を下した。
 ふと、開けられていたのぞき窓から、歌声のようなものが、もれ聞こえてきているのに気が付いた。

 ──これは──。

 サイアンはそれが何か気づき、眉を顰める。

「…やめさせますか?」

 衛兵の言葉に首を振ると。

「いい…」

 サイアンが重い鉄扉を押し開いても、歌は続いていた。こちらの音を気に留めてはいないらしい。
 見張りに立っていた兵士も、サイアンを認め退出していく。扉を後ろ手で締め、一歩一歩、リーマの元へと近づいた。
 リーマは牢獄の隅の方で膝を抱えて座り、唄を歌っている。歌詞はない。鼻歌だ。
 マレはそれを歌ってやると、すぐに眠りについた。サイアンと、マレとの大切なつながりを示す唄。

 ──それを。

 ぎりと拳を握り締める。
 ザリ、と、靴底が床を踏む音に、ようやくその歌が止まった。
 壁に揺れる蝋燭の光のみが頼りの牢獄内に、互いの姿をはっきりと見ることはできない。チャリと鎖の動く音がした。リーマが身じろいだのだろう。
 サイアンはまた一歩踏み出す。

「……なぜ、お前がその歌を?」

「……っ」

 ゆらゆらと揺れる炎の光の中に、サイアンが姿を晒すと、リーマが息を飲んだ気配がした。鉄格子の前まで来て、その格子を強くつかむ。

「──いや、お前は知っていたはずだ…。マレの手紙にあった。夜、テラスに出て、お前に聞こえるように歌っていたと…。それを覚えていたのか? 覚えていてなぜ、今歌う? ──命乞いのつもりか?」

 闇の中で、ふるふると空気が揺れた。首を振ったらしい。サイアンは口元に酷薄な笑みを浮かべると、

「マレを悼んでいるとでも? ──改心したふりをするのはよせ。極刑を免れ、喜んでいるのだろう?」

 と、それまで牢獄の隅にあった影が、そろり、と蝋燭の光の中に躍り出た。引きずられる鎖の音が耳に響く。
 すっかりやつれ、顔色が悪くなったのが暗闇でも分かる。薄汚れた衣装が、まるで別人の様。かつての栄華の欠片もない。けれど、なぜかその方が人間らしさを感じた。

「……違う。僕は……」

「お前は隙あらば相手を籠絡し、幽閉先からさえ逃れようと、そう言う魂胆なのだろう? 先の幽閉も、善人のふりをして、ブルーナを取り込もうと躍起になっていただろう? ──奴がどうして騎士団を辞してまで、お前の傍についたと思っている?」

「……?」

 リーマの表情に戸惑いが浮かぶ。

「奴の妹はお前の差し金で命を落とした。覚えているだろう? ──いや、もう忘れたのか。たかが侍女のことなど…。花瓶を落して割った、ただ、それだけのことで不興を買って、自身の護衛に襲わせた! ──結果、妹は自ら命を絶とうとし、その怪我がもとで亡くなった…。ブルーナはお前を殺したくてしかたなかったはずだ。だから、あの任務についたのだ。──それなのに…!」

 ぐっと格子を握り締めると。

「…最後には、おまえに同情さえ示していた。許すつもりはないが、自身の知るリーマとはことなると」

「……っ」

「いったい、奴に何をした? そこまでして、生きながらえたいと?」

 すると、また強く首を振ったリーマは。

「僕……私は、生きたいとは、もう思わない…」

「なんだと?」

「……私は……あなたが楽になれるのなら、ここで斬ってもらって構わない…」

 進み出たリーマの頬には、涙が流れ落ちている。

 ──なんなのだ、この男は。

「──なら、遠慮なくそうさせてもらう!」

 サイアンは鍵を開け、中へと踏み入り、リーマの胸倉をつかみ上げた。
 体重の軽いリーマは軽々と持ち上がり、床に足先がつかなくなる。
 そうして、腰に帯びていた短剣を抜き振りかざした。リーマは苦しげに顔を歪めながらも、口を開く。

「……ここで、私を殺めても罪にはならない…。王へ…手紙を書いた。あなたは、私の自害を手伝っただけ…。──それだけだ…」

「──!」

「…もう、あなたに恨まれて生きていくのは、耐えられない……。ここで私の命を絶ってくれ。判決を聞いて、ほっとした。……どうせなら、あなたの刃で、死にたかったんだ…」

 そう言って、閉じた瞼の間からはとめどなく涙が零れ落ちる。

「──っ…!」

 思わず振り上げた手を止めれば。

「ためらうな! マレを殺したのは、私だ! さあ──!」

 閉じられていた目が開き、サイアンを見据える。覚悟を決めた人の目だ。
 冷たいはずの青い瞳。なのにそこへ、マレの瞳が重なって見えたのだ。涙ながらに自身を見つめるのは、亡き愛しい人で。
 それでも、サイアンは白刃をひらめかせるが──。

「……っ!」

 振り上げた刃が、それ以上下ろせない。

 ──なぜだ? こいつは、私からマレを奪った、憎い敵なのに。

 今ここで、胸へ剣を突き立てれば、それでおしまいだ。これで、マレも少しは浮かばれる──。

『サイアン』

 耳に響く、涼やかな声。コロコロと鈴が鳴る様で。

 ──いや。マレは──きっと、喜ばない…。

 どんな理由があれ、命を奪う行為を喜ぶ様な人間ではない。

 ──これは、私の自己満足なのだから。

 それにリーマを消した所で、マレは生き返らないのだ。もう二度と。
 振り上げた剣は、力なく下ろされる。

「…サイ、アン…?」

「……その声で、私の名を呼ぶな…。──二度と呼ぶな!」

 言うと、思いきりその頬を叩いた。弾みで飛ばされたリーマは、石壁にしたたかに頭を打ち付け昏倒する。
 サイアンは肩でハァハァと荒い呼吸を繰り返したあと、剣を腰に収めると。

「…お前に自由は与えない。生涯を暗い壁の内で暮らすがいい…」

 そして、サイアンはそこを立ち去った。



 目覚めると、冷たい石の床の上だった。

「……っ」

 口の中に血の味が広がる。手をついて身体を起こすと、グラグラと身体が揺れる様。
 頭を打ったせいだろう。続いて脈打つ様にズキズキとそこが痛みを訴え出した。
 どれ程の時間、そうしていたのか。寒さと痛みで身体がきしむよう。
 鉄格子の向こうには、無表情の衛兵が立っている。
 ここでリーマがこのまま死んでも、どうと言う事はないのだろう。助けないと言うのは、そう言う事だ。

 ──僕は罪人。

 唇を噛み締め、湧き上がる嗚咽を押さえ込む。好いた相手に恨まれこそすれ、愛されることなどない存在だ。
 叩かれた頬以上に、心が痛む。

 ──サイアン。

 刃で突いてくれれば良かったのに。
 サイアンの手にかかるなら本望だった。
 王への手紙にも書き記した。今ごろ、ブルーナの手から渡っているはず。
 自分が誰かの手によって命を落としても、どうかその者を咎めないで欲しいと。自分はそれだけの事をした。私は自害したのだと、思って欲しいと。
 ズルズルと生きながらえるより、愛しい人の手で。

 ──サイアンなら、きっとやり遂げてくれると思ったのに。

 しかし、それは果たされなかった。

「……ふっ、く」

 石畳についた手をに握り締める。ポタリと滴が手の甲を濡らした。

 その後、硬いパンと冷えたスープの夕食が運ばれて来たが、とても食べる気にならず。
 どこからか現れたネズミがパンを齧りだす。冷たい壁に背を預け、それをぼんやりと眺めるだけだった。

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