Take On Me 4

マン太

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37.それから

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 それからも、賑やかな日々が続いた。
 円堂が退院してからも、壱輝と初奈は家に良く訪れたからだ。
 ただ壱輝はこちらの家より、真琴のマンションを訪れる方が多い。高校から近いせいもあるらしいが、真琴を頼りにしているのがうかがえた。
 きっかけは八野の一件だ。裁判が終わるまで、何かと用があって一緒に過ごす時間が増え。今ではすっかり真琴に懐いた様子。
 あれ以来、俺への好意は示さなくなった。ただ、円堂が退院する前日、一度尋ねられたことがあって。
 夕飯も終わり、皆が自室に戻った後。
 明日、壱輝と初奈は円堂を迎えに行って、その足で自宅へ戻ることになっていた。もちろん、病院には真琴と俺、岳もついていく。
 当分、円堂の体調が万全になるまで、壱輝達のもとには家政婦役に倖江が通うこととなった。
 キッチンでシンクの後始末をしていた俺の元に、壱輝が訪れた。

「大和…」

「なんだ? 水か?」

 俺はいつかの様にコップを手に取ろうとするが、壱輝は首をふった。

「その…。お礼、言いたくて。…色々、ありがとう。…迷惑かけた」

「いいって。全部、いい思い出だって。これからも初奈と一緒に遊びに来いよ? 親父おやじさん、仕事で家にいない時はこっちにいていいからな?」

「それ、何回も聞いた…」

「はは。そうだっけ? てか、壱輝も初奈も遠慮するタイプだろ? よく言い聞かせとかないと来てくれないだろうなっと…」

 俺は頭をかく。と、壱輝はそれまで俯いていた顔を上げると。

「大和は…岳さんと、どんな時も一緒にいたいって思うのか? 今回みたいに、危険な場所でも…」

 俺は一瞬きょとんとしたが、腕をぐっと構え握りこぶしを作って見せる。

「おう! 思うぞ。もう、離ればなれはゴメンだ。次は絶対、岳に危機が迫ったら、一番に助けられる場所にな。今回のことで余計にそう思った」

「そう…」

 壱輝はその言葉に肩を落とすと、くるりとこちらに背を向け部屋を出ていこうとする。

「なんだ? 聞きたいのはそれだけか?」

 立ち止まった壱輝は肩を一瞬揺らしたが。

「…うん。おやすみ」

 壱輝は部屋に戻って行った。
 それ以降、壱輝は俺に対して何か尋ねることも、その思いを向けてくることもなくなった。

 あれが、何か壱輝の中の答えになったんだろうな。

 岳に何かあれば、すぐに助けられる位置にいたい。今回の事でより強く思った。
 自分の知らない所で、岳に何かがあるのはごめんだった。それは、近い場所にいても何もできないこともあるかもしれない。
 けれど、傍にいればすぐに対処できる。人づてに状況を知るのは沢山だ。

 どんな時も、岳の一番近くにいる。

 そんな存在でありたかった。

+++

「なあ。なんであんなにがっちりくっついてんの。あの二人」

 学校帰り、真琴のマンションに立ち寄った壱輝は、出されたココアをキッチンカウンターで飲みながらぼやく。
 今日は午後が休みだから家にいると知って、家に帰る前に寄ったのだ。
 真琴は今回の件がきっかけとなり、所属していた弁護士事務所の紹介で、とある企業の専属弁護士となった。他にも数名いる為、休みも取りやすい。所長が気を利かせてくれたのだ。
 それでも半休だというのに、真琴は部屋で仕事をしていたらしく、壱輝が訪れるとリビングのテーブルの上には資料やらパソコンやらが置かれていた。

「岳と大和か?」

「そう」

 真琴はぶすっとした顔の壱輝に笑みを浮かべると。

「色々あったからな。それが二人の絆をより強いものにしたんだろう。だが──」

「んだよ?」

「それ以前に、岳はすっかり大和に惚れていたからな。岳は気に入ったものは早々、手放さない。岳は後生大事にしているぬいぐるみがあってな。それを今度の仕事にも持っていったらしいんだ。ザックの底に押し込められて、気付いた時にはほとんど潰れていたらしいが…。それさえも捨てずにまた大事に飾ってる。…可愛い所があるだろ?」

「きも」

 真琴は笑う。

「それくらい、気に入ったものは大事にするのさ。家族も友人も。…けど、大和は特別だろう」

「てかさ。嫌じゃねーの? 好きな相手が他の男といちゃいちゃしててさ。前にも言ったけど。…俺だったら見たくねーし、そいつから奪ってやろうって思うけど?」

「それで大和が幸せならな? 言ったが、好きな相手といて、大和が幸せならそれでいい」

 壱輝のマネをしてそう返して来る。

「本気でそう思ってんの? …それであんたはいいのか? 辛くないわけ?」

「分かり切ったことを聞くな。俺だってひとりの人間だ。辛さや寂しさもある。だが、岳も大和も大切な友人でもある。俺がもし、無理をして大和を手に入れようとすれば、もしかしたらすべてを失うかもしれない。──いや。もしじゃないな。岳も大和も俺の前から去るだろう。そうはなりたくない。欲張りなんだ」

「…なんか。俺にはわかんね」

「だろうな? そのうち、本気で人を好きになれば分かる様になるかもな」

「そんなの、こねぇって…」

 真琴の答えに壱輝はため息をもらし、テーブルに肘をつく。そうして、暫く不貞腐れていたが。

「なあ…」

 キッチン内に立つ真琴に目を向ける。

「なんだ。今日はやけに色々聞いてくるな?」

「別にいいだろ? 真琴はもともと、そっちだったのか? 女とも付き合ってんだろ?」

 時々、女性がいた痕跡が残っているのだ。ソファの隅にやけに長い髪の毛が落ちていたり、まるめたストッキングがベッド下に落ちていたり。若干、意図的なものを感じる。他に女がいた場合のけん制なのかもしれない。

「まったく。言い方がなってないな。…付き合った経験のあるのは女性だけだ。異性で好きになったのは──」

 と、少し遠い目をした後。

「…本気で好いたのは大和だけだな」

 言い直した。少しだけ切なげな表情をして見せて。

 なんだろうな、この人。

 壱輝から見ればかなり年上だ。父親にも近いくらい。壱輝とは十六才も離れていた。
 今はいい兄のような、父親に代わる存在になりつつある。
 父親はてんで頼りにならないのだ。勉強だって真琴に見てもらっている。最近のテストではいままでにない高得点をたたき出して、教師を驚かせたくらいだ。
 因みに、髪色は栗色位に戻した。何となく、尖った格好が恥ずかしくなったのと、そうする必要を感じなくなったからだ。
 真琴は壱輝をひとりの人間として認めてくれる。自分を主張する必要がなくなったのだ。
 人格者で、仕事も家事もなんなくこなす。

 スーパーマンだよな。ほんと。
 
 大和とはまた違った意味で、気になる存在になりつつあった。単なる憧れなのか、それともまた別の感情なのか。
 ふと、いつか大和に言われた言葉を思い出し、ふっと笑みをこぼした。
 未来に何が起こるかは、誰にもわからない──と。

「なんだ?」

 じっと見ていると、真琴が訝し気な顔をして見せた。

「…なんでもない。てか、次の休み、いつ? あっち行くの?」

「お前は…。俺の余暇を全部、お前の予定でつぶす気か?」

「いいじゃん。半休の時は来たってさ。金曜日あっち帰るなら俺も行く」

 真琴はまったく、とため息をついた後、

「次の半休は、来週の火曜だ。今週末はあっちに帰る…」

「やった。じゃ、俺も行こうっと。言っといてよ? 初奈も連れてくって。親父、今週また出張だって撮影旅行行っちゃったしさ」

 ケガが治ったばかりなのに、まったく気にせずあちこち出かけていた。どうやら、いつ何があって、人生が終わるかわからないと思い直したらしく。さらに精力的に動き出したのだ。
 それを家族と過ごす時間に当てないのが、ある意味すごい所だ。

「また、出かけたのか? 変らないな…」

「無理だって。だから、当分、ここに入り浸るから。休日はあけといてよ? あ、女呼ぶときは遠慮するからさ」

「そう言う、あけすけな物言いするな。気は使わなくていい…。まあいい。以前のように危ない場所へ入り浸るよりはな? 行き場がないならいつでもここへ来いよ? あっちの家でもいい」

「分かってるって」

 壱輝はカウンターに肘をつき、キッチンに立つ真琴を見つめた。真琴は壱輝を心配してそう言うのだろうが。
 いつか、大和や岳の様に、彼に大切だと思われる人間になりたいと、そう思った。

+++

「あれ? 初奈だ。壱輝も?」

 亜貴がリビングに入ると、ダイニングテーブルでホットレモンを飲む初奈がいた。金曜日の夕方だ。キッチンでは大和が夕飯準備に忙しい。

「今、来たところだ。壱輝はシャワー」

「あそ。すっかりうちの子、だね? 二人とも。いっそ、お嫁さんに来る?」

 亜貴はからかうつもりで、そう口にして初奈の顔を見下ろしたのだが。

「おいおい、亜貴。お前いつからそんな見境なくなったんだよ…。初奈、真っ赤じゃんか」

「え? って、ごめん。今の冗談だからさ? 気にしないで。ね?」

「……」

 初奈はコクリと頷くと、後はただ俯いてレモネードを飲む。亜貴は続けた。

「てかさ。初奈、きっと美人になるよ。お父さんに似て、顔立ちはっきりしてるからさ。あんなごつくは絶対ならないだろうけど。モテまくって、俺なんか忘れられちゃうだろうなぁ…」

「まてよ。初奈が二十才のころ、亜貴は──二十八才。いいんじゃねぇの? うわー。光源氏だぁ」

 大和は目をキラキラとさせた。

「大和、源氏物語、読んだことあるの? 意外過ぎるんだけど」

「いや、ない。けど、前に住んでたアパートのおばあちゃんが詳しくてさ。かいつまんで話してくれたんだ。その中にあっただろ? 養女にした娘に好意を持つ話し。で、最後は──」

「大和。ストップ。初奈、これは単なるお話だから。気にしなくていいよ? …大和、それさっきの俺と一緒」

「ご、ごめん! つい──」

 言われて大和はすぐに謝るが、初奈はふるふると頭をふって、また俯くと。

「大丈夫…。源氏物語、読んだことあるから。それに、冗談だって分かってる。亜貴ちゃんも大和お兄ちゃんも、クラスの男子と違うもん」

「あ、ありがとう…。初奈」

 大和は涙目になって感謝する。亜貴はそんなやり取りを眺めながら。

 初奈と──か。

 初奈はいい子だ。きっと、成長してもそこは変わらないだろう。

 楽しく過ごせるだろうな──。

 未来を想像して笑みを浮かべたが。
 ふと見知らぬ誰かと楽しげに笑う初奈を想像して、嫉妬に近い感情が芽生えた。

 飛躍しすぎだな…。

 すぐに打ち消して反省する。
 この感情は親心から来るものだろうとは思うが、初奈を好ましく思っているのは事実で。
 兄岳と大和との絆は、今回のことでよく分かった。どう頑張っても自分の入り込む余地はない。流石の亜貴も諦めざるを得なかった。
 大和への思いを諦めた今、もしかしてが無いとも限らない。今はまだ、可愛い妹以外の何者でもないが。未来は誰にも分からないのだ。

「ま。そう言うこともあるか…」

 亜貴は独りごちて、そう呟いた。真っ赤になって俯く初奈を見つめる。守るべき存在が増えた、と言う事かもしれない。

「なんだよ? そう言うことって」

 突っ込む大和に亜貴は、ほらほら夕食の支度、と急かした。

「俺も手伝う。卵くらい割れるようになったんだから」

「そうだったな。朝食の目玉焼きが卵焼きになった件な?」

「…いいだろ? 卵に変わりはないんだからさ」

「ま、亜貴がそう言うのにも興味を持つのはいいことだ。簡単な料理位できた方がいいに越したことはない。な? 初奈。初奈はもう、卵焼き焼けるもんな?」

「うん…」

「いいよ。俺だってそれくらい焼けるようになるからさ。教えてよ」

「『それくらい』か。ふふふ。この日を待っていた…。初奈、俺と一緒に亜貴に明日の朝、教えてやろうな? 料理は初奈が先生だ!」

「大和…。なんか嬉しそうだな?」

「そりゃそうだろ? いつだったか、卵割りを頼んだら、殻ごと全部割って投入したからな? あれはない…。それと比べたら大きな成長だ! 早く初奈に追いつけよ?」

「うわ。上からだ。わかったって。初奈、よろしくな?」

「うん…」

 初奈はじっと亜貴を見つめ、嬉しそうに笑って見せた。
 この先、何が待っているかは、どういう結末になるかは、誰にも分からない。けれど、きっと最後には上手く行く。

 兄岳と大和の様に──。

 そう思った。

    
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