Take On Me 4

マン太

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38.ふたりで

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「大和…」

「──ん?」

 岳の腕の中、すっかり力の抜けた身体を、ゴロリと反転させ上向く。
 家に帰って来たその日の夜。久しぶりに岳の熱を身体で受け止めた。こうしていられる事が嬉しくて、幸せで。
 それまで覆い被さっていた岳の重みがそれに伴って去って、代わりに抱きしめられる。

「真琴から、聞いた…」

 ん?

「…なにを?」

 すると、岳は俺の顎を捉え顔を覗き込んで来る。

 んん? ちょっと、──いや。かなりマジな目だ。

 それまでの熱に浮かされた眼差しではなく、明らかに以前、若頭時代の岳を思わせる目。

「あいつに…壱輝に、抱きつかれて、キスされたって」

 あー、あーあー。それな。あったあった。……。

「か、隠そうと思って、黙ってた訳じゃないぞ…?」

 恐る恐るそう口にした。何やかんやですっかり忘れていたのだ。俺にとって、それは心に影を落とすような出来事ではなく。本当に、犬に舐められたくらいの──。

「…分かってる。分かってるが──許せない」
 
「わー、わー、ごめん! ちょっと隙があった…。まさか、ああ来ると思わなくてだな──。済まなかった…」

 しゅんとなれば、岳は苦笑し首を振ると。

「大和を許せないんじゃない。大和を置いて行った自分が許せないんだ」

「岳…」

「…なあ。大和は俺について来るのは、怖いか? 皆の前では、どんな危険な場所でも連れて行くと言ったけれど…。正直に答えてくれ」

 岳の大きな手の平が、頬から髪に滑り、優しくかき上げる。俺はジッと岳を見返すと。

「今さら、だ。怖かったら、とっくに逃げてる。…俺を見くびんなよ?」

「…ああ。そうだったな。──済まない」

 岳は目を伏せ、口元に笑みを浮かべる。それから、またこちらをひたと見つめると。

「大和。…ずっと傍にいてくれ。全てから、俺が守るから」

 切なげな目をして、そう口にする。俺はすっかりこけた頬に手を沿わせると。

「俺だって、岳を守る。…二度と、こんな目にはあわせない」

 頬に限らず、鎖骨の下も、肋骨も、背中でさえ骨が浮いていた。身体のあちこちに、痣や傷もあって。打撲もかなりある。

 こんな傷だらけになって。それでも必死に戻って来てくれて。

 そんな岳が愛おしい。そして、守らなければと強く思った。

 岳を守る。

 どんな危険からも。

「大和、好きだ…」

 言いながら、キスが唇に落ちてくる。それを受けながら、そっと背中に手を回した。
 広く大きな背に浮く骨。それを撫で、心に誓う。

 俺が──必ず、守る。

「大好きだ。岳」
 
 二度と傍を離れない。


+++


「ふー、けっこう、キツイ…」

「今日も八時間歩いたからな? 明日は一日、休みだ。村に着いたらゆっくりしよう」

 山道に沿って作られたデコボコの石段を、時には高所にあるつり橋を、崩れそうな崖路を歩きながら、村まであと少しの所に来た。
 生活に使う道の為、途中荷物を背負ったヤクやロバ、人々とすれ違う。
 俺は今、岳とともにまったくの個人旅行を楽しんでいる最中だ。
 とは言っても、岳は撮影をしながら、だが。おかげで所々休憩が入る為、かなり楽に歩けていた。道々にはシャクナゲのピンクが青空に生え、いい感じだ。
 トレッキングが主のため、ポーターは二人だけ。岳の撮影機材とテント泊用の機材が少々あるくらい。食料もあったがそこまでの量にはならなかった。帰路には必要無いくらいだ。
 木々に囲まれた道を抜け、村にたどり着く。平地は暑いくらいだ。

「あ…」

 ふと顔を上げれば、山と山の間に真っ白な峰が連なって見えた。アンナプルナ山群だ。

「綺麗だなぁ…」

「別世界だな」

 確かに。

 真っ白な連なりが青空をバックにして続く。そこだけ、別の次元にある様に思えた。
 そんな景色を見るにつけ、来てよかったと思う。少しは岳のいる世界に近づけた気がした。
 一番初心者むけだと言われ、選んだコース。それでも、俺にとってはハードな部類だった。やはり、平坦な道を走ったり、歩いたりするのとはわけが違うのだ。普段、山で鍛えていても思う。

「ほら、あとちょっとで村だ。行こう」

「おう!」

 岳に促され歩き出す。
 辛い道も岳がいると楽しく感じた。それに頼もしい。なにより、二人きりで来たのが良かった。岳を遠慮せず、独り占めできるのだから。
 ふと、先を歩く岳が、

「来て良かった」

 そう口にした。

「俺も今、思ってたところだ。岳の世界にちょっと近づけた気がする」

 すると岳は笑って。

「俺の世界?」

「そ。岳はこっちにも何度か来たこと、あったんだろ?」

「学生時代に数回程度だ…」

 岳はそこへ立ち止まり、景色に目を向けた。俺はそんな岳の傍らに立つと。

「俺の知らない岳の見た景色。俺も見られたなって、思う。俺がまだ中学生だったころ、岳はこんな世界、見てたんだろ? ほんっと、人生っていろいろだよな? 俺の世界なんてあの頃、本当に狭くてさ。小さくて。けど、こんな世界も広がってたんだなって…。いろいろ諦めなくて良かった」

「…そうか」

「岳に出会えてよかった。岳に会わなかったら、俺、こんな世界があることも知らなかった…。ありがとうな? 岳」

 そう言って、岳を見上げる。
 もちろん、ヤクザの世界も知ってしまったわけだが、それはもう過去の話だ。
 岳は切なそうな、嬉しそうな、複雑な表情をそこに浮かべると。

「俺の世界は、大和に出会って広がった…。俺を暗闇から救い上げたのは大和だ。俺の方こそ、お礼を言わないといけない…」

 そうして、こちらを見つめると。

「ありがとう。大和」

 そう言って手を差し出してきた。改まった岳に、

「ふふ。なんだか、照れ臭いな…」

 俺はその手を握り返し笑う。
 大きな掌。包み込む様に握ってきたそれに、温かさを感じる。岳の思いが伝わって来るようだった。

「このまま、手を繋いで行くか?」

「冗談。現地のひと、びっくりするだろ? だいの大人が手つないでたらさ。子どもじゃないって」

「大和は子供でも通るな。中学生だと言っても、誰も疑わないさ」

「たーけーるー」

 道中、かなりの確率で子どもと間違われてきたのだ。それは、それなりに俺の心に影をさしていて。俺の唸るような声にさらに笑うと。

「はは。ただ、ちょっと手を繋いでいたかっただけだって。大和は立派なだ」

「…取ってつけた様に言うな」

 ムスッとしながらも、繋いだ手を離し難くて。
 結局、そう言いながらも人の来る気配がなかった為、村の入口まで手を繋いで歩いた。
 途中、張り出した木の根につまずいた俺を、咄嗟に力を入れて岳が支える。

「気をつけろ?」

「お、おう…」

 俺はじっとその握る手を見つめた。
 こうして繋いでいれば、互いに助け合うことができる。もし、岳が躓いたら俺が支えることができる。

 やっぱり、離れていちゃいけないな。

 俺はその手をさらにぎゅっと握りしめた。

「大和?」

「へへ。なんでもない──」

 そう言いかけた所へ、風が吹く。
 湿気を帯びているのに、どこか爽やかな風だった。
 揺れる桃色の花びら。高く青い空には、薄い雲が線の様にたなびいている。
 いつの日か、別れは必ずやって来る。当たり前の日常が唐突になくなる日。
 その時、少しでも後悔の少ないように、この一瞬、一瞬を大切に生きようと思った。
 ひとつひとつ、必死に胸に刻んで、泣いて笑って怒って感謝して。

 そうすれば──悲しみも超えられる。

 それに付き合ってくれる相手が、岳で良かったと思った。

 俺の──大切な人。

「ううん、違うな。その、岳…」

「うん?」

「…ありがとう」

 先ほど転ぶのを助けたことへの礼だと思ったのだろう。一瞬、不思議そうな顔をして見せたものの、ああと合点が行った様子で。

「どういたしまして。俺が転びそうになったら、頼むな?」

「もちろんだ!」

 俺は満面の笑みでそう答えた。

 この先も何があろうと、岳を一番に支えるのは俺でありたい。

 真っ白な山容をバックに、岳の手をしっかりと握りしめた。
 
 この先も、ずっと──。


ー了ー
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