Take On Me

マン太

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10.暴挙

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「ねぇ。大和やまとってさ、喧嘩強いの?」
 
 それから数週間、夕食を取り終わり、先にソファで寛いでいた亜貴あきが訊ねて聞きた。
 今日もたける真琴まことはいない。当分、忙しくなるから顔を見せられないと、数週間前、岳から言われていた。
 例の一件があってから、岳との距離のとり方が分からなくなっていて。暫く顔を合わせられないのは好都合だった。

 まともに見られないんだって。本当。

 岳と二人きりになると、例の一件を思い出し、妙に動悸が激しくなって、挙動が不審になるのだ。
 時間が経てば、また前のように意識せずにいられる様になるだろう。──多分。
 俺は食器を食洗機から出しながら。

「ま、それなりだな。住んでたアパートに元ボクサーとムエタイの選手のタイ人がいてさ。ボクシングとムエタイ、暇な時に遊びながら教えてもらってた。結構、役に立ったぞ? お前もなんかやってんのか?」

「やってない。部活で弓道やってるくらい。後は中学まで合気道習ってた。でも実践じゃ役に立たないよ。ならさ、大和は街で絡まれても撃退できるの?」

「それなりにな。高校生の頃、夜、バイト帰りによく絡まれてさ。カツアゲだな。小っさいから弱いと思うんだろうな。で、相手が余裕かましてる所をぶっ叩くんだ。ほとんど負けた事ねぇな」

 鼻息荒くそう口にする。
 そう話しながらふと思った。この腕が岳達の役に立つことはないのだろうかと。
 正直、ここでの生活に居心地の良さを覚えていて。でも、俺は借金を払い終えれば、ここを出ていかねばならない。
 けれどもし、この格闘技の腕が役に立てられるのなら、岳の側で雇ってもらえるのではないか。岳の言う、『家族』でいられるのではないかと。
 そんなふうに思ったのだ。
 亜貴は話しを続ける。

「へぇ…。じゃあさ、例えば、俺が街で絡まれたら撃退できるくらい?」

「まあ、多分。てか、お前外でられないんだし、その心配はないだろ?」

 亜貴はにっと笑む。

「だね。出るための暗証番号は兄さんと真琴しか知らないからね。あ、そうだ。まきに買い物頼んであるんだっけ?」

「ああ。直に来ると思う」

「ふぅん」

 と、そこへ丁度良くインターホンが来客を告げた。見ればモニターに重い荷物を抱えフーフー言っている牧が映っている。
 どこから見つけてくるのか、鯉と松がプリントされたド派手なアロハシャツ姿だ。センスは引くが、ものはシルクで高いらしい。

『買ってきたぞ~!』

「今行く!」

 俺はすぐに踵を返すと玄関へ向かった。
 ここの玄関は外からなら指紋と顔認証で開くようになっている。
 牧とふじはきちんと登録されているため開くのだ。だが、彼らは外へ出るための暗証番号を知らない。
 そのため、中には入ってこず、玄関先で荷物を渡すことになるのだ。今更、俺が逃げ出すことはないと分かっているため、その時だけドアが開く。
 以前は亜貴も用があれば、牧や藤と共に出かけていたが、今は送迎付きで、家と学校の往復だけで外出は禁止中だ。

「俺も手伝うよ」

 亜貴も俺の後に続く。

「そうか? 悪いな」

 亜貴は着替えずに制服のままだった。帰りが少し遅かったせいで先に夕食を食べ、今に至る。
 牧はドアが閉じない様に身体で抑えながら、荷物を手渡してきた。買い物袋と専用のカゴ二つに一週間分の食料ほか日用品が詰め込まれている。
 亜貴も手伝って中に入れてくれた。

「大変だったろ? 少し待ってろ」

 荷物を入れ終えてからキッチンに戻ると、麦茶をコップに注いで持っていく。
 サンダルを引っ掛け玄関に降りると、牧に手渡した。牧はそれを勢いよく飲み干すと。

「ふぅ。生き返ったぁ。ありがとな」

 俺はコップを受け取りながら。

「なあ、まだ外に出るのは危険なのか?」

「まあな。岳さんからは何も?」

「詳しくはなにも。あとどれくらいだ?」

「そうだなぁ。まだ当分だろうなぁ…」

 牧は顎ヒゲを撫でながら答える。
 亜貴の外出禁止は、まだ暫くは解けないと言うことか。
 そんな会話を背後で聞いていた亜貴は、ふと顔を上げて。

「あ、外に誰かいる…」

「へ?!」

 俺も牧も一瞬、気を外へ逸らした。
 次の瞬間、どんと背中を押され、玄関の外へと押し出される。

 は?!

 振り返ると、俺とは逆に牧が中へと倒れこむところ。そして、目前でドアはガチャリと閉まった。

「やった! 成功!」

 亜貴が飛び跳ねて喜ぶ。
 気がつけば、俺は亜貴と共に、空のコップを手にしたまま玄関ドアの外にいた。

 は…っ?

 呆然としてドアを見つめると。

「…これって、中に戻れねぇのか?」

「俺の指紋と顔認証使えばね。けど、戻るのは後でいいじゃん。久しぶりぃ! しかも、牧も藤もいない!」

「って待てよ! 岳が出るなって言ったろ? 今、危ない時期だって!」

「兄さんは用心しすぎなんだって。俺が大事なのはわかるけど、そこまでしなくたって、俺なんかに手出さないって。だってただの高校生だよ?」

「けど、お前は組長の直系の息子なんだろ? もし、何かに巻き込まれたら──」

「継ぐのは兄さんだもん。俺は関係ない」

「けど…!」

「ああもう! 大和も心配しすぎ。兄さんの感染ったんじゃないの? いいから。たまの外出、楽しもうよ! 大和も久しぶりでしょ?」

「そりゃ、そうだけど…。岳にどやされるぞ? あいつ、本気で心配してんだから」

「ほんの二時間か三時間。ゲーセン行ってさ。買いたい服もあるし、見たい端末もあるし。さ、行こう! だって何かあれば大和が守ってくれるんだろ?」

 悪びれた様子は微塵もない。

「っまえ…」

 だから俺が強いかどうか確認したのか。

 全く戻る気のない亜貴に溜息をつくと。

「分かった…。けど、先に牧には連絡しとけ。ニ時間で帰るってな。でないと俺が強制的にお前を家に帰す」

 身長こそ差はあるが、体力的に負けているとは思わない。亜貴一人引っ張って行くくらい訳なかった。
 ちなみに俺の端末はリビングに放り出したまま。幾ら岳に連絡したくともできない。
 そうなれば、俺一人で強引に家まで引っ張って行くしかなかった。

「分かった。三時間でいいよ」

 仕方無いとため息を付きながらも納得した亜貴に、ほっと息をついた。

「冗談じゃなく、岳は心配してんだからな? もっと自覚──」

 しろと言いかけて、クシュンとくしゃみが一つ出た。
 季節は二月。俺は部屋着のスウェット上下のままだ。ちなみに足元はクロックスもどきのサンダルで。流石に寒い。
 それに気付いた亜貴が。

「これ、着てよ」

 自分が着ていた制服のブレザーを脱いで手渡してきた。

「俺、パーカー着てるし大丈夫。…無理に連れ出して、ごめん…」

「まあ、仕方ねぇよ。ありがとな」

 愁傷になる亜貴にそれ以上怒ることも出来ず、コップを脇へ置いてから、素直に受け取って身につける。袖や肩幅が合わず、ブカリとするのが癪だが。
 軽く袖を捲くっていると、隣で亜貴が笑った。

「んだよ?」

「ブカブカ。でもちっさいから高校生に見えるって」

「うっせーな! ホラ、さっさと用事済ませて帰るぞ!」

 俺は亜貴をせっついた。
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