Take On Me

マン太

文字の大きさ
10 / 43

9.酔っ払い

しおりを挟む
 その後、何事もなかった様に日々過ぎていった。
 ただ、二人きりになるとスキンシップが増えたのは、気の所為ではないはず。
 何時もの日課、食後にリビングのソファで会話を楽しんでいても、何処か身体の一部が触れていて。
 今もさり気なく、たけるは俺の座る側のソファの背もたれに腕を伸ばしていた。
 お陰で、ふとした拍子に肩や腕が触れて、距離の近さを感じる。

 この、距離感。
 嫌ではない。

 別に二人だけならそれも気にならないのだ。逆に落ち着くくらいで。
 我ながらどうかとは思うが、事実だから仕方ない。

 岳といると、ほっとすんだよな? 居心地がいいって言うか…。不思議だな。

 そんなある夜。
 深夜も近くなった頃、岳が真琴まことに肩を貸されて帰ってきた。酔い潰れているのだ。

「うわっ! 出来上がってる…」

「すまない。飲ませ過ぎた。気分よく飲んでいるからつい…。大和やまと、後を頼んでいいか?」

 玄関を上がり、なんとか千鳥足の岳を浴室へと担ぐように運んでいくと、真琴は傍らの大和を振り返った。

「おう。まかせとけ。ってか、こんな岳初めて見たな」

「俺もほとんど見たことがない。外では気を張っているから、こんな隙の出る飲み方はめったにしないんだが──」

 言いかけてふと、俺を見つめた後。

「そういえば、大和の話で盛り上がってな。そのせいかもしれない…」

「俺?!」

 聞き返せば。

「あ! 兄さん…」

 騒ぎに気づいて亜貴も起きてきた。俺は亜貴を下がらせる。

「亜貴は寝てていい。俺が見とくから」

「…それが心配なんだけど」

「?」

 亜貴の小さな呟きは、俺の耳には入らなかった。

「わかった。兄さんには飲みすぎるなって言っておいて」

 そういうと、亜貴は踵を返し部屋に戻って行った。

「亜貴も気付ていたか…」

 今度は真琴が呟く。それはきちんと耳に入って、俺は真琴を見やった。

「気付くってなにが?」

「…こっちの話だ。さて、岳。シャワーでも浴びて目を覚ませよ? じゃあ、大和、後は頼んだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「おう」

 真琴の目は笑っていた。

 そうして真琴が帰って行き、その場には泥酔する岳が残される。
 シャワーを浴びれば目を覚ますだろう。この酒臭いまま、ベッドには放り込めない。

「岳。起きろ! 起きてシャワー浴びろよ。自分で脱がないと俺が脱がすぞ?」

「…大和?」

「そうだ。脱がされたくなかったら、自分でやれ。ほら」

 しかし、岳は薄っすら目を開け俺を確認したものの、ちっとも動こうとしない。

「…いいよ。大和が脱がしてくれ…」

 そう言って、目を閉じてしまう。俺はため息を付くと。

「よし。分かった。全部脱がすからな? 覚悟しろよ!」

 とは言ったものの、シャツを脱がすまでは良かったが、そこからが難儀した。
 長い足をよけながらスラックスを脱がし、靴下を脱がし下着を下ろし。

 岳、よく鍛えてるよな?

 腹筋も割れていて、無駄な贅肉は一つもない。けれど、マッチョと言う訳ではなく。
 すらりとした肢体は、目を惹く。
 何か少し変な気分になりそうになって、慌てて頭を振って我に返った。

 岳って、妙に色気があるんだよな?

 亜貴とは違う、大人の色気だ。男の俺が見たってそう思う。

 フェロモンが駄々洩れだな。

 酔っているせいで吐息が熱い。
 立たせようとして、その懐に入って持ち上げたのだが、思わず抱きつくような体勢になってしまい焦った。

「…大和…」

「なんだ? 起きたんなら、ちゃんとしろって。重いんだぞ?」

 岳の素肌の胸元が頬にあたる。心音が聞こえてくるようだった。

「……だ…。大和…」

 と、突然、寝ぼけた岳が俺に抱きついてくる。流石に裸の岳に抱きつかれるのは恥ずかしい。

「酔っ払い! 抱きつくな! 目ぇ覚ませ! シャワー浴びろっ!」

「これ、夢だろ…? だったら──」

 岳の手が俺の右手首を捉え、浴室の壁に押し付ける。

 ん?

 もう一方の手が下肢に伸びてくると、履いていたパジャマのズボンの中へと入りこんできた。
 あろうことか、そのまま下着の中にまで入り込んで来る。

「お、おおおおいっ! 誰と間違えてる! そんなとこ触るんじゃ…っ! ばっ! やめ、ふ…んっ」

 アルコールで体温が上昇し、熱くなった岳の手が、強く意思をもって直に触れてくる。
 これにはまいった。というか、やばい。
 てか、予測通りだが、動きが手慣れていて上手いのだ。

「っ──!」

 思わず声が漏れそうになって、慌てて歯を食いしばった。
 俺は必死になって、空いた一方の手で岳の二の腕掴む。そんな俺を無視して、岳の指先は熱を煽った。

「…大和だろ? だったら間違ってない…」

 あ、わっ! やばいっ! やばいって!

 腰に震えがきて、限界まであと僅かと知らせている。
 途端に何も考えられなくなった。ただ、岳の動きに翻弄されるだけだ。
 呼吸が荒くなる。他人に触られるのはこれが初めてで。
 岳はそんな俺を、熱を帯びた眼差しで、じっと見下ろしていた。

「っ…! やっ、めっ…ん、ん──」

 涙目で懇願するが。

「止めるつもりはない…」

 岳は意地悪く笑っただけだ。

 もう、ダメだ…。

 あと少しで達すると思った所で。
 突然、冷水のシャワーが襲い掛かった。

「っ?!」

「…兄さん。目、覚ましなよ。強姦罪で訴えられるよ?」

 見れば、岳の肩越しに亜貴の冷たい視線が見えた。手にシャワーホースを握っている。
 そこから溢れる冷水が容赦なく岳に向けられていた。

「音がするから来てみれば…。こんな事だろうと思った…」

「…? 大和? なんでだ?」

 岳は漸く意識を取り戻したらしい。腕の中の俺を見下ろしてくる。

「お、ふ、ふざけんなっ! さっさとシャワー浴びやがれ!」

 涙目になって──いや。恥ずかしいが実際、泣いていた──見上げると、岳ははたと我に返って、がっくりと項垂れた。
 夢ではなかったと、気づいたらしい。

「…すまない。大和。久しぶりに飲んで、飛んだ…」

「いいから手、放せってのっ!」

 流石に下に回った手は離れていたが、右手首は岳に握られたままだ。
 しかし、項垂れた岳は手を離さない。酷く落胆した様子で、俺を見下ろすと。

「…許してくれるか?」

「ゆ、許すって! アルコールの所為だろ? いいから手、離せよ! 早くっ!」 

「なんで焦ってる?」

 きょとんとする岳に。

「……!」

 俺は本気で岳の腹にパンチをお見舞いし、出来るだけ急いでトイレへと駆け込んだ。
 あのまま、あそこでするわけにはいかない。亜貴もいたのだ。

 にしたって。あいつ。
 巧すぎ──じゃなくて、手癖、悪すぎだ!

 悪態をつきつつも、岳の手を思い出して済ませたのは、致し方ない事だろう。

 すべて処理してトイレから出れば、壁に背を預け岳が佇んでいた。
 髪は濡れ肩にはタオルがかかっていたが、ろくに拭いていないのが見て取れた。

「って、なんでいんだよっ」

 気まずいことこの上ない。睨みつけてやれば、

「…すまない。酔っていたとは言え。怖い思いをさせて済まなかった…」

 これ以上、ないくらい項垂れている。俺は慌てた。

「別に怖くなんてなかったって。ただ、驚いただけだ。今度は酔っぱらって襲わないよう、気をつけろよ? てか、そんな癖があったらあぶないぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫だ。これに限っては、な。兎に角、済まなかった…」

「いいから気にすんな。ほら、部屋に戻れ。頭、拭いてやる」

 仲直りの意味も込め、その背を押すと、岳の自室へと押しやった。
 岳は何も言わずに俺の言う通り部屋へ戻ると、ベッドサイドに腰かける。俺はその背後から髪を拭いてやった。

「亜貴、遠慮なくかけたな? 目、覚めただろ?」

「…ああ。あのあと、こっぴどく怒られた」

「流石の兄貴も形無しだな?」

「お前…。本当に怖くはなかったのか?」

「大丈夫だって。岳の事が怖いことなんてねぇよ。…ただ、他人にあんな風に触られたのは初めてで、びっくりしたって言うか、何ていうか…」

 正直に言うと、『良かった』のだが、流石に言えない。

「…俺は、ほとんど覚えてない。所々、大和の顔が浮かぶが…」

「!? そ、そんなの忘れろって! 俺の顔なんて気持ち悪いだろっ?」

 そんなの悪夢でしかないだろう。
 亜貴のように可愛ければ別だが、俺の感じている顔なんて、おぞましいだけで──。

「別に。気持ち悪くなんかない。…覚えておきたかった」

 小さく呟く岳に、俺はぽかりとその頭を叩く。

「まだ酔いが残ってんだろ? 忘れろ、忘れろ! きれいさっぱり忘れちまえっ! それが俺への贖罪だと思え!」

 ハアハアと荒く息をつく。すると岳は肩を落として。

「…わかった」

 すっかり髪を拭き終え、ベッドから降りる。

「水、持ってくるからそれ飲んで寝ろよ? 明日もいつも通りの時間に起きれるのか?」

 岳は頭をこくりと下げ頷く。
 余りに意気消沈した様子に、心配になった。


 水をもって部屋に戻ってくると、岳はすでにベッドに横になっていた。
 俺は傍らに腰かけ、サイドボードに水を置くと、布団の間から覗く顔を見下ろし。

「気分悪いのか? 今、水飲むか? それとも後に──」

「大丈夫だ。後で飲む…」

「分かった。ここに置いておくから後で飲めよ?」

「ああ。……大和」

「なんだ?」

 少し間を置いたのち。

「…俺が眠るまで、ここにいてくれないか?」

 懇願するような目に、俺は否とも言えず。

「わかった…。いるよ。よく眠ってくれ」

 俺は仕方なく、岳のベッドに上がると、シーツの上に横になった。岳とは向かい合う形になる。
 そうして布団越し、ぽんぽんとその肩辺りを軽く叩くと。

「俺はちっとも怒ってねぇし、あれくらいで嫌ったりもしねぇって。だから心配すんなって。ヤクザの親分が形無しだぞ?」

 見知らぬ何処かのヤローにやられたなら、気持ち悪さこの上ないが、相手は岳なのだ。
 嫌でも怒りが込み上げるでもない。
 岳の目を覗き込んでそう口にすれば、岳は苦笑し。

「ありがとう。大和…」

 そう言って、安心した様に目を閉じた。

+++

 これをデジャブというのか。
 次の日、聞き覚えのある電子音で目が覚める。
 しかし、いつかの様にそれは勝手に止まらない。
 俺は腕を伸ばして止めようとしたが、その腕がしっかりホールドされ上がらなかった。
 何事かと目を開ければ、目の前に岳の顔。気持ちよさそうに寝息を立てている。

 かわいいよな。

 なんて思う自分を、どうかしていると思いつつ。

「岳。おはよ。腕、ほどけよ…」

「あ…? ごめ…」

 腕が解かれ、俺は漸く目覚ましを止める事が出来た。
 さて、起きて朝食準備を──と思ったがその前に。

「んでまた…。ここで寝てんだ?」

「…あのまま、大和も熟睡してたからさ。起こすのもどうかと思ってな。あとは前と同じ。以下同文」

「っ…!」

 こいつ。
 やっぱり俺をぬいぐるみかなんかだと思ってやがんな?

「俺は人間だからな? 断じてコツメじゃねぇからな?」

 くっくと笑いながら。

「分かってる」

 きっと、また同じことがあるだろうことを覚悟した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

フードコートの天使

美浪
BL
西山暁には本気の片思いをして告白をする事も出来ずに音信不通になってしまった相手がいる。 あれから5年。 大手ファストフードチェーン店SSSバーガーに就職した。今は店長でブルーローズショッピングモール店に勤務中。 そんなある日・・・。あの日の君がフードコートに居た。 それは間違いなく俺の大好きで忘れられないジュンだった。 ・・・・・・・・・・・・ 大濠純、食品会社勤務。 5年前に犯した過ちから自ら疎遠にしてしまった片思いの相手。 ずっと忘れない人。アキラさん。 左遷先はブルーローズショッピングモール。そこに彼は居た。 まだ怒っているかもしれない彼に俺は意を決して挨拶をした・・・。 ・・・・・・・・・・・・ 両片思いを2人の視点でそれぞれ展開して行こうと思っています。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

キャロットケーキの季節に

秋乃みかづき
BL
ひょんな事から知り合う、 可愛い系26歳サラリーマンと32歳キレイ系美容師 男性同士の恋愛だけでなく、ヒューマンドラマ的な要素もあり 特に意識したのは リアルな会話と感情 ほのぼのしたり、笑ったり、時にはシリアスも キャラクターの誰かに感情移入していただけたら嬉しいです

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

処理中です...