Take On Me

マン太

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37.そして

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 その日、日が落ちる前に、たけるは一旦山を下りた。もうじき山小屋を閉める。またその頃に迎えに来ると言った。
 俺が名残惜しそうにその背を見つめていると。

「俺はふられたな」

「ゆ、祐二ゆうじ?!」

 しかし、見上げた祐二は笑っている。冗談を言ったのだ。

「このまま、岳先輩が来なければいいのにな?」

「んだよ。そしたら今度は俺がまた、迎えに行くんだ」

「で、また、いけないシーンを見るのか? で、また傷心になる。そしたら、俺がもらってやるよ」

「へっ! そんなこと、もうならないからな?」

 俺が自信満々で言い返せば、俺の一世一代の告白を…とぼやいていた。

 それから、数週間後。
 とうとう山小屋を閉める日になった。
 粗方片付いていたため、後はドアに木を打ち付けたり、被せたり補強して冬を乗り切る準備を整えるだけだった。
 ただ、閉まってからも登山者は来るため、それ用の小屋と出入口は確保してある。

「岳先輩、下で待ってるって?」

「そ。さっき連絡あった」

 昼前、祐二と共に最後に残った窓へ板を打ち付ける。ふと祐二は手を休めると。

「なあ、大和やまと…。また来年も来るか?」

 その声は少し寂し気だ。俺は笑って見せると。

「勿論。結構楽しかったし。俺で良ければまた来年もよろしく! ってかさ。下に行っても会おうぜ? 岳も入れてさ。友だちだろ?」

「…そうだな。大事な、友だちだ」

 そういうと、祐二は目を閉じ笑って、俺の頭をくしゃりと撫で引きよせた。

+++

「大和!」

 下山すると、登山口の駐車場に車を停めて岳が待っていた。降りてすぐいるとは思っていなかった俺は驚く。

「岳、ここまで来てたんだ?」

「ああ」

 答える岳の元へ、駆けるように向かえば。それを見ていた祐二が。

「先輩。顔がでろでろですよ?」

「祐二。大和の面倒をありがとな。だが、ここまででいい」

 何かバチバチと火花が散ったような気がしたのは気のせいか。

「この後、昼飯込みで皆で打ち上げするんだ。駅近くの店でさ。岳もこないか? 祐二もいいだろ?」

「勿論。そのつもりだ。岳先輩とは話したいことも色々あるし。来年の大和の予約もちゃんと取って置きたいからな」

「来年?」

 岳の問いに俺は意気揚々と。

「そ。来年も夏の間、手伝おうかと思ってさ。不便な事もあるけど、結構楽しかった。いいだろ?」

「…好きにすればいい。けど、休みの日は俺が会いに行くか、お前が下りてこいよ。それが条件だな」

 すると祐二はにやりと笑って。

「ま、条件はあとで詰めましょうか。で、先輩。車で来たってことは何人か乗っけてくれますよね? まさか、大和だけ乗っけてちょっとドライブなんて思ってませんよね?」

 当然と言ったように詰め寄る。

「わかってる…。乗っけてく。どこの店だ?」

「有難うございます。ここから少し離れた場所で──」

 祐二が端末片手に説明しだす。俺はそんな岳の横顔をじっと見つめていた。

 ああ。ほんと。いるんだな…。

 髪は相変わらず長く、今日は後ろで括っている。顔つきは前より柔らかく、溌剌はつらつとしていた。好きな事を仕事としてできているからか。
 前のような悲壮感はそこにない。

「大和、行くぞ」

「あ、ああ、おう!」

 言われて岳の車に乗り込む。SUVのそれは荷物も人も余裕で積めた。
 けれど、俺の荷物はほとんどなかった。途中で買い足した衣類もあったけれどごくわずか。あとは祐二がすべて貸し与えてくれた。
 背負っているリュックも祐二のお下がりだ。

「お前、全体的にサイズがあってないな?」

「そうか? てか、全部祐二の貸してもらってたからかも。身長差が十センチ以上あるからなぁ」

「…今度は俺がちゃんと選んでやる。靴だけはちゃんとしてるな?」

「ああ、これさ。面接当日、すぐにその足で店に買いに行ったんだ。祐二が見てくれて、結構いい感じ──」

「ワンシーズン履けばもう、終わりだな。それも買い替えだ。…てか、全部祐二だな?」

「仕方ないだろ? 頼れるのが祐二だけだったし。…なんだよ。妬いてんのか?」

 岳はちらとこちらに視線を向けた後。

「自業自得とは言え。妬かないわけないだろう」

 ハンドルを握った岳は前をみたまま、面白くなさそうに告げた。

 岳が、妬く──。

 ちょっときゅんとした。

「…二人とも。後ろに人が乗ってんの分かってますよね? 知らない奴もいるんですけど?」

 祐二の言葉にはっとなる。すっかり忘れていた。しかし、岳は分かっていたようで。

「別にこそこそする気はないからな。それに、今後も仕事で一緒になるようなら、知っておいてもらった方がいいだろう。大和は俺と付き合ってる。覚えておいてくれ」

「た、岳?!」

 流石に焦った。祐二以外のスタッフは皆、何も知らないのだ。祐二は聞こえる程大きなため息をつくと。

「…みんな引いてますよ。っとうに。どうすんですか。この空気」

「別に、大和に変な気を起こさないならそれでいい。あとは今まで通りにしてくれ。気にするほどの事じゃないだろう?」

「確かにね。だからって大和が変わる訳じゃないしな…。皆、今まで通りで行こう。な?」

 皆、こくこくと頷いた。

 てか、これ。やり辛い…。

 まあ、それでも。

 隣の岳が嬉しそうで、それならいいかと思ってしまう。じっとその横顔を見つめていれば。

「なんだ? 見惚れてるのか?」

 開け放っていた窓の外を、飛行機が飛んでいく。その音に、俺の返事は後ろの座席の面々には聞こえなかったらしい。

「おう。その通りだ」

 へへっと笑って岳を見返した。大きな掌がくしゃりと頭を撫でていった。

+++

 その後、俺は再び岳や亜貴あきと、海辺の家で暮らしだした。今まで通り、俺が家事全般を取り仕切る。
 岳が師匠から借りた家は、今は仕事部屋として使っていた。岳はたまにそこへ泊まり込んで作業をすることもある。
 最近はその海辺の家に真琴まことも加わり。部屋数は沢山ある。海沿いの洋館は一気に賑やかになった。
 相変わらず、まきふじもたまに顔を見せる。
 そんな中、今日は祐二が来ていた。冬の間は地元の山専門の用品店で働いているのだが、今日明日は休日で遊びに来ていたのだ。
 木枠の窓の外には、木立の向こうに海が見える。
 冬の海は白く鈍色に光り、一見して寂しくも見えるが、それはそれでその季節にしかない景色で。俺は好きだった。

「大和の周りはあれだな。なんか、イケメンの圧がすごいな」

 祐二は俺の向かい、リビングテーブルについて、感心したように口にするが。

「そういう祐二だってだろ。俺だけモブ顔ってありえねぇ」

 するとそこへコーヒーを入れて運んできた岳が。

「モブじゃない。俺にとってはお前以外がみんなモブだな?」

「あ、もういいっす。いっぱいいっぱいっす」

 祐二が無表情になり、のろける岳を制止させる。祐二は後でこの辺を案内した後、晩飯も食べていき泊まって行く予定だ。

「兄さん、俺のことなんかもう放ってるもんね? 前なんか亜貴、亜貴ってそればっかだったのにさ」

 リビングのソファで端末をいじっていた亜貴が顔を上げて岳を睨んでいた。すると、横から真琴が引き取って。

「いいことだろ? 亜貴。もうお前は自由なんだ。背後にでっかい兄貴なんていたらみんな逃げてくぞ?」

 遅い朝食を終えた真琴は食器をシンクへと運んでいく。岳は俺の傍らに座ると、コーヒーに口をつけながら。

「そうだ。亜貴もいい奴が出来たら好きにしろ。家も貰ってやるから出てっていいぞ?」

「あ! またそれ言う…。さっさと追い出したいんでしょ? でも大学もここから通う予定だし。それに真琴だっているんだから。早々兄さんの好きにはできないんだからね!」

 怒り心頭のようで、プイと顔を背け手元の端末に視線を落とす。すると岳は対面式のキッチンに立つ真琴に目をむけ。

「真琴、お前だって彼女いんだろ? 結婚したら出てけよ?」

「…彼女はいない。あれは友だちだ。大和がいつ、また泣かされるか分からないからな。監視役としてここにいるつもりだ」

「いつまでいるつもりだよ…」

 ぶすっと岳はむくれた。

「先輩。当分、大和独占は無理なようですね。でも、俺は夏の間は独占できますね」

 にっと笑った祐二に岳はふんと鼻を鳴らし。

「夏になったら撮影に出る。お前の所の山から見える景色を重点的にな。夏の間お邪魔させてもらうから今から予約よろしく頼む」

「…それ。仕事っすか?」

「勿論、仕事だ。けど、大和を守るのが俺の仕事でもあるからな。頼んだぞ」

 祐二は呆れて肩をすくめて見せる。

「了解…。てかさ。大和も大変だな?」

 同情を見せる祐二に俺は。

「まあな。でもさ、俺はこうやってワイワイやりながら暮らせてるってことが、すっげぇ幸せでさ。岳はじめ亜貴も真琴も、祐二も。皆がいるから俺がこうして楽しく過ごしていられるわけで。だから、これでもいいかなって」

 傍らの岳は目を伏せ口元に笑みを浮かべている。
 そう。皆がいて俺がある。
 誰もが誰かのモブで、でも主人公でもあって。それぞれが、互いを作り出している。支えあっている。
 誰かが一番ではなく。
 誰もいなかったら、成立しない。誰もが必要な存在なのだ。

 祐二はテーブルに肘をついて。

「…なんか。大和って天然のたらしだな。岳先輩も大変ですね」

「漸く分かったか? 気付くと周りが敵だらけだ。ちょっとオーバーなくらい表現してないと。な?」

 指を伸ばし、俺の髪に絡めてくるが。

「な? じゃねぇよ。端からオープンにされる方の身になれってんだっ」

 その行為が照れくさくて、俺は身体をよじって逃れようとするが、岳は許さない。
 逆に首筋を掴まれ胸元へと引き寄せられた。イスの上でそんな風に引っ張られ落ちそうになるが。

「だから責任はとるって言ったろ?」

 髪にキスが落とされる。

「…先輩。みんなの視線が刺さりませんか?」

「いや? 全然」

 笑うと俺をすっかり腕の中に抱き込んだ。

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