藺相如と愉快な仲間たち

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刎頸の交わり【藺相如・廉頗】3

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「それならどうして廉頗将軍から逃げ回るんです?」
「今秦が攻めて来んのはさ、私と廉頗将軍がおるからやと思わん? 私が口先で秦追っ払って、攻めて来ても廉頗将軍が守るやん」
「それはそうだと思いますが、口先なのは否定しないんですね……」
「そいでさぁ、私と廉頗将軍が争うたらそれこそ趙の危機やん? どっちかおらんようなったら秦はすぐにでも攻めてくるで。やから喧嘩したらあかんのよ。でも会うてしもたら絡まれるんや。宮では誰がみとるかわからんからな。やから会わんのが1番やいうわけ」

 部下は平伏した。

「なるほど、そのような深謀遠慮がお有りでしたのですね。ご慧眼に感服致しました」
「まぁ説得するん面倒かったんはあるんやけど。でもなぁ。正直待ち伏せされたらかなわんわぁ。こっそり進めてる外交が壊れてまうやん。廉頗将軍めっちゃ目立つし。せやなぁ、この話こっそり流しとって。廉頗将軍も頭は悪うないからわかってくれるやろ、多分」

 そしてこの話はその日の夜には廉頗の耳に入った。
 そして廉頗はさっそく藺相如のもとに押しかけた。深夜に。

◇◇◇

「真夜中にドンカンうっさいわ!」
「誠に申し訳なかった!!」
「話聞けやあ!」
「夜分、誠にあいすみません」
「い、いやあんたに言うとるわけでは……」
「申し訳なかったぁ!!」
「黙れいうとんじゃぁ!」

 藺相如の部下は藺相如が人を怒鳴っているのを初めて聞いた。そして部下は働かない頭で藺相如が廉頗を全然恐れてなどいないんだな、と実感した。

 日も変わろうという時分。邯鄲は大都といえど、流石にこの時間帯に街を往来する者は賊か狐狸妖怪の類と決まっている。そんな中、藺相如の宅の扉が叩かれた。戸が叩き割れそうなほどの打撃音と大音声とともに。
 すわ討ち入りかと思って飛び起きた藺相如警備の者に様子を見に行かせたところ、廉頗が門の前で仁王立ちしていたそうな。半裸で。罪人用の鞭を持って。
 一応人定は確認したので藺相如はやむなく廉頗を邸内に入れた。あまりにも近所迷惑だったからだ。目立つし。そっからもカオスだった。

「わしをこの鞭で殴れぃ!」
「阿呆かぁ! そんな趣味ないわ!」
「このわしの気がすまんのじゃぁ!」

 部下は廉頗の付き添いで来た貴人に茶を立てた。
 その貴人はとこにつこうかと思っていたところ、鬼神のような廉頗にいきなり襲撃されたらしい。ご愁傷様である。
 通常、大夫の家を訪れる場合は紹介を介するものである。それ以前に通常は予め伺いを立ててから来るものであるが、伺いを立てた上で半裸で来られるとそれを丁重にもてなさないと面子が立たないわけで、その非常識な様子を思い浮かべるとかえってよかったのかな、などと部下は思っていた。
 藺相如は廉頗を実に雑に扱っていた。

「わしは自分が卑しいことが心底わかった。貴兄がそれほど国のことを考えていたとはつゆとも考えてなかったのだ。誠に申し訳ない」

 廉頗は床につくほど頭を下げた。実際ついて、床石が割れて藺相如のまなじりがつり上がった。美丈夫の怒り顔というのはなんだか迫力があるなぁと部下は思った。
 散々藺相如に罵倒されて気が済んだのか、いくら言っても藺相如が鞭で打とうとしないから諦めたのか、廉頗はやっと服を着た。藺相如も胸を撫で下ろした。肉だるまは圧迫感があって暑苦しい。

「ま、まぁ、わこてくれたらええねん」
「わしは貴兄のためなら首を刎ねられても惜しくないぞ」
「そんなんいらんから早よ帰って」

 藺相如は付き添いの貴人に厚く詫びを入れた後、土産を持たせて帰らせた。廉頗も何故か土産を持って帰った。
 翌朝、藺相如の宅の扉が修繕される姿が見られた。

◇◇◇

 この騒動の前にも後にも、藺相如は変わらず廉頗が動きやすいよう見えない敵を排除していた。廉頗はそのおかげで随分動きやすかったはずである。それを知ってか知らずか、恵文王の治世の間は廉頗は趙の守りの要として大変な功労をあげた。

 恵文王が没した頃から藺相如は病に苦しむようになった。そして恵文王の子である孝成こうせい王が立った後、廉頗は少しずつその信を失っていった。
 秦の間諜の影がチラついていたが、すでに藺相如は病によってその影を払う力を失っていた。廉頗のその強烈なキャラクターが万人に受け入れられるものではなかったのも一因かもしれない。

 孝成王が秦の間諜の言葉に誑かされて、将軍位を廉頗から趙括ちょうかつにすげ替えようとした時、藺相如は既に死の床にあった。けれども這って参内し、趙のためには廉頗が必要たと孝成王に直訴した。
 だがそれは入れられず結局趙括か将軍となり、長平ちょうへいの戦いで秦軍に敗れ40万人が生き埋めになったという話は長く語り継がれることになった。

 廉頗が藺相如の訃報を知ったのは戦場であり、その慟哭は天をも震わすほどであった。敵も味方もその哭に打たれ、一刻ほどは干戈の音が聞こえなかったという。


ー付言
原典:史記 廉頗・藺相如列伝 第二十一
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