明治幻想奇譚 〜陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる哀れな俺、山菱哲佐の物語

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長屋鳴鬼 家を鳴らすのはだぁれ?

   長屋の暮らし

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 そして、その結果がこの様だ。
 その長屋は銀座大火明治5年で焼け落ちた後に再び建てられたまだ新しく比較的に綺麗な長屋だった。だからますますお化けなんて出そうもねぇ。

 けれども思えば怪異は1日目から現れた。
 そこは木造長屋の一部屋だった。荷物をまとめた俺は1週間ほど留守にすると下宿に伝えて意気揚々とその部屋に転がり込んだ。普段は煮炊き風呂炊き雑務雑用なんでもござれと請け負う代わりに同郷の篤志家とくしかの家に居候をしている。それをまるきり一部屋1人で使えて雑用もないなんてそれだけで大儲けだ。
 化け物なんているはずがない。これで追加で五十円などと、土御門は馬鹿なんじゃないかと思ったものだ。

 けれども夜、最初は何か変だな、と思った。
 しんと夜がふけるにつれ、なんだかパチリと木がはぜるような音がした。その途端、真っ暗な部屋の中で誰かに見られているような気配がしたのだ。そう、なんだか妙な気配だ。すぐ近くで誰かがうろつきまわっているような気がするが、隣のようにも思えない。壁を耳に当ててみてもグゴァといびきが聞こえるだけで何かが動く気配がない。
 けれどもそれだけだ。木の家というのは多少なりともそういう妙な気配はあるものだ。

 おかしいと思ったのは2日目だ。
 部屋の端の壁からカタカタと音がしていることに気がついた。何やら壁がふるえているような。
 壁の向こうに誰かがいて、何かをしているのだろう。うるせえぞと怒鳴ったが止む気配はない。
 思わずドンと叩いた壁は冷たく湿っていた。叩いたせいか音は止んだが妙に気持ちが悪い。だが、気のせいだ。なんだか妙な気配は一晩中続いたが、そんなことはまま、ある。
 布団に寝転ぶと戸口の障子の先に月でも出ているのか、障子に映った柳の影がプランと揺れた。そんなものだ。

 そして3日目。
 珍しく早く長屋に帰るとなにやら様子がおかしい。薄暗い長屋の隙間にちろちろとオレンジ色の夕陽が照り返し、軒や木々の黒い影がずんと長く伸びて地面をまだらに染め上げている。それは妙に不吉を暗示させる色合い。心の臓がざわりと嫌な感じに撫でられる。
 ここはこんなに薄暗かっただろうか。いや、もとより長屋というのは薄暗いものだ。これほど建物が密集しているのだから。

 水戸長屋入口の戸をくぐる。陰になって顔の様子もよく見えぬが、何人かの奥方が井戸端で立ち話をするのに軽く会釈して奥に進む。
 妙にしん、としてやがる。
 昨日の帰りは深夜だが今日は夕方。一昨日の暮れに挨拶回りした時はもう少し人気ひとけがあったような気がするが。

 じめりと蒸し暑いのにふるりと身震いがした。
 お化けなんていやしねぇ。いるはずがねぇ。いるならとっ捕まえて大学に売りつけてやる。
 けれども障子を開けて部屋に入るも、その妙にまとわりつく空気はかわらなかった。
 荷物を置き、気を取り直して炊事の準備をしようと井戸に向かった時には既に日はどっぷり暮れていた。向かいの長屋では行燈のぼんやりした明かりが灯って人の影が揺れ動いていたが、井戸の周りには既に誰もいない。

 その夜半、ざわざわと長屋全体がざわめき始めた音で目が覚めた。じっとり汗をかいている。気持ち悪い。それにやけに蒸し暑い。蒸し暑すぎて骨が軋む心持ち。すると、とてて、と外で小さな音がする。まるで子どもが走っているような。こんな夜中に子どもが? けれどもその音も長屋の外を走っているようにも思われない。言うなれば、この足元から。畳の下、から。
 そして次第に長屋全体がカタカタと小さく揺れ始める。それは前日の壁が揺れる、というものではなく、長屋全体がうねるようにミシミシと揺れたのだ。
 すわ地震か倒壊か、と慌てて長屋を飛び出す。けれども外はシンと静まり返ってリリと虫の声だけが響き、十三夜月が煌々と照っていた。

 まるで何事も起こらなかったように静か。
 なんだ? 何が起こっている?
 よく考えたら地震ではない。地震ではこのような揺れ方はしない。これは縦揺れでも横揺れでもない。ただ、ねじるような、目が回るような、揺れ。

 そこで俺はこの長屋に何故違和感を持ったのか気がついた。
 振り返ってキョロキョロ見回したが人の気配が全くしなかった。どうなってやがる?
 向かいの長屋は真っ暗の中でもどことなく人いきれを感じる。けれども俺の長屋の左右に連なるどの部屋も妙に冷たく感じられた。
 しばらくまんじりともせずに外で様子を伺い、ようやく空が白み始めた頃に室内に戻る。いつのまにやら気持ち悪さは失せていて、ホッとしてコトンと眠りについた。
 その翌朝。

「おや、お前さんは一昨日越してきた方だね」
「この長屋、人が住んでねぇんですかい?」
「……お前さん何を言ってるんだい? いないはずがないじゃないか。もう日が出てずいぶん経つ。みんな出かけたんじゃないのかね?」

 ちょうど出てきた向かいの長屋の住人に聞くと、俺の間借りしている長屋の部屋は全て埋まっているはずだという。そして昨夜地震など起こらなかったと。

 日が昇って隣家の様子を見に行くともぬけの殻だった。それで何かおかしいと思ってその長屋、全部で7を巡ったが誰もいない。いや、多少の家財は置かれていた。けれども人の気配はまったくなかった。少なくとも今朝に米を炊いた様子はない。
 誰もいない。
 まるで何者かにかどわかされたかのように。

『どうもお化けが出るんですって』

 涼やかな声が脳裏に響く。
 本当に、本当に化け物がいるっていうのか?
 まさか。あの土御門とかいうやつに揶揄からかわれているだけなんじゃないか?
 けれども昨日確かに長屋は揺れた。その感覚は生々しかった。寝ぼけてはいなかったと思う。
 気味が悪くなり、取るものもとりあえず俺は大学に走った。
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