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諸々の目 小瀧川で佇む妖かし女の噂
小龍のほとり、女の影
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紫檀楼を出て訪れた小龍の畔はヤイノヤイノと人でごった返していた。普段の静まり返った様とは別次元だ。
「おい倉橋、あいつ掏児だ。捕まえてこい」
指を伸ばして示せば、倉橋は短髪を揺らしながら人並みをするりと掻い潜り、あっという間にその男を捕まえた。手早く改め、被害者に掏られた金子を返して連絡先を聞き取って戻る。手早く縛って裏手の木にくくりつけられる掏児は本日四人目。
「豊作だなぁ」
「冗談じゃないすよ。何でわかるんすか、冷泉さん」
「見りゃわかる。掏児ってのは挙動がバラバラなんだ。向く方向と手の動きとかがな」
「わっかんねぇ」
「手柄取らせやってんだから問題あるまい。ほらあいつもだ」
「くっそ。みんな人使いが荒い」
倉橋はお手上げだというように体を伸ばし、走り出す。
倉橋は俺より3つほど年下の、神白県警所属の警察官だ。出掛けに暇そうにしてたから連れてきた。紫檀郎前の茶屋で随分待ちぼうけを喰らわせたが、その時間を含めても、俺が捕まえさせた下手人の数でお釣りが来るだろう。今のところは。
それにしても馬鹿みたいな掏児の数だ。祭りの最中でもこれほどはおるまい。
「冷泉さん、絆赤会の崩れが徒党を組んだみたいっすね」
大体の破落戸はむっつりだが、何人かは調べの時に口を滑らしたのだろう。けれどもそれ以外はわからない。
「ふうん、お前ら組織でやってんのか?」
そう問いかけても掏児どもは口をひん曲げてこちらを睨むばかりだ。絆赤会はこの辺りを根白にするヤクザ組織だ。だいぶん追い払ったと思ったのに、気付けばまた雲霞の如く湧いて出る。
「あとはこっちで調べますよ。応援呼んで来るんで一寸見張ってちゃもらえませんか」
「なあ倉橋、そこらに女がいたとして、腕に目玉があるかなんてわかると思うか?」
「あれ? 噂信じてんすか? ……近くに寄りゃわかるんじゃないすかね?」
そう言い置いて、倉橋は走り去る。
県警には悪魔みたいに尋問が上手い奴がいる。だからいずれ、素性は知れるだろう。倉橋の背があっという間に闇に溶けるのを眺め、振り返ればたくさんの提灯の明かりが波紋のように折り重なっていた。
さっきから眺め渡していても、見物の男は山といるが、怪しげな女なぞは見当たらん。
人が増えたから出ないなどと愚かな噂が流れているが、そんな筈がなかろう。そもそも女は人に見られたくて出ているのだ。やる事と言えば何しろただ、姿を見せて消え去るだけだからな。それなら人の多い今こそ出るべきだ。なのに何故出ない? 或いは出られない? 出られないなら何故だ。それによって誰が利益を得る?
利益か。足元を眺めると、相変わらず不貞腐れた顔が並ぶ。
「おい、お前ら。何でここに来た」
案の定、破落戸どもは何も答えん。だから懐から出した小刀をチラつかせる。けれどこの位ではやはりビビらんな。
「まともな情報を寄越せば逃してやろう」
「はぁ? てめぇ、警察じゃねえのかよ」
「違う。早くしないと警察が帰ってくるぞ?」
「信じられっかよ」
「そうか。残念だ」
あっさり小刀を仕舞った俺に、急に破落戸は慌て出す。
「ちょ、ちょっと待て。……本気なのか?」
「本気だが時間はない。話すなら話せ」
「ええい何を話せばいいんだよ」
「全部だ」
破落戸は素早く左右の男の顔を眺め、小さな声で呟く。
「十日位前に秋山親分にここが儲かるって聞いたんだ」
一人が話し始めると後は早い。吾も吾もと声が上がる。
秋山とは最近この辺の掏児の元締めらしい。賭場で祟られ女の噂を聞き、人が集まると考えたそうだ。そういう目端は効くらしい。この辺で賭場と言えば川向こうにあるハーン邸か。昔は賭場といえば武家屋敷か寺に決まっていたが今や外国人も治外法権なものだから、よく場が立つと聞く。
「早く解いてくれよ。帰ってきちまう」
まるで同士のように呟くが、そもそも俺は友達じゃない。
「仕方ねぇ。誰にもいうな」
「ありがてぇ」
縄を切ってやると入れ替えほどに、倉橋が三人の警官をつれて戻ってきて俺をジト目で咎めるように眺めたので、人集りを何箇所か指させば、せっかく来た応援は回れ右をした。
「刃物を隠し持ってたようで逃げられたんだよ」
「隠し? 俺は体を改めたんですけど?」
「隠してたんだから仕様ないだろ。新しいのを捕まえりゃいいじゃねえか。ほらアイツとアイツ」
「何でわかるんですかもう!」
都合追加で6人捕まえたんだからいいじゃねえか。
一方その翌日、噂されたハーン邸の応接室では二人の男が向かい合っていた。
新しく入手した銀製懐中時計を磨く私の前で、秋山が頭を抱えていたのだ。昨夜手下の掏児が大量に捕縛されたそうだ。小龍沿いは新しいヤマだ。だからこれほど早く官憲が動くとは思っていなかったらしい。そんなものは時期の話ではなく被害の大きさによるものだと思うのですがねぇ。
「掏児なぞまた集めればよいのでは?」
「押込と違って掏児ってのは技術がいるんすよ、ハーン親分」
「そんなことよりこれです。この日の本ではこのような手紙はよくあるのですか?」
「俺には読めません」
Monsieur Hearn !
ハーン閣下
Pour vous voler votre trésor ,je me presenterai prochainement.
近々お宝を頂きに参上致します。
Voleur fantôme Joe.
怪盗JOE
「宝を盗みに来ると書いている」
「馬鹿じゃねぇんすか?」
「愉快すぎて故国の友人に送ってしまったよ。それで秋山さんはどうすればいいと思いますか?」
「……守りを固めるべきでは?」
秋山は紙を持ち上げ、他に情報はないかと回したり透かしたりしている。
流麗な文字で書かれた白い一枚紙にもそれを包む封筒にも、本文以外に他に記載はなく、今朝一番にこのハーン邸のポストに突っ込まれていたのだ。
私が立てた賭場の上がりは上々だ。小龍川の祟られ女の噂で儲かると思ってきた博徒からせしめた金が唸っている。泥棒が入るには丁度いい。入れれば。
開帳中は破落戸で溢れかえっているし、賭場が終われば金は地下深くの金庫に仕舞う。地下には銃器もある。ここに押し込むなど考えがたいが、ともあれ警備を厳重にすることだ。警戒には越したことがない。そして特に貴重な、けれども金目でない私の趣味に基づく書籍や呪物といったものは、分散して別邸に預けるのが良いだろうか。
その文面はあまりにも馬鹿げていたものだから、私はさほど警戒をしていなかった。
けれども異事は確かに起こった。博打の客が減ったのだ。原因を調べれさせば、新たな噂にいきついた。
「祟られ女は末期の瘡患者?」
「へぇ、ハーン親分。専らそんな噂です。幽霊みたり枯れ尾花ってね。これじゃ小龍川のヤマも終いでしょう」
秋山が残念そうにへへと鼻で笑う。
「ふむ、なるほど、ネタがバレてしまうと興味も失せるというものでしょうか」
「ここ二日ほど、小龍には人が全く集まりません」
「折角噂のおかげで賭場が盛り上がっていたのに残念ですねぇ。予告した怪盗とやらも甲斐がない」
けれども私はおかしなことに気がついた。それは時期だ。
元の噂は祟られていると告げる女が袖を捲れば左腕の沢山の目に睨まれるというものです。確かに重度の梅毒ならばそう見えるのかも知れません。けれどもここ数日、女はあの小龍川に現れていない。一体誰がそれを確認したというのです?
それ以前にそもそも、元々の目撃情報もそれほど多くはないはず。そして最近、女は現れていなかったはず。
それなのになぜ、この今、梅毒という噂がたつ。一体誰が確認したというのだろう。
「新しい噂の出所はどこでしょう」
「出所、ですか?」
秋山親分の調査の結果、出所は神津新地だそうだ。祟り女が出る少し前に年期明けの梅毒の女がいたのだとか。本当にそんな事があるものですかねぇ。なんだか出来すぎている。
そして更にしばらく後、また祟り女が出るという噂が広まった。梅毒の瘡などではなく、本当にたくさんの目を腕につけた女が現れるという噂が。
「おい倉橋、あいつ掏児だ。捕まえてこい」
指を伸ばして示せば、倉橋は短髪を揺らしながら人並みをするりと掻い潜り、あっという間にその男を捕まえた。手早く改め、被害者に掏られた金子を返して連絡先を聞き取って戻る。手早く縛って裏手の木にくくりつけられる掏児は本日四人目。
「豊作だなぁ」
「冗談じゃないすよ。何でわかるんすか、冷泉さん」
「見りゃわかる。掏児ってのは挙動がバラバラなんだ。向く方向と手の動きとかがな」
「わっかんねぇ」
「手柄取らせやってんだから問題あるまい。ほらあいつもだ」
「くっそ。みんな人使いが荒い」
倉橋はお手上げだというように体を伸ばし、走り出す。
倉橋は俺より3つほど年下の、神白県警所属の警察官だ。出掛けに暇そうにしてたから連れてきた。紫檀郎前の茶屋で随分待ちぼうけを喰らわせたが、その時間を含めても、俺が捕まえさせた下手人の数でお釣りが来るだろう。今のところは。
それにしても馬鹿みたいな掏児の数だ。祭りの最中でもこれほどはおるまい。
「冷泉さん、絆赤会の崩れが徒党を組んだみたいっすね」
大体の破落戸はむっつりだが、何人かは調べの時に口を滑らしたのだろう。けれどもそれ以外はわからない。
「ふうん、お前ら組織でやってんのか?」
そう問いかけても掏児どもは口をひん曲げてこちらを睨むばかりだ。絆赤会はこの辺りを根白にするヤクザ組織だ。だいぶん追い払ったと思ったのに、気付けばまた雲霞の如く湧いて出る。
「あとはこっちで調べますよ。応援呼んで来るんで一寸見張ってちゃもらえませんか」
「なあ倉橋、そこらに女がいたとして、腕に目玉があるかなんてわかると思うか?」
「あれ? 噂信じてんすか? ……近くに寄りゃわかるんじゃないすかね?」
そう言い置いて、倉橋は走り去る。
県警には悪魔みたいに尋問が上手い奴がいる。だからいずれ、素性は知れるだろう。倉橋の背があっという間に闇に溶けるのを眺め、振り返ればたくさんの提灯の明かりが波紋のように折り重なっていた。
さっきから眺め渡していても、見物の男は山といるが、怪しげな女なぞは見当たらん。
人が増えたから出ないなどと愚かな噂が流れているが、そんな筈がなかろう。そもそも女は人に見られたくて出ているのだ。やる事と言えば何しろただ、姿を見せて消え去るだけだからな。それなら人の多い今こそ出るべきだ。なのに何故出ない? 或いは出られない? 出られないなら何故だ。それによって誰が利益を得る?
利益か。足元を眺めると、相変わらず不貞腐れた顔が並ぶ。
「おい、お前ら。何でここに来た」
案の定、破落戸どもは何も答えん。だから懐から出した小刀をチラつかせる。けれどこの位ではやはりビビらんな。
「まともな情報を寄越せば逃してやろう」
「はぁ? てめぇ、警察じゃねえのかよ」
「違う。早くしないと警察が帰ってくるぞ?」
「信じられっかよ」
「そうか。残念だ」
あっさり小刀を仕舞った俺に、急に破落戸は慌て出す。
「ちょ、ちょっと待て。……本気なのか?」
「本気だが時間はない。話すなら話せ」
「ええい何を話せばいいんだよ」
「全部だ」
破落戸は素早く左右の男の顔を眺め、小さな声で呟く。
「十日位前に秋山親分にここが儲かるって聞いたんだ」
一人が話し始めると後は早い。吾も吾もと声が上がる。
秋山とは最近この辺の掏児の元締めらしい。賭場で祟られ女の噂を聞き、人が集まると考えたそうだ。そういう目端は効くらしい。この辺で賭場と言えば川向こうにあるハーン邸か。昔は賭場といえば武家屋敷か寺に決まっていたが今や外国人も治外法権なものだから、よく場が立つと聞く。
「早く解いてくれよ。帰ってきちまう」
まるで同士のように呟くが、そもそも俺は友達じゃない。
「仕方ねぇ。誰にもいうな」
「ありがてぇ」
縄を切ってやると入れ替えほどに、倉橋が三人の警官をつれて戻ってきて俺をジト目で咎めるように眺めたので、人集りを何箇所か指させば、せっかく来た応援は回れ右をした。
「刃物を隠し持ってたようで逃げられたんだよ」
「隠し? 俺は体を改めたんですけど?」
「隠してたんだから仕様ないだろ。新しいのを捕まえりゃいいじゃねえか。ほらアイツとアイツ」
「何でわかるんですかもう!」
都合追加で6人捕まえたんだからいいじゃねえか。
一方その翌日、噂されたハーン邸の応接室では二人の男が向かい合っていた。
新しく入手した銀製懐中時計を磨く私の前で、秋山が頭を抱えていたのだ。昨夜手下の掏児が大量に捕縛されたそうだ。小龍沿いは新しいヤマだ。だからこれほど早く官憲が動くとは思っていなかったらしい。そんなものは時期の話ではなく被害の大きさによるものだと思うのですがねぇ。
「掏児なぞまた集めればよいのでは?」
「押込と違って掏児ってのは技術がいるんすよ、ハーン親分」
「そんなことよりこれです。この日の本ではこのような手紙はよくあるのですか?」
「俺には読めません」
Monsieur Hearn !
ハーン閣下
Pour vous voler votre trésor ,je me presenterai prochainement.
近々お宝を頂きに参上致します。
Voleur fantôme Joe.
怪盗JOE
「宝を盗みに来ると書いている」
「馬鹿じゃねぇんすか?」
「愉快すぎて故国の友人に送ってしまったよ。それで秋山さんはどうすればいいと思いますか?」
「……守りを固めるべきでは?」
秋山は紙を持ち上げ、他に情報はないかと回したり透かしたりしている。
流麗な文字で書かれた白い一枚紙にもそれを包む封筒にも、本文以外に他に記載はなく、今朝一番にこのハーン邸のポストに突っ込まれていたのだ。
私が立てた賭場の上がりは上々だ。小龍川の祟られ女の噂で儲かると思ってきた博徒からせしめた金が唸っている。泥棒が入るには丁度いい。入れれば。
開帳中は破落戸で溢れかえっているし、賭場が終われば金は地下深くの金庫に仕舞う。地下には銃器もある。ここに押し込むなど考えがたいが、ともあれ警備を厳重にすることだ。警戒には越したことがない。そして特に貴重な、けれども金目でない私の趣味に基づく書籍や呪物といったものは、分散して別邸に預けるのが良いだろうか。
その文面はあまりにも馬鹿げていたものだから、私はさほど警戒をしていなかった。
けれども異事は確かに起こった。博打の客が減ったのだ。原因を調べれさせば、新たな噂にいきついた。
「祟られ女は末期の瘡患者?」
「へぇ、ハーン親分。専らそんな噂です。幽霊みたり枯れ尾花ってね。これじゃ小龍川のヤマも終いでしょう」
秋山が残念そうにへへと鼻で笑う。
「ふむ、なるほど、ネタがバレてしまうと興味も失せるというものでしょうか」
「ここ二日ほど、小龍には人が全く集まりません」
「折角噂のおかげで賭場が盛り上がっていたのに残念ですねぇ。予告した怪盗とやらも甲斐がない」
けれども私はおかしなことに気がついた。それは時期だ。
元の噂は祟られていると告げる女が袖を捲れば左腕の沢山の目に睨まれるというものです。確かに重度の梅毒ならばそう見えるのかも知れません。けれどもここ数日、女はあの小龍川に現れていない。一体誰がそれを確認したというのです?
それ以前にそもそも、元々の目撃情報もそれほど多くはないはず。そして最近、女は現れていなかったはず。
それなのになぜ、この今、梅毒という噂がたつ。一体誰が確認したというのだろう。
「新しい噂の出所はどこでしょう」
「出所、ですか?」
秋山親分の調査の結果、出所は神津新地だそうだ。祟り女が出る少し前に年期明けの梅毒の女がいたのだとか。本当にそんな事があるものですかねぇ。なんだか出来すぎている。
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