叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver

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第5章 カルト教団集団自殺事件

神目教会の謎めいた教義 加害者

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 次の呪い。
 呪いはそのバイアス内で人を殺す者を定める。次が宗教団体という事実は、俺に酷く嫌な想起を与えた。
 喜友名晋司はその絵によって見る者の精神を汚染した。けれども絵という媒体、という意味でワンクッションがあった。宗教はそもそもが他者の精神を侵食し、その信仰を用いて魂や認識を塗り替える。影響はより直接的で深刻な可能性。
 公理さんはすでに呪いに魂の一部を奪われている。これ以上損傷すれば、回復の限界値を超えるかもしれない。いや、すでに超えているのかも知れない。だから極力関与させない。
 出かける前にちらりと見た公理さんはソファでスマホをいじっていた。表面上は変わらなく見えても、動けないという事実は次第にその精神を追い詰めていく、だろう。

 そんなことを考えていればいつのまにか図書館にたどり着く。
 以前確認した記事では普通の人間が突然集団自殺したかのように書かれていた。恐らく違う。もともと宗教的洗脳による認識や人格の変質や歪みがあったはずだ。問題はそこにどのように呪いが干渉しているか、だな。
 家の呪いからは、未だ法則が浮かび上がらない。
 俺はこれまで呪いとは一定の目的を持つものだと思っていた。特定の場所から人を追い出そうとしたり、特定の場所に死を集めようとする。例えば俺の呪いは不幸を呼び寄せる。けれどもこの家の呪いは家の中に大量の死を引き起こすものの、人を殺すことが目的と考えるには方法が迂遠にすぎる、気はする。
 この家の呪いは呪いの中心にいる者、たとえば貝田弘江や越谷泰斗に対して何らかの働きかけを行い、その意思を変質させるようだ。けれども特定の行為をやらせようとするものではないらしい。関与の仕方もまちまちだ。

 雑誌の特集記事をめくる。
 神目教会の信仰について。
 神の目があると信じ、それに恥じない生活をする。以前感じたとおり、天道思想に似ている。シンボルマークは丸い縁の中に目のアイコン。眉の角度的に右目なんだろうか?
 三角の配置であればプロビデンスの目なんだろう。フリーメンソン臭がする。もともとフリーメンソンの三角の目もキリスト教の三位一体のシンボルから来ている。『教会』とついているからキリスト教系なのかな?
 そう思って神目教会のホームページを探す。ホームページ自体はすでに削除されていたが、魚拓が見つかった。インターネットに保存されたかつての残香。白を基調とした、シンプルを超えて素人感満載のページだ。
 教祖の紹介のページを見て困惑は深まった。

 請園恭生は若い頃、密教の修行をしていた。その中でコーランを読みふけり着想を得て、精霊信仰に目覚めて山籠りをする。そして神の啓示を受けて布教を続け、神の家たる請園恭生のアパートで週に何日か集まり賛美歌を歌ったり読経をあげたりしながら質素に穏やかに過ごす。
 ページの最後は、『信仰は自由です』としめられていた。

 なんだこれは。ギャグなのか?
 こんな妙な来歴を晒したら、どの団体から攻撃されてもおかしくないだろう。
 いや、まあ、信仰は自由だしな……。
 請園恭生の人物像がさっぱりわからない。頭の中には妙な思想でも根を張っているに違いない。呪いが請園恭生にどんな影響を与えれば目をくり抜く結果になるんだ。もともとが異常なら、そもそも論理性というものが存在するのかすでに疑わしい。
 そもそもこいつは何を布教しているんだ?
 それがわからない。布教という限りには、何かを広めているんじゃないのかな。けれどもHPにはその教義と思われるものはほとんど存在しなかった。
 ひどくお手上げだ。仕方ない、また聞くしかないか、内倉さんに。

 昨日は請園伽耶と請園恭生の関係を中心に尋ねた。だから信仰についてはあまり聞いていない。何か知っているといいんだけど。昨日の話しぶりからも、どうもうまが合いそうにない。積極的に会話をするのは辟易するが、仕方がない。
 交換したLIMEを開く。

ハル:昨日お話を伺った藤友です。追加で伺いたいことがあり連絡しました。お会いする時間を頂けないでしょうか。 13:26

 次はカルセアメンタで情報収集か。ツインタワーを見上げると、春の強い風が吹いていた。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。確か……藤友さん?」
「覚えて頂けたんですね。1度しか来てないのに」
「1度? そうですね、公理さんのご親戚なら大歓迎ですよ。履いて頂いて嬉しいです。今日は何かお探しですか?」
「他のを見に来たんです。この靴、気に入ったんで」
 店内を一回りするフリをして柚の様子を伺う。
 その視線からはやはり扉には気が付いているようだが、それについて触れようとする素振りはない。興味があるのは扉だけで、俺の顔を見ようともしていない。俺は認識されていないのだろうか?
「お引っ越しされたと伺いました。公理さんも誘われたけど行けなくて残念だって」
「あら、でも昨日の夕方いらしたでしょう」
 ……昨日の夕方?
「……そうなんですか?」
「ふふ、変なことをおっしゃいますね。藤友さんもしょっちゅう覗いているじゃないですか」
 その言葉を咀嚼して凍りつく。気づかれている。
 しょっちゅう?
 そもそもいつから気づいていた。越谷泰斗のバイアスを消した時からか? それとももっと前?
 柚は先ほどと変わらない表情でにこやかに微笑み、そこから得られる情報はない。けれども……来た甲斐があった。
 昨日の夕方、柚はいなかったはずだ。少なくとも俺は柚の姿は見ていない。
「ご迷惑でしたか?」
「そうねぇ、公理さんは一度ご招待したのだけど、藤友さんはまだお招きしてないな。いらっしゃいます? 見てるだけじゃ、つまらないでしょう?」
 見てるだけじゃ、つまらない? 俺は何を見ていることになるんだ?
「……いずれ。その際は追い出したりはしないでくださいね」
「わかりました。あの時は突然でびっくりしたの」
 そう述べて柚は再びにこりと微笑んだ。
 突然。びっくり。
 よく、考えろ。柚は何を認識し、何を認識していない。
 俺は扉に挟まっている。だから厳密にはあの家には入っていない。けれども覗いてること、それから公理さんが昨日家に入ったことは認識されている。公理さんが家に入ったのは、あの2階正面の部屋だけ、だ。
 思い出せ。昨夜、少なくともあの2階正面の部屋に柚はいなかった。扉はリアルタイムのあの家の姿も映し出す。けれどもいないはずの柚は知っている。しかも魂というわけのわからない状態の立ち入りを。柚は不在時の家の状況を認識している。遠隔なのかリアルタイムなのかかはわからないが、それならば俺たちの全ての動きを知られていると考えた方が無難だろうか。
 『夢』はどうだ?
 俺は夢では家に入っている。そちらは認識されているのだろうか。過去の家の夢だから、現在の柚には繋がらないのかもしれない。わからない。
「ところでどうして人を殺しているんですか?」
「殺す? 変なことを仰るのね。私は何もしていないの。片付けをするだけ。どちらかというと面倒くさいかな」
「面倒なら、やめたりしないんですか?」
「そうねぇ、でもあれは家がやっていることだし。だから私に仰られても困るんです」
 家が? どういう意味だ。和室の花菜の死体を食べていた黒いものは家? 公理さんはたしかにそう言っていた。
「あ、そうだ。昨日公理さんが来られた時に忘れ物をされたでしょう? お預かりしてるからいつでも取りにいらしてとお伝て頂けますか?」
 取りにいらして。あの家の『扉』の内側にってこと、だよな。
「……勿論です。ありがとうございます」
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