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5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し
アイス・ドラゴン戦とウォルターのラック
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今日は30階層のアイス・ドラゴン、個体名フロスン・プストに挑む。
私たちは2つの不確定要素を抱えていた。
1つはウォルター。フィールドに出る前に口を酸っぱくして何もしないように伝える。これまでの連携が崩れると困るから。
「本当に余計なことをするなよ。なんかしたら追い出すかふん縛るからな」
「だから何もしねぇって。だいたい何もできねぇよ」
そんな言葉が何往復かしてグラシアノを紹介した。昨日グラシアノはマクゴリアーテと会って以降、転移陣に到着してからもずっと眠り続けていた。
だから念のためグラシアノが起きるまでソルとアレクが残ることになった。
今日再会して驚いた。今朝ダンジョン入り口で2人からグラシアノが大きくなったとは聞いていたけど、本当に大きくなっていた。
8歳か9歳くらいの大きさ。身長も20センチほど、一回り大きくなっている。全体的に筋肉がついて角も少し太くなっているような。
街で買ってきたのかアレクが少し大きめの服をグラシアノに着せている。
「大丈夫? 調子は悪くはない?」
「あの、大丈夫です。ありがとう」
「調べたが問題なさそうだ。魔族についてはたいして詳しくはないが、一定条件を達成すれば大幅に進化するのかもしれない」
ソルはそう言うけれど、その条件というのはマクゴリアーテの吸収だろう。魔王の欠片は他の魔王の欠片を吸収するたびに大きく強くなる。これは第二段階。そのグラフィック通りの姿。設定通り……。
でも少し違うような。そう思っていると着替えるグラシアノの胸元に模様が見えた。なんだろう。刺青みたいな。そういえば肌の見える姿の魔王の欠片がいる。この先に現れるベルセシオ。ベルセシオは両肩周りに刺青をしていたけど、他の魔王の欠片も刺青があるのかな。他には記憶がない。
「おお、お前グラシアノか。ウォルターだ。宜しくな」
「あの、宜しくお願いします」
ウォルターは驚くほどすんなりグラシアノを受け入れた。普通は魔族だからと少し警戒するものだと思うけど。でももともと天然ポンコツ王子だからデフォルトなのかもしれない。
「お前、装備はしないの?」
「装備?」
「うん。こいつは鎧とか着せないの? 俺も一応軽鎧着てきてるけど」
「そうね。何か用意しましょう」
すっかり失念していた。ゲームでは魔王の欠片は魔族でモンスターだ。だからテイムできるモンスターと同じで、何かを装備させる機能はなかった。けれどもリザードマンやコボルトも軽鎧や盾を装備していることがある。だから着れないことはないはず。
「ああでもこっから大きくなるなら鎧を買うのはサイズアウトするのかな」
「大きく?」
「おう。だってこいつまだ成長するだろ?」
成長。成長するもの。
やっぱりグラシアノは子ども。その態度も子どもっぽい。何か混乱する。ゲームではグラシアノを育成すると1年もたたずに大人の姿となる。
でも……装備か。多少サイズアウトしても問題ないもの。ベストやマント、サイズ調整のできる貫頭衣、それから装飾、かな。
何か考えてみよう。
「そうだ。みんなに言っときたいことがある」
「なんだ」
「俺はその、戦闘には直接役に立たない」
「知っている」
「あぁ」
「うん。でも運がいいんだ」
「はぁ?」
急に何を言っているんだ、と困惑した空気が漂う。でもウォルターは続ける。
「多分40階層以降になると俺はますます役立たずになる。逃げ隠れしているだけじゃなくて守ってもらう必要が出てくる」
「40階層なんてまだ誰も到達していないしあるかどうかすらわからないじゃないか」
「ああ。そこはソルの言う通りだな。でもそうなるだろう。だけど俺は最後までこのパーティに所属したい。だから俺がいる時といない時の差を考えてもらって、そこに利益を見出してほしい」
「意味がわからない」
「まあ、そうだな。わざわざ注意を向けないとわからない程度の差だ。でも俺がいる時といない時では戦闘のしやすさが多少違う、と思うから」
みんな不審げな顔をしている。意味がわからない。みんなにとってはそうだろう。
ウォルターのラックの影響は『幻想迷宮グローリーフィア』を周回した私にしかわからないこと。けれども確かに気をつけていれば実感するものなのかもしれない。特に前衛のアレクとジャスティンにとっては被ダメージが少しだけ、ありうる誤差の範囲で軽減し、与ダメージが少しだけ、ありうる誤差の範囲で増加する。ウォルターはあり得る結果を最上に近づける。注意しなければ『今日はいつもより調子がいい』で済む範囲の誤差。
けれどもその差は深く潜るほどに積み重なり、明暗を分けてくる。
「よくわかんねー」
「今はそれでいいよ。とりあえず進もうぜ」
「そうね」
氷の山を見上げる。
ボスフィールドはこの高い氷壁に囲まれた幅3メートル程度の通路の先にある。そして今や目の前に聳え立つ固く分厚い氷の扉の奥でアイス・ドラゴンが私たちを待ち構えている。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、アレクサンドル・ケーリング=キヴェリアとジャスティン・バウフマンに飛翔の靴と金剛の枝を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ソルタン・デ・リーデルに叡智の冠と火霊の導きを与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
ゆっくりとその凍てつく扉を押し開くと、途端に猛吹雪が私たちの侵入を妨害する。視界は白で染まり、どこに何があるのかもわからない。
色があるのは私たちの装備くらい。お互いの存在に気づけるよう今回は不必要に派手な色に染めている。
ーかのアイス・ドラゴンの理を阻害しその氷壁を解かせ。
私たちは2つの不確定要素を抱えていた。
1つはウォルター。フィールドに出る前に口を酸っぱくして何もしないように伝える。これまでの連携が崩れると困るから。
「本当に余計なことをするなよ。なんかしたら追い出すかふん縛るからな」
「だから何もしねぇって。だいたい何もできねぇよ」
そんな言葉が何往復かしてグラシアノを紹介した。昨日グラシアノはマクゴリアーテと会って以降、転移陣に到着してからもずっと眠り続けていた。
だから念のためグラシアノが起きるまでソルとアレクが残ることになった。
今日再会して驚いた。今朝ダンジョン入り口で2人からグラシアノが大きくなったとは聞いていたけど、本当に大きくなっていた。
8歳か9歳くらいの大きさ。身長も20センチほど、一回り大きくなっている。全体的に筋肉がついて角も少し太くなっているような。
街で買ってきたのかアレクが少し大きめの服をグラシアノに着せている。
「大丈夫? 調子は悪くはない?」
「あの、大丈夫です。ありがとう」
「調べたが問題なさそうだ。魔族についてはたいして詳しくはないが、一定条件を達成すれば大幅に進化するのかもしれない」
ソルはそう言うけれど、その条件というのはマクゴリアーテの吸収だろう。魔王の欠片は他の魔王の欠片を吸収するたびに大きく強くなる。これは第二段階。そのグラフィック通りの姿。設定通り……。
でも少し違うような。そう思っていると着替えるグラシアノの胸元に模様が見えた。なんだろう。刺青みたいな。そういえば肌の見える姿の魔王の欠片がいる。この先に現れるベルセシオ。ベルセシオは両肩周りに刺青をしていたけど、他の魔王の欠片も刺青があるのかな。他には記憶がない。
「おお、お前グラシアノか。ウォルターだ。宜しくな」
「あの、宜しくお願いします」
ウォルターは驚くほどすんなりグラシアノを受け入れた。普通は魔族だからと少し警戒するものだと思うけど。でももともと天然ポンコツ王子だからデフォルトなのかもしれない。
「お前、装備はしないの?」
「装備?」
「うん。こいつは鎧とか着せないの? 俺も一応軽鎧着てきてるけど」
「そうね。何か用意しましょう」
すっかり失念していた。ゲームでは魔王の欠片は魔族でモンスターだ。だからテイムできるモンスターと同じで、何かを装備させる機能はなかった。けれどもリザードマンやコボルトも軽鎧や盾を装備していることがある。だから着れないことはないはず。
「ああでもこっから大きくなるなら鎧を買うのはサイズアウトするのかな」
「大きく?」
「おう。だってこいつまだ成長するだろ?」
成長。成長するもの。
やっぱりグラシアノは子ども。その態度も子どもっぽい。何か混乱する。ゲームではグラシアノを育成すると1年もたたずに大人の姿となる。
でも……装備か。多少サイズアウトしても問題ないもの。ベストやマント、サイズ調整のできる貫頭衣、それから装飾、かな。
何か考えてみよう。
「そうだ。みんなに言っときたいことがある」
「なんだ」
「俺はその、戦闘には直接役に立たない」
「知っている」
「あぁ」
「うん。でも運がいいんだ」
「はぁ?」
急に何を言っているんだ、と困惑した空気が漂う。でもウォルターは続ける。
「多分40階層以降になると俺はますます役立たずになる。逃げ隠れしているだけじゃなくて守ってもらう必要が出てくる」
「40階層なんてまだ誰も到達していないしあるかどうかすらわからないじゃないか」
「ああ。そこはソルの言う通りだな。でもそうなるだろう。だけど俺は最後までこのパーティに所属したい。だから俺がいる時といない時の差を考えてもらって、そこに利益を見出してほしい」
「意味がわからない」
「まあ、そうだな。わざわざ注意を向けないとわからない程度の差だ。でも俺がいる時といない時では戦闘のしやすさが多少違う、と思うから」
みんな不審げな顔をしている。意味がわからない。みんなにとってはそうだろう。
ウォルターのラックの影響は『幻想迷宮グローリーフィア』を周回した私にしかわからないこと。けれども確かに気をつけていれば実感するものなのかもしれない。特に前衛のアレクとジャスティンにとっては被ダメージが少しだけ、ありうる誤差の範囲で軽減し、与ダメージが少しだけ、ありうる誤差の範囲で増加する。ウォルターはあり得る結果を最上に近づける。注意しなければ『今日はいつもより調子がいい』で済む範囲の誤差。
けれどもその差は深く潜るほどに積み重なり、明暗を分けてくる。
「よくわかんねー」
「今はそれでいいよ。とりあえず進もうぜ」
「そうね」
氷の山を見上げる。
ボスフィールドはこの高い氷壁に囲まれた幅3メートル程度の通路の先にある。そして今や目の前に聳え立つ固く分厚い氷の扉の奥でアイス・ドラゴンが私たちを待ち構えている。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、アレクサンドル・ケーリング=キヴェリアとジャスティン・バウフマンに飛翔の靴と金剛の枝を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ソルタン・デ・リーデルに叡智の冠と火霊の導きを与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
ゆっくりとその凍てつく扉を押し開くと、途端に猛吹雪が私たちの侵入を妨害する。視界は白で染まり、どこに何があるのかもわからない。
色があるのは私たちの装備くらい。お互いの存在に気づけるよう今回は不必要に派手な色に染めている。
ーかのアイス・ドラゴンの理を阻害しその氷壁を解かせ。
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