ラヴィ=フォーティスと竜の頭と愉快な食レポの旅

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1章-1 カプト様が落ちていた。 ~『無法と欠けた月』のエグザプト聖王国の旅

ワールド・トラベル出版第5分室

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 王都カッツェでバスを降りるとそこは30車線ほどがあるバス乗り場。これまで見たことのない数の人がざわざわと僕の前を行き交っていて、思わずぼんやりしていたら邪魔だと言われてしまった。ごめんなさい。
 けれどもさすが王都。これまで僕が出会った人を全部合わせたより多いんじゃないかな。見てるだけで転びそう。
「ワールド・トラベル出版ってどこにあるんだろう」
 大きな建物の壁面にはたくさんの文字がゆるゆると流れていくけれども、ワールド・トラベル出版という文字は見当たらない。これだけ建物があるんだから、ぱっと見でわからなくても仕方がないのかもしれない。
「あの、ワールド・トラベル出版ってどこでしょう」
「うん? わからないな、あっちに案内所があるから聞いてみたら」
 これがカルチャーショックというやつか。
 同じ街で知らない場所があるなんて。
 案内所で教えてもらって訪れたワールド・トラベル出版にまたまた驚愕。
 そこはなんだかもう、龍を縦に十頭も並べたかというような巨大な建物で、透明にキラキラと光っていた。なにこれお城なの?
 出入りする人間もみんなシュっと細い服を着てカツカツ歩いてて、なんか物凄い場違い感がある。でも魔女様からの推薦だし、入らないわけにはいかないわけで。無意識にゴクリとつばを飲み込んだ。いつも飲み込んではいる気がしなきもないけど。大きなリュックを背負った田舎っぽい格好の僕はピカピカ光る床の上をおっかなびっくり歩いて少し怪訝な表情の受付のお姉さんの前にたどり着く。

「ワールド・トラベル出版にようこそ。本日の見学は受け付けておりません」
「えっと、見学に来たのではなくって」
「ご予約はございますか?」
「ないです」
「それでは先にアポイントメントをお取りください」
「あの、魔女様の就職斡旋で来ました!」
「……え?」
 流れるようにスルーされそうになったその瞬間、お姉さんの顔がわずかに引き攣った。ほんとかよ、とザワめく周囲。えっと、こんなに大きな街なのに、魔女様の斡旋って珍しいのかな。
 魔女様はこの地域一体を統べられている。
 魔女様の就職斡旋は能力や様々な条件から選ばれるから、斡旋があること自体から、適正はあることが当然に証明されるわけで、断られることはまずない。けれども普通はあまりにかけ離れた生活圏や文化圏への斡旋はなされない。馴染めないから。
 だから僕のいかにも田舎っぽい格好を見て不審がられるのはまぁ、仕方がないと思う。僕も自分がここで働くことは想像もつかない。技術も文化もレベルが違いすぎて何が何だかわからない。なんで壁が透明で床が光ってるの?
「ステータスカードを拝見いたします」
「あ、はい。これです」
 周囲をキョロキョロ見ながらカードを手渡した瞬間、お姉さんから力が抜けるのを感じた。あからさまに。
「……あぁ、第五分室ですか。この本社屋とは別の建物にございます。少しわかりづらいので今地図をお渡しいたしますね」
「ありがとうございます」
 ここじゃなくて僕もほっとした。
 一階なのに見上げても空しか見えない高層建築は、見えない上の階が落ちてきそうで落ち着かない。外から見えた二階以上はどこにいったんだろう。
 気になりすぎて、ここで働くとか無理です。

「建物を見た時はまさかと思ったが、やはりここではなかったのだな」
「カプト様、僕も安心しました。食べられなさそうだし」
「お主の基準はやはりそれなのか」
 お姉さんから地図を頼りに歩いていくと。だんだん道が細くなり、太陽が翳っていくにつれて世界はだんだん平坦に、というか建物の高さが低くなり、晩御飯なのかなという香りと生活臭が漂い始めた。
 だいぶん歩いてたどり着いた第五分室は、古い木造二階建ての一軒家。なんだか予想と大分違うけど、ここの方が落ち着く。さっきのキラキラした建物より断然。インターフォンを押しても返事がないから何度か追加で押してみた。
「うるせぇ! 勝手に入れ!」
 では遠慮なくと玄関を開けるとなんだか暗くて狭い。
 紙の束が積み重なったたキィキィと鳴る廊下を抜けると、作業をしていた誰かが振り向いた。
「お前、誰だ」
「僕はラヴィ=フォーティスといいます。魔女様の就職斡旋で来ました」
「魔女様の斡旋だと?」
 今日2回目の思いっきりの疑問形で、目をぱちぱちされる。
 この人、犬獣人かな。灰色のテリア系の容姿。
「あの、ここはワールド・トラベル出版の第五分室ですよね?」
 ふん、と差し出されるゴワゴワと毛が絡まった手にステータスカードを置く。その視線が耐性の欄までいくと、とたんに眉を下げたずいぶん憐れみの混じった視線で眺められた。

「おめぇ、どっかの実験施設かなんかで育ったのか?」
「実験? ああ、耐性はその、昔から悪食で」
「何? 同情して損したじゃねえか」
 そんな酷い。
 でも目は僕のステータスカードを注視し続けている。これなら大抵のところにはいけるか、とかブツブツ呟いててちょっと怖い。大抵のところってどこだろう。
 声からして男だよね? 獣人の性別は見た目でよくわからない。視線がカードの詳細に至るにつれ、怪訝な顔をされたりフンと鼻を鳴らされたりしている。
 僕のステータス、何か変かな、いや、耐性は変だろうけどさ。
「お前、ここが何の仕事をするところか知っているか」
 怪訝そうな声がした。
「出版っていうのは新聞を作るんですよね?」
「まあ新聞だけじゃねぇけどよ、いろんな情報を集めて読者に届けるんだ」
「ジョウホウ?」
「そっからか」
 犬獣人は腕を組んで貧乏ゆすりをしながら、なんて説明したものかな、とひとりごちた。貧乏ゆすりの衝撃で紙の山がバサリと崩れた。
「お前、旅に興味あるか」
「旅! もちろんです!」
「世界にあふれる未知の遺跡や古代文明! それを探求するロマン!」
「すいません、それはわかりません」
「を……おう、そうか……」
 本当に遺跡とか冒険は別に興味はないんだけど。カプト様も似たようなことを言っていたけどそういうものなのかな。でも世界中の美味しいものを食べるのが僕の夢なわけだし、旅はしたいです。
 改めて犬獣人は僕を上から下までまじまじと眺める。
「悪食、悪食……。じゃあ言い直そう。会社の金で世界中の珍品特産品を飲み食い……」
「やります! 是非やらせてください!」
「その合間にうちの取材を、ちょっと聞け!」
 勢い込んだ僕は近くの紙の山を倒して怒られた。けれども僕はこうしてWT 出版第五分室に就職することになった。
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