貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田

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皇帝との謁見

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帝国の街道を馬車は駆け抜け、月が空の半ばまで上るころ帝国の宮殿に到着した。

休む間もなくフィリアは皇帝が待っているというので謁見の間へと急かされる。

慣れない馬車の振動で痛むお尻をかばいながら長い長い廊下を歩き、大きな扉を開けると足元には真っすぐに敷かれた真っ赤なカーペット。

その先には玉座があって、30代半ば程の冠を被った男性が足を組んで待ち受けていた。

サドゥーク帝国の皇帝サドゥーク8世である。

「お目にかかれて幸栄です。モールド王国から参りましたフィリア・フォン・モールドですわ。どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

背筋をピンと伸ばして、玉座の前に進み出たフィリアは1番上品な笑顔と声色で挨拶をする。

深々と礼をして、顔を伏せたまま皇帝の返答を待った。

「ふむ・・・フィリア、だったか。最低限のマナーは仕込まれているようだな」

平坦な口調は、皇帝がフィリアに対して関心を抱いていない証だった。

「言うまでもないとは思うが、この婚姻は政略結婚だ。我はとっくに正妃を迎えているし、側妃も両手の指に収まらないほどいる。我はお前に愛など抱かぬし、お前からの愛も期待してはおらん」

「もちろんですわ、重々承知しております」

「ならば良い。だが決して浮気などするなよ? たとえ形式上とはいえお前は皇帝の妃だ。他の男に目移りなどしようものなら、その首刎ね飛ばしたうえで、お前の祖国を打ち滅ぼさねばならんからな」

笑いながら放たれた言葉は冗談というには重すぎた。

「話は終わりだ。おいアベル! フィリアを部屋まで案内しろ、ついでに宮殿ここでの生活についても説明してやれ!」

「はい、陛下!」

聞き覚えのある声がした。

振り返るとフィリアに手を差し出してくれた少年騎士が立っていた。

「案内をいたします、皇帝陛下直属の騎士アベルです。参りましょう、フィリア様」

少年騎士アベルに付き従ってフィリアは皇帝の前から退出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「こちらが皇帝陛下がフィリア様のためにご用意された部屋です」

案内されたのは長い回廊の行き止まりにある小さな部屋だった。

移動した距離から考えると宮殿の端なのだろうとフィリアは推測する。

1歩足を踏み入れると僅かなホコリ臭さがフィリアの鼻をついた。

フィリアの輿入れの直前に慌てて掃除をしたのだろう。


それでもベッドやクローゼット、机といった最低限の家具は揃っているのを確認したフィリアは安堵する。

フィリアの持ち物が入ったカバンも机の上にちゃんと置かれていた。

「案内ありがとうね・・アベルさん」

「呼び捨てで結構ですよ。フィリア様」

少年騎士・・・もといアベルが屈託のない笑顔で応えた。

「でも、私はこの国では新参者だもの。あなたも聞いていたでしょうけど私は飾りの妃なんだから」

「アベル、と呼び捨てで結構ですよ。身分以前に年が上の方にさん付けで呼ばれるのは、何というか悪いですから」

アベルはあくまで謙虚な態度を崩さなかった。

ふとフィリアはアベルの年齢が気になった。

「年が上って・・・あなた今いくつなの?」

「15です」

「私より3つ下・・・そう、立派なのね」

フィリアの思っていた以上にアベルは若かった。

ついこの間まで子供だったといっていい年齢だ。

なのに皇帝直属の騎士を務めている。

きっと名のある貴族の優秀な子息なのだろうとフィリアは推測した。

「ところで、教えてほしいのだけれど帝国での1日のスケジュールはどうなっているのかしら? 私が側妃としてやるべきことがあれば知っておきたいのだけど」

「えっとですね・・・」

フィリアの問いにアベルは気まずそうに目を泳がせた。

「・・・ありません。とても言いにくいのですが『邪魔にならぬよう、面倒を起こさずにただ大人しくしていろ』というのが皇帝陛下からの言伝です」

「そう、ありがとう」

アベルの気遣いとは真逆にフィリアはむしろ安堵していた。

到着早々、気まぐれに殺されることすら覚悟していたフィリアからすれば良い待遇とすら思えた。

生きていられるだけ儲けものーーそれがフィリアの偽らざる感想だった。

「ありがとうアベル、貴方は何も気にすることは無いわ」

「すみませんフィリア様・・・あの、もし俺にできることがあったら言ってください。力になりますから」

「ありがとう。覚えておくわ」

間もなくアベルは退室し、フィリアだけが残された。

「ふーーっ」

長い長いため息とともにベッドに倒れこむ。

サドゥーク帝国に嫁いできたわけだが、これまでと変わりはなさそうだった。

お飾りの存在として息をひそめてやり過ごす。

今までと一緒だ。

「ああ、でも1ついいことはあったわね」

フィリアはアベルのことを反芻した。

誰かから手を差し伸べられ、境遇に同情を示してくれた。

それだけでもフィリアには十分だった。
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