かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第三章 ギルドの厄介ごと

第11話 イカレタ男

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 プリシラを監禁している男がドアを開けると、そこにはルーベンが居た。男は先ほどまでの高圧的な感じとは違い。丁寧な口調になっていた。

「ど、どなたですか?」
「こんにちは!」

 男は穏便に済ませようと常人を演じているのだ。クロウと呼ばれている男は彼に元気よく問いかける。

「貴方……何か大事な事を隠していませんかっ?」
「きゅ急に来て何ですかっ、貴方は? 何かの勧誘かんゆうなら要らないので帰ってください」

「……それは……歪んだ愛情ですね」
「!? 何だ! 貴方は何を言っているんですか? 何が目的なんです!」

「あ、いえ。これを落としたので届けに来ました」

 すると袋を見せて来た。それはこの男の金だ。落としたようだ。彼は腰辺りに手をやるが無かったので慌てていた。

「え? あっ。ありがとうございます。あ、ではこれを受け取ってください」

 彼が袋から少しだけ硬貨を取り出すとルーベンに差し出す。しかし、彼は無言のままだった。

「……」

「あ、あの……お礼何ですが……要りませんでした?」

「要るけど……あれですよ、あれ」
「あれ……とは?」

「きついなー。疲れたなー……走って追いかけたけど、見失ってね。この辺を片っ端から訪ねたから喉が渇いたなー」

「……あ、じゃあその分のお金も追加で差し上げますので」

「あー、こんなお店も人通りも少く無い、まるで砂漠地帯のような場所で硬貨を渡されても、きつ過ぎるー、死ぬー」

「し、しかし。初対面の人を上げるわけには……」

「あーカミサマー。僕はここでますので、どうか憲兵の方にはこうお伝えてください。彼は無罪むざいだとっ」

 ルーベンが仰向けになって喚き始めた。今は昼になろうという時間。凄い目立っていた。彼はこの結界が完璧だとは確信しているが、だからと言って憲兵を呼ばれるのはごめんだった。

「わ、分かりましたよっ。お水を飲んだら帰ってくださいね」
「嗚呼ー。カーミサマ、感謝うぇーい」

 こうして男は凄いテンションの変人を家に招き入れてしまったのだ。家主はソワソワしながら飲み物を用意する。すると彼は座らずに早速家を物色ぶっしょくし始めた。

「いきなり何やってんの!? 大人しく座っててくださいよ!」
「はーい、了解了解~」

 そしてある場所に近づいた途端に彼はぶちぎれた。

「だから動くな! 殺すぞ!」

「こわ、急に何? 怖い。ここに何かあるの?」
「……い、いや。仕事で研究している資料とかがあってね。今のは言いすぎたよ。でもそこには近づかないでくれ」

「はいよ!」

 その元気の良い返事に、こめかみに浮き出る血管を何とか抑えながら水を出すと、彼がそれに手をかける。しかし、飲もうとはしなかった。その水を見て言う。

「これ……大丈夫?」
「な、何言ってんだ。ふ、普通の水だからな」

のー? 普通の水かぁー。一番最初にそう思っちゃったかー」
「な、何だね君は! 何か不満でもっ? それなら飲まなくて良いから帰ってくれ!」

「そういえば、最近流行ってるらしいですよ」
「な、何が……」
「いやね。聞いた話だと睡眠薬を入れたりー、体内の魔素の流れを狂わせる薬の売れ行が伸びてたりー」

「!? なな、何を言っているのだね? 何の事か分からないっ」
「やだなー、世間話ですよー世間話ぃー」

「ははは。何でそんなのが流行っているんだろうなっ。ははは。下らないなぁ! 俺にはそういう男の気持ちが分からないなぁ」

「男のー? そうですねー。僕もそういうの気持ちは分からないなー」
「な、なにか? 不満でも!?」

「あ、申し遅れましたが僕、西ファクティスのギルド所属。クロウと申します」

「ギルドっ!」
「ん? どこかに驚くことが?」

「あ、いやね。思い出しましたよ。最近ギルドの人が行方不明ゆくえふめいになったって。それで驚いてしまって、ね……」

 彼は部屋の隅にある短剣たんけんをチラリと目だけ向ける。よそ見をしている彼にルーベンがとぼけた表情で話しかける。

「え? あれー? そうなんですか?」
「えっ? は、はぁ? え!?」

 彼はクロウが認識にんしきしてない情報を出してしまった事に動揺する。まだ、届け出を出していない? 心臓がドクンドクンと早い鼓動を刻み始める。

 彼は都市で軽く情報を収集している。行方不明が噂になってると誰かが言っていたが、ギルドに直接言ったわけではない。彼とてそんな優秀な強者が集まる場所に行きたくはない。だから情報元が微妙だったのだ。

「ああ、思い出したっ。プリシラちゃんの事か!」

「だよね! そうだよね! いや、驚いたよ。間違えちゃったかと思ったよっ。あははははー、やめて下さいよクロウさーん」

 彼は楽しそうに笑っていたように見えた。

「あ、そうだクロウさんってもしかしてあの有名な方?」

「いやー、やったね! 僕も有名になったな~」
「ハハハハ、色々と凄い話を聞いていますよ」

「はー嬉しいねー。じゃあ、これは知ってる? プリシラちゃんは今も僕のベッドで寝てて。夜は毎日楽しんでますっ」

 それを聞いた男はもの凄い険しい表情を見せた。そして怒りをぶつけて来たのだ。

「ああ!? 何だお前はッ! 何言ってんだッゴラぁ」

「ごめんごめん。そんない怒らなくてもー。一般人を不安にさせないための冗談だよ。ん、でも……もしかして、彼女の居場所に心当たりが?」

「あ、いや……そう言う事でしたか。いやだって? あれだよ? 今彼女は監禁かんきんされて怖がってる! それなのに君と言う奴はっ。下らない冗談を言うんじゃないよ! だからね? それでつい怒ってしまったんだ、今のは忘れてくれ……」

「そうですね……今の発言は軽率でした。申し訳ございません」
「わ、分かればいいんだ。まあ? 気にしてないよ、あはははは」

「そっかー。ギルドの白等級知らされてないのかー」

「……な、何が?」
「え? 監禁かんきんされてるプリシラちゃんのけ~ん」

 男は、変な男の言葉に振り回されて、口がすべってしまったのだ。

「……ッ。ちょ、あああッ……そうだね……この前……ギルドの凄い人が……ああ、そうだ。確かって人が言ってたな……ッ」

「……あのコールさんが! それなら信用出来るな」
「そうなんですよっー。あのコールさんが言うなら間違いありませんよねー」

「それで思い出しました。ちょっと大事な話してもいいですか……?」
「え? あ、えっと……な、なにかな……」

「貴方には恋人か婚約者がいますか?」

 彼は監禁室をチラリと見てすぐにそれを否定する。

「あー、今はいませんねー。ははは、何の変哲もないですからねっ」

「今は、ね?」
「……」

「へへへ、貴方は僕とですねー。僕もプリシラちゃんによく罵倒されますよ。ますね。こんな僕が彼女と付き合えるとかありえないよなーって」

 自分を巻き込む発言に切れそうになるが、今度は何とかこらえた。

「はぁ? ちょちょっとやめてくださいよ。ていうかさっきから話題に何の脈絡みゃくらくもないんですけど。もしかして、何か俺に言いたい事でもあります?」

 するとルーベンが急に真剣な表情になって小声で話しかける。

「やはり頭が良い。貴方になら……言っても良いかな。実は僕……気づいちゃったんですよ。これは誰にも内緒ですよ」

 男はごくりと唾をのみ再び短剣の位置を確認する。

「もしかしたら……コールさんが犯人はんにんなんじゃないかって……今も秘密裏に調べてるんですけどね」

 彼はそれを聞いて驚愕した。そしてすぐに冷静になる。

「……そ、それはあるかもしれない。何で彼はを知っていたんだろうって、俺も引っかかっていたんだ……そうだ、確かに可笑しいぞっ。今、冷静に思い返すと……」

「あ、さっきも言ったけど~。僕、白等級のクソ雑魚なんですけどね」
「え? な、何を……」

「クロウって言ったら西側で名の通った屑だと思うんですけどね。性格ゴミ屑白等級の戯言ざれごとを信じるも信じないも、貴方次第でーす!」

 男は固まった。その言葉をすぐに理解したのだ。

「……ッ。はは、あはははは。はっはっはっは! 貴方は面白い人だなー。あー面白い! あ、用事があるんだった。そろそろ水を飲んでお帰り頂きたいなーってね?」

 男は何か焦っており、必死な笑顔でルーベンに出したはずの水を、自らが飲みながら笑っていた。するとルーベンが話を切り上げようとする。

「そうですね。そろそろ帰りますわ。ところでこのは誰のです?」
「!?」

 彼は水を口から噴き出した。ルーベンは予め位置を調整しており、彼にはかからなかった。

「えッ? そ、それは!?」
「これは? この女性の下着は誰のですかー。中々どうして……攻めた下着してますなー」

「は、はは! え、あ、その……お……俺のですっ!」

「へー、何に使うんです?」
「は、はぁ……ッ。下着は身につける以外に使い方があるんですかねぇー。お、可笑しな人だなッー」

「婚約者も恋人も居ないのに、誰が付けるの?」

「だ、だからっ。お、決まってるだろ!? あ? ふざけんなよ! もしかして馬鹿にしてるのか!? ああ、出た出た! そうやってすぐに人の事を馬鹿にする最低野郎なのかぁ!? 噂通りの屑だなぁー」

「してないよ。ただ……事実を知りたいなーって。証拠がみたいなー」

「はっはぁ? な、なんで見知らぬ赤の他人に見せないといけないんだよっ。バッカじゃねーのぉ? ぉお?」

「あー帰れないよー。気になって帰れないよー! 分からないよー、この事を誰かにしよーかなー」

 男は頭が噴火しそうなほど切れていた。しかし、死体の処理にはかなりのリスクが伴う。余計な仕事は増やしたくない。それは最終手段なのだ。それをしない為に、冷静さを失った彼がとる行動は限られていた。

「じゃ、じゃあ見せてやんよ! って奴をぉ」
「やったー!」

「ちょっとだけ後ろを向いてろッ」
「え? もしかして常につけてないの?」

「……今は部屋着用へやぎようだ……見せる用があるんだよ……」
「はー奥が深いぜー」

 ルーベンが後ろを向くと彼がズボンを下ろす。彼が履いていたのは男用のパンツだ。そして、パンツを履き替えている途中でルーベンがはしゃぎ出した。壁付近の本棚の方に一直線に向かって行った。

「わーお、この本棚って不思議。何か違和感あるー」
「お、おい! 勝手に触るんじゃねぇ―。ぐあぁぁ」

 ルーベンが振り返ると彼は女性用のパンツを履いている途中だった。その状態で慌てたせいで彼はこけてしまった。

 倒れながらも彼が大声で静止させようとするが、ルーベンは止まらない。スイッチみたいなのを押すと本棚が動いて隠し扉が出て来た。

「はぇー。凄い仕掛けだなー。驚いたー」
「動くなぁぁああぁぁああッ! そこを動くんじゃねぇぇええーッ!」

「ふんふんふーん♪」
「止まれッ。待てっ! 貴様ぁぁ! 殺すぞぉ! おい殺すぞぉぉおお!」

 楽しそうにスキップで移動する男。ルーベンは扉を開けると大袈裟にリアクションをした。

「な、なんてこったい。まさかプリシラちゃんがこんな所に居る何てー」
「くそ……!」

 男の出来る事はもう一つだ。彼を殺さなければ。口封じをしなければならない。

「……ッ」

 男はある決断をするのであった。
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