運気上昇?古民家喫茶店MYAOへようこそ!

テルボン

文字の大きさ
2 / 6
第1章 一学期

前兆

しおりを挟む
  今日の目覚まし時計はベッドの棚から勢いよく落ちて止まった。
 時計を払い除けた手は、まだその場所に時計を探している。
 やがて本体の頭がのそっと布団から姿を現した。そこでようやく時計が床に落ちている事に気づいた。

「あ、もうこんな時間?!」

 拾い上げた時計の時刻を見て、眠気は軽く吹っ飛んだ。
  寝間着を急いで脱ぎ、用意して置いた制服に直ぐに着替えてカバンを掴み部屋を出る。
 階段を降りて玄関に鞄を置くと、洗面所の鏡の前に走った。洗顔を終わらし、ボサボサになった寝ぐせを櫛で梳かす。
 寝坊のおかげで分刻みのスケジュールだ。

  次は床の間に入ると仏壇の前に正座をする。仏壇には亡き母の遺影と写真が飾られていて、その前にお供え物として塩まんじゅうがお供えしてあった。担当は私なんだけど、お父さんがしてくれたに違いない。

 母は私がまだ1歳の頃に病で亡くなったらしい。写真で見る若い母親の顔を自分は覚える事すらできなかった。手を合わせて軽く黙祷をする。
 お母さんごめん、今日はかなり時間が無いのと早々に切り上げて部屋を出る。

 続いて玄関の横にある勝手口から、喫茶店舗内へと入る。

「お父さん!」

 長いテーブルカウンターの奥で、開店前の準備をしていた父が振り返る。
 真緒の父、武智 一たけち はじめ。55歳。温厚な性格で、滅多に叱られない。最近の悩みは白髪が増えてきたことらしい。

「おはよう、真緒。弁当ならそこに置いてある」

「うん、ありがと。行ってきます!」

 直ぐ側のテーブルの上に置いてあった弁当箱を回収すると、会話もせずに再び玄関へと引き返した。
 靴を履き、鞄に弁当を入れ込む。さぁ準備完了!と玄関を勢いよく開ける。玄関先で日向ぼっこしていた猫数匹が驚いて走り去った。

「バスが来るまで後5分。良かった、間に合いそう!」

  左右を確認すると、真緒はバスへと駆け出した。

「あれ?真緒ちゃん、今出たところかい?」

 カランカランと店側の扉の呼び鈴を鳴らして、中年の男が入って来た。扉にはまだcloseのプレートがぶら下げてあるのだけれど。

「入学して早々、寝坊したようです。というか田中さん、まだ開店前なんですけど~」

「マスター、固いこと言うなよ。ここで朝を食べないと、読みが上手く当たらないんだよ」

 スポーツ新聞を片手にニカッと笑う。
この人は毎回こうなのだけれど、それを毎回許している自分も同じ様なものだなと、いつもの席の椅子をテーブルから降ろしテーブルを拭き灰皿を置く。

「ありがとね~」

 用意された席に座るなりたばこに火をつけて新聞を広げる。

「それでご注文は何にします?」

 コップに冷水を注いでテーブルに置き、一応メニュー表も出すが、田中さんは常連さんなので既にメニューは覚えている。

「今日はカツサンドを頼むよ。それとでね」

「MYAO(ミャオ)ブレンドですね。今日は何かあるんですか?」

 MYAOブレンド。マスターオリジナルのブレンドコーヒーで豆の種類と分量は当然企業秘密だ。しかも、値段は時価である。
 それでも頼むには、それなりのがあることを知っているからだ。マスターは早速準備に取り掛かる。

「競馬の記念レースがあるんだよ。今回は大きく賭けたいところでね」

 田中さんは新聞のレース記事の欄に赤ペンで書き込みをしている。
 揚げたてのカツにマスタードとソースをかけて、レタスを敷いたパンに挟みザクッと切り分ける。

「う~ん、必ずしも効果が上がるとは限らないですよ?金運が上がる訳じゃないですから」

 皿に装ってテーブルへと運ぶ。田中さんはおしぼりで軽く手を拭くと、早速、ガブリとかぶりつく。

「いいのいいの。只の験担ぎだからさ」

 モグモグと満足そうな笑みを浮かべる。マスターはゆっくりとドリップした、一見すると普通のコーヒーをソーサーに乗せて田中さんの前に置く。

「どうぞ、MYAOブレンドです」

 待ってましたと、カツサンドの皿を退かしてソーサーを目の前に移動させる。
 目を閉じて鼻からすーっと香りを吸い込むと目を閉じたまま祈る様な手を合わせる。

「今日もお願いします」

 すると、
 パン!パン!パン!と手を叩くような音が少し離れた場所から聞こえる。

「音は三回でしたね」

 店の奥の上壁に設置してある神棚を見上げて、マスターがそう伝える。

「今日は三つ分の厄をお持ちだった様ですね。頼んで良かったのかも」

「うーん、大破産だったかもしれないな。流石、MYAO様様だ」

 危なかったと胸を撫で下ろして、そこでやっとコーヒーを楽しんで飲む。

「うん、美味しいね」

「ありがとうございます。今回は三回でしたので、ご会計は7128円です」

 時価による想像以上の値段の高騰に少し呻きながらも支払いを済ませて、よ~しやるぞ!とやる気を出した田中さんが帰ったその後、神棚の方を見てマスターは溜め息をつく。

「厄を取るだけなら二回で良かったんじゃないかい?普通以上に運気を上げちゃうと、田中さんが賭博目的だけに来ちゃうよ?」

「本人の希望通りだから良かったんじゃニャいの?」

 神棚の下の壁から声が聞こえる。そしてその壁からすうっと腕が突き抜けてきた。
 スルスルと障害物が何も無いように壁抜けを行ったのは、和服姿で黒髪の長いの女性。
 その容姿は若く、20代に見られてもおかしくない。
 壁抜けという人間では有り得ないことをした彼女は、当然容姿にも人間離れした場所が見て取れた。
 頭からひょこっと出た耳と、頬から長く横に跳ねる細いヒゲ。背中から見え隠れしてる二本の尻尾。
 そう、彼女はネコマタと呼ばれる妖怪であった。

「それに、厄鼠は確かに居たよ?小さかったけどね」

 悪びれる素ぶりも無く笑顔を見せる。マスターはしょうがないなと軽い溜め息をついた。

「ああ、真緒の目覚まし時計の鳴る時間を変えたのは君かい?」

「もうちょっと寝顔見たかっただけニャンだけど、かなり慌ててたニャ~。今日は何かあるのかニャ?」

「確か、今日から部活に入れるって言ってたよ」

 マスターは使用した食器と器具を始める。その横で洗剤の泡を見ながら彼女は呟いた。

「私も見に行きたいニャ~」

「駄目だよ。霊感強い子が居たら姿を見られてしまうし。真緒に見つかったら何て言うのさ?」

「そんニャの決まってるニャ!私がママだニャ~って言うニャ!」

 ゴン!と鈍目の音が鳴り、彼女は頭を抱えて目に涙を溜めた。マスターが盆で少し強めに叩いたのだ。

「それはまだ駄目だと言ったはずだよ?彼女が二十歳を迎える時までは、ずっと見守る約束をしたじゃないか」

「一のケチんぼ!」

 べ~っと舌を出して、彼女は再び壁抜けをして隠れてしまった。
 少し反省した方がいいと、マスターは放って置くことにした。
 しばらくしてから通常の時間の店を開店する。
 扉のcloseのプレートをひっくり返してOpenに変えたその時に、ふと視野の隅に何かを感じた。
 見ると、猫が三匹じゃれ合っているだけだった。さほど気に留めずに店内に入り、ふと止まる。

「美亜?お~い美亜、出ておいで」

 彼女の名を呼ぶが反応がない。マスターは冷や汗が出るのを感じた。

「まさか…?」

 悪いイメージしか浮かばない。探しに行こうかと考えた矢先に扉が開き、複数の客が入る。マスターは学校の方角を見て頭を抱えるのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...