拳で語るは村娘

テルボン

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第2章 新たなナニゲ村

第23話 盟約の効果

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 まだ霧も晴れない早朝、訪れた事のある豪邸の扉の前にアルテは立っていた。
 ちょっと早く来すぎたかなと躊躇ったが、自分も予定が詰まっているから仕方ないと、獅子を象ったノッカーを4回鳴らす。
 すると、まるで扉の裏で待機していたかの様に直ぐに扉が開かれる。

「おはようございます。アルテ様」

 威厳漂う執事の男性が深々とお辞儀をする。その背後にも4人のメイドが居て、同じ様にお辞儀をしている。

「こんな早くからすみません。ディオソニス様にお会い出来ます?」

「はい。先程、トーマス様もご到着なさり、アルテ様を御訪問をお待ちになっておいでです」

「え?来るの分かってたの?ギルドマスターまで?」

  彼はニコリと優しく笑うと、どうぞと中に招き入れてくれる。
 我が家の様にスタスタと応接室の前に歩き進む。執事が先に立ち、ノックをしてアルテの到着を告げた後、扉をゆっくりと開けた。
 すると、ソファに座って優雅に紅茶を飲む二人の姿が見えた。

「やぁ悟君。いや、今はアルテ君だね。来る頃だと思っていたよ」

 ディオソニスは、自慢の甘いマスクの笑顔を見せる。その表情とは真逆の険しい顔つきを見せているのはギルドマスターのトーマス=ギブソンだ。

「来る事が分かっていたなら、要件も分かっているのか?」

 早速、対面するソファに座ると、メイドが紅茶を入れて目の前のテーブルに置く。軽く礼を言い美味しく頂く。

「それで?ギルドマスターがいるって事は、派遣された冒険者はやはり偽物だったという事か?」

「いや、偽物では無い。今回送った三人は確かにギルドに所属している冒険者

?」

 穏やかな表情であっても、ギルドを束ねる彼には荒くれ者を黙らせる程の威厳が備わっている。その鋭い眼光を、今はアルテに向けていた。

「今日、俺がここに来たのは、俺が派遣した三人の乗っていた馬車が、街道の近くで乗り捨ててあるのが発見されたからなんだ。その馬車はギルド所有の馬車でな。関係者以外は分からない車体の床下に、ギルドのナンバープレートが取り付けてあるんだよ。例え焼かれたとしても、そのプレートで最後の利用者が分かるようにな」

「つまり、ナニゲ村に来た彼等は、わざわざ馬車を乗り換えて来たと?」

「…乗り捨ててあった馬車には血痕があり、近くには焼死体が三体埋めてあった。二体はつい先日、北の関所を通過した商人と護衛だと判明した。そして、後一体は派遣した筈のハザン=リッズウェルの遺体だった」

 ハザン=リッズウェル。本来ならゴッズではなく、彼が来る予定だったのは、受け取った身分証で分かっている。

「その彼は急用で来れないらしく、ゴッズ=タイラントという男が代わりで来たよ。ジョージとサエルはゴッズを知っている感じで話をしていたけど、ギルドに登録されている人物じゃないのか?」

「…それは調べないと分からないな。だが、少なくともハザンや商人達に手を掛けた人物が、君の村に来ている事は間違いないだろう」

 しばしの沈黙の後、アルテはディオソニスに対処を選ばせる事にしようと話しを振る。

「今のところは、村の復興には積極的に取り組んでくれているが、三人は俺のことを調べようとしている節がある。異国に出た神がらみじゃ無いのか?」

「うん。可能性はあるね。しかし、神以外にも勇者に取り入ろうとする人間達もいるからね。まだバックは断定出来ないけど、トーマスは捕まえたいよね?」

「もちろんです。アルテ殿には悪いが、村の復興には違う人材を派遣するので、三人の確保を手伝ってもらえないか?」

「分かった。協力するよ」

「そうと決まれば、ゆっくりしてられない。すまないが先に帰らせていただきます。アルテ殿、明後日には到着するようにするので、気付かれないようによろしく頼むよ」

 そう言うと紅茶の残りを一気に飲み干して、トーマスは足早に去って行った。

「さて、アルテ君」

 執事達も見送りに出て、室内には二人きりになった。すると、ディオソニスが改まって向き直る。

「私にシェアルームを掛けてもらえるかな」

  トーマスにも技能スキルは内密にしていたので、彼が去った後にと考えていたのだろう。アルテはシェアルームを発動して言われた通りにディオソニスを人数枠に入れた。

「ああ、なるほど…」

  ディオソニスは目を閉じながら頷いている。昨日までの情報が一気に伝わったようだ。

「三人とも仲間なのは間違い無いようだね。シェアルームや索敵サーチでも分からない男か。まだ分からないけど、リリムが心当たりがありそうという事は魔族絡みかもしれないね」

「捕獲するなら、復興が大分終わってからにして欲しかったけどな」

  復興をまだ始めたばかりの状態で、早速足止めを食う羽目になりそうだと溜め息をつく。

「どうやらアルテ君はまだまだ技能スキルを上手く使いこなせてないね」

「そうなのか?」

「君に与えた技能スキルは、使い方次第でこの世界を支配する事も可能な危険な技能スキルなんだよ。ゲームとかに詳しい人物なら、それはもう世界的脅威となるだろう。まぁ、そんな人物には与えないけどね。家を建てるのも、本来ならギルドの応援も要らないし、数日も掛からない」

  脳筋のアルテだから渡したということなのだろう。ディオソニスは指を鳴らして執事を呼ぶと、執事とメイドが焼き菓子とティーセットを乗せたワゴンを押して現れる。

「ハウスクリエイトだろ?それは考えたけど、アイテムクリエイトを書き換えるのはもったいないと思ったんだよなぁ」

「確かに、オリジナルを消すのはもったいないね。でも、シェアした相手なら問題無いよ」

「いやいや、シェアルームを解除したら消えるだろう?」

「それは違う。書き換えられた技能スキルは、その時点でその人物のオリジナルの技能スキルとなる。シェアルームを解除しても消えないよ」

  二人の前に出された焼き菓子が、とても良い香りを漂わせているが、アルテはディオソニスに言葉に固まっていた。

「知っているだろうけど、マジックリライトは一から技能スキルを作る事は出来ない。あくまで書き換える技能スキルだからね。だから、他人の技能スキルが欲しかったら、シェアをしてから書き換えれば、自分のオリジナルの技能スキルにできる。ただ、ハウスクリエイトを作るには、先ずはシェアした相手のアイテムクリエイトをオリジナルの技能スキルに書き換えなければならない。問題はそこなんだけどね」

「…問題?」

「オリジナルの技能スキルを与えるんだよ?当然、信用できる相手でないといけない」

 つまり、与える相手をよく考えろという事だが、彼女達の誰に与えるべきか、そもそも技能スキル次第では断られる可能性もあるのだ。

「選考は大事だよ。一つ、選考基準として教えよう」

 ディオソニスは紅茶を一口飲むと、焼き菓子を手に取りテーブルに並べる。

「君のシェアルームの範囲は今は最大でどのくらいだい?」

「100メートルくらいかな。途中にシェアした仲間を入れれば、一人につき更に80メートルくらい伸びるけど」

「なるほど。村の範囲が大体直径400メートル程度だから、今は間に合っているんだね。でも、リリムみたいに離れて行動する場合はシェアルームは届かないよね。だけど、この範囲を広げる方法があるんだよ」

 ディオソニスは焼き菓子で距離を例える様に並べていく。
 何を言いたいのか分からないとアルテは首を傾げた。

「魔法や技能スキルは基本、精神マインドが影響する。攻撃魔法は怒りや憎しみで強化され、補助・回復魔法は対象との親密度で効果が上がる。その順番は、他人 < 知人 < 友人 < 親友 < 恋人 < 家族となるが、これは人によっては変わる。他人と家族では、その上昇幅は約10倍にもなる」

「つまりは、姉妹であるアンナが一番効果が上がるという事か」

「いや、一番はリリムだよ。その次がアンナになるね。何故なら君はリリムとは血の盟約、魂の繋がりが出来ているからね。家族よりも自身という関係になる」

 どちらか一方が死ぬともう片方も死ぬのだから、確かに自分自身と変わらない。すると、技能スキルを与えるべき順番は、リリム > アンナとなる。

「盟約は何も血の盟約だけでは無いよ?効果は少し劣るものの、結婚というのもこの世界では立派な盟約の一つだ。肉親よりも効果が上がる場合もある。しかも、この世界では離婚は出来ないから注意が必要だけど、勇者は一夫多妻の盟約が許可されているから心配要らない」

「結婚、か…技能スキルの為にする訳にはいかないよ。先ずは、俺みたいな奴と結婚しても良いと思ってくれる関係を築かないと駄目だよな」

 転生前の地球界でも、結婚は経験していない。相手に裏切られたのもだが、責任の重圧から逃げる様に、考えを避けていたのだ。

「じっくりと考えてみると良いよ。ああ、君達も焼き菓子を味わってみてくれ。執事が作る焼き菓子クッキーは最高だよ?」

 突然、ディオソニスが話しを後ろに振る。
 アルテが振り返ると、アンナ達全員が後ろに立っていた。しかも、何故か全員顔がほんのりと赤い。アンナは少し怒っている表情だけれど。

「皆んな⁈いつからそこに⁈」

「彼女達にも大事な話だからね。途中から聞いてもらっているよ」

 アルテは、自分の耳が真っ赤になる音を、二度目の人生で初めて聞いたのだった。
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