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第1章 邂逅
謎の召集
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マスカダカヌ王国の軍議室。軍議室は本来、名だたる将校が集まり作戦や討論を繰り広げる部屋だ。
そんな場所に、考察と研究に明け暮れる魔術研究員など無縁というものだ。
だがしかし、私は今そこに居る。
正確には、用件も明かされず急遽呼び出されて参じたわけだが、室内の異様な雰囲気に今にも逃げ出したくなっていた。
「ヒルキル2級魔導士、そちらにお掛けください」
室内を広く占めている筈の軍議机は外され、中央には5つの椅子が用意されていた。
その椅子に座るように促され、ヒルキルは恐る恐る座る。
部屋奥には対面するように豪華な椅子が並び、目線を合わせる事すら恐ろしいお偉方が座っていた。
中央には、第一王子であるハウメア=アストル=マスカダカヌ。その左手にプリメロ侯爵、右手側にバッケス伯爵が座っていて、その背後に宰相や大臣達が立っている。
その中には、私の師匠であるエハーゲンも居た。
実質的次期国王候補であるハウメア王子は、公務時のその無表情から、聡明かつ冷酷な方だと噂されている。
プリメロ侯爵は、国土の東部の大半の領地を持つ方で、恰幅、肌の艶の良さも、豊かな大地の資源により財政が良いからかもしれない。
バッケス伯爵は、プリメロ伯爵とは対照的に身は細く、鋭い眼光は飢えた野獣のように威圧的だ。
彼の領地は、2つの国と隣接する、言わば国境の要。
両国共に不可侵条約が締結されてはいるが、彼は一切の警戒は怠らない。
故に、出国、入国時の審査と納税は厳しいと聞く。
「そのまましばし待て。次の者を入室させよ」
宰相が次の者を呼んだ。まだ席はあるのだから、後4人が呼ばれるようだ。
「トール=ワーグナー、入りたまえ」
「ハッ!」
軽快な返事と共に入室して来たのは、この国の最大勢力と名高い白竜騎士団の副隊長の男性だ。
ワーグナーは、私の隣へと進み王子等に礼をした後座ると、私の視線に気付き、ニカッと笑みを返してきた。
私と彼との共通点は無い。一体、何の目的で私達は呼ばれているの?
「デメテル書記官、入りたまえ」
誰だろう?家名が無いので、私と同じ平民出身だろうけど…。
第一印象が、素朴という雰囲気の薄茶髪のオットリとした女性。
襟元に、生活推進省(主に食物の内政を取り扱う組織)の鍬とフォークのモチーフのバッジが見えた。
彼女とも、平民以外には特に接点も共通点も無いわ。
彼女は罪人にも見えないし、何かしらの罪の言及ってわけでもなさそうね?
「次の者、ジミー、現れよ」
現れよ?入れじゃないの?
「⁉︎」
気付けば、空いていた席に1人誰か座っている。
その姿は、白髪頭の太った老人。入室するにはかなり目立つその姿を、入り口に立つ兵士が見逃してしまうようなことは、まずありえない。
「…リッカルト大司教か。ジミー、悪ふざけはよせ」
ハウメア王子が嫌そうに手を振ると、
「…すみません」と老人は頭を下げ、再び上げた時には、顔と体格が目立たない地味な青年へと変わっていた。
一瞬で別人に⁉︎え?認識阻害の魔法かしら⁉︎それにしては、魔力を感じなかったような…。
「最後は、フラン=クラフトル。入りたまえ」
「…失礼する」
入って来たのは、この王国でもあまり多くは住んでいないと聞く、ドワーフの男性だった。
というのも、彼等は頑固、偏屈、短気的な性格が多く、あまり人前には出ないらしい。
当のフランは背は小柄ではあるけど逞しく、ドワーフの成人の証とされる顎髭の編み結いは、長さが足らずしていない。
見た目では分からないが、成人しておらず若いという事だろうか?
どちらにせよ、家名持ちのドワーフだ。王家に仕える人物の家系に、ドワーフの貴族がいたような気がする。一応、失礼の無いようにしよう。
「殿下、揃いましてございます」
ハウメア王子が、私達を品定めするかのように凝視している。
「…うむ、おしいな」
「⁉︎」
王子は、私達を見て残念そうな表情を見せる。
何か、勝手にガッカリされてる⁉︎
「王国にとって、こうも有用な人材達を失なう事はまことに惜しいな」
え?失なうって言われたけど、やっぱり断罪されるの⁉︎
エハーゲン師匠を見るも、悲しそうな表情で目を逸らされた。
「しかしながら殿下、対等な者が条件であるならば致し方ない事かと。寧ろ、国の礎と選ばれたのなら本望と思うべきでしょう」
淡々と低く重い声でバッケス伯爵がそう述べると、プリメロ侯爵がフンと鼻を鳴らした。
「バッケス殿は、身元から出る者が居らぬから、そう簡単に割り切れるというもの。我が元から送り出すデメテルは、実の娘のように大事に思っている。彼女を失なう事は断腸の思いだというのに」
デメテルは、プリメロ侯爵領地の出身なのね。
平民出身で生活推進省に起用されていたのも、侯爵が根回ししていたのかもしれない。
「私は別に切り捨てているわけではない。彼等が惜しまれる人材である事は事実だが、それも同等の人材を欲するならば当然の選択であり、彼等には新たな境地への挑戦となるのだ。そうであろう、エハーゲン殿?」
皆の視線が、師匠へと向けられる。
「…ええ、その通りですバッケス伯爵。かの神々が定める異世界人召喚に求められる条件は等価交換。つまり、力、叡智、技術を求めるならば、必要となる素材は、意欲ある同等の人材となる。これは、そこに選ばれた愛弟子と照らし合わせた揺るぎない事実であります。帝国の召喚時とは違い…」
師匠は、私が用意したこじつけの解読とは少し異なる説明を始めた。
その仮説は、過去の召喚を事細かく解読しており、私が仮召喚で得た情報など既に理解していたのだと気付いた。
では何故、知らないフリをしていたのだろう?
でも理解した。集められた私達5人は、今回の異世界人召喚の素材として選ばれた者達という事だ。
断罪ではなくて良かった?いや、ある意味追放と変わりないのではないかしら?
不安そうな表情で考え込むヒルキルを見て、王子が軽く咳をして注目させた。
「今回選ばれたこの者達は、新たな異世界へと旅立ち革命を起こす者達。故に、惜しむ事よりも、胸を張り頑張れと激励をすべきだと私は思うのだが、皆はいかがだろうか?」
王子、冷酷そうな見た目や噂と違い、配慮ができる人物だったのね。
「殿下の仰る通りだ。諸君等の才能は王国の誇りだが、新たな地ではこの世界の代表でもある。先でも才能を見せつけ、くれぐれも舐められる事がないようにせよ」
バッケス伯爵の大して変わらぬ言動に、プリメロ侯爵は諦めたように溜め息をついた。
「王国人としての誇りは必要だが、その新天地に王国の秩序や法は無い。己が身を守る為には、その世界に染まる事もあるだろう。私から言いたいことは、どう生きるかは其方達の自由だということだ」
対照的な2人からの激励を賜り、私と違い同席者達は感銘を受けている様だ。
「…召喚の儀式は3日後だ。諸君等は、それまでに身辺整理などをして過ごすが良い」
王子の令を最後に、私達は解散となった。
どうしよう。エリックに預けた異世界獣の事もあるし、急にこの世界から旅立ちますなんて話、お母さん、お父さんになんて説明したらいいの?
ヒルキルは、他の対象者達のように表面上でも喜べなかった。
正直な気持ち、自分のやりたかった古代魔法の研究にとって、この上ない体験となる事は間違いない。
だが、今じゃない。その実現は、まだ数十年先の事、未来だと勝手に思い描いていたのだ。
ふと気がつけば、そこは見慣れた部屋だった。
自然とヒルキルの足は研究室へと向かっていたようだ。
「…ヒルキル、少し話をさせてくれないだろうか?」
背後から、息を切らしながら駆けて来たエハーゲンに呼び止められた。
「…師匠」
「この通りだ、頼む!弁明させてくれ!」
「ち、ちょっと、師匠⁉︎」
師匠が突然、廊下なのにも関わらずに土下座を始めたのだ。
「わ、分かりましたからっ!やめて下さい!」
すまないと、申し訳なさそうに笑う彼に、ヒルキルは仕方ない人ですねと、いつものように苦笑いで返したのだった。
そんな場所に、考察と研究に明け暮れる魔術研究員など無縁というものだ。
だがしかし、私は今そこに居る。
正確には、用件も明かされず急遽呼び出されて参じたわけだが、室内の異様な雰囲気に今にも逃げ出したくなっていた。
「ヒルキル2級魔導士、そちらにお掛けください」
室内を広く占めている筈の軍議机は外され、中央には5つの椅子が用意されていた。
その椅子に座るように促され、ヒルキルは恐る恐る座る。
部屋奥には対面するように豪華な椅子が並び、目線を合わせる事すら恐ろしいお偉方が座っていた。
中央には、第一王子であるハウメア=アストル=マスカダカヌ。その左手にプリメロ侯爵、右手側にバッケス伯爵が座っていて、その背後に宰相や大臣達が立っている。
その中には、私の師匠であるエハーゲンも居た。
実質的次期国王候補であるハウメア王子は、公務時のその無表情から、聡明かつ冷酷な方だと噂されている。
プリメロ侯爵は、国土の東部の大半の領地を持つ方で、恰幅、肌の艶の良さも、豊かな大地の資源により財政が良いからかもしれない。
バッケス伯爵は、プリメロ伯爵とは対照的に身は細く、鋭い眼光は飢えた野獣のように威圧的だ。
彼の領地は、2つの国と隣接する、言わば国境の要。
両国共に不可侵条約が締結されてはいるが、彼は一切の警戒は怠らない。
故に、出国、入国時の審査と納税は厳しいと聞く。
「そのまましばし待て。次の者を入室させよ」
宰相が次の者を呼んだ。まだ席はあるのだから、後4人が呼ばれるようだ。
「トール=ワーグナー、入りたまえ」
「ハッ!」
軽快な返事と共に入室して来たのは、この国の最大勢力と名高い白竜騎士団の副隊長の男性だ。
ワーグナーは、私の隣へと進み王子等に礼をした後座ると、私の視線に気付き、ニカッと笑みを返してきた。
私と彼との共通点は無い。一体、何の目的で私達は呼ばれているの?
「デメテル書記官、入りたまえ」
誰だろう?家名が無いので、私と同じ平民出身だろうけど…。
第一印象が、素朴という雰囲気の薄茶髪のオットリとした女性。
襟元に、生活推進省(主に食物の内政を取り扱う組織)の鍬とフォークのモチーフのバッジが見えた。
彼女とも、平民以外には特に接点も共通点も無いわ。
彼女は罪人にも見えないし、何かしらの罪の言及ってわけでもなさそうね?
「次の者、ジミー、現れよ」
現れよ?入れじゃないの?
「⁉︎」
気付けば、空いていた席に1人誰か座っている。
その姿は、白髪頭の太った老人。入室するにはかなり目立つその姿を、入り口に立つ兵士が見逃してしまうようなことは、まずありえない。
「…リッカルト大司教か。ジミー、悪ふざけはよせ」
ハウメア王子が嫌そうに手を振ると、
「…すみません」と老人は頭を下げ、再び上げた時には、顔と体格が目立たない地味な青年へと変わっていた。
一瞬で別人に⁉︎え?認識阻害の魔法かしら⁉︎それにしては、魔力を感じなかったような…。
「最後は、フラン=クラフトル。入りたまえ」
「…失礼する」
入って来たのは、この王国でもあまり多くは住んでいないと聞く、ドワーフの男性だった。
というのも、彼等は頑固、偏屈、短気的な性格が多く、あまり人前には出ないらしい。
当のフランは背は小柄ではあるけど逞しく、ドワーフの成人の証とされる顎髭の編み結いは、長さが足らずしていない。
見た目では分からないが、成人しておらず若いという事だろうか?
どちらにせよ、家名持ちのドワーフだ。王家に仕える人物の家系に、ドワーフの貴族がいたような気がする。一応、失礼の無いようにしよう。
「殿下、揃いましてございます」
ハウメア王子が、私達を品定めするかのように凝視している。
「…うむ、おしいな」
「⁉︎」
王子は、私達を見て残念そうな表情を見せる。
何か、勝手にガッカリされてる⁉︎
「王国にとって、こうも有用な人材達を失なう事はまことに惜しいな」
え?失なうって言われたけど、やっぱり断罪されるの⁉︎
エハーゲン師匠を見るも、悲しそうな表情で目を逸らされた。
「しかしながら殿下、対等な者が条件であるならば致し方ない事かと。寧ろ、国の礎と選ばれたのなら本望と思うべきでしょう」
淡々と低く重い声でバッケス伯爵がそう述べると、プリメロ侯爵がフンと鼻を鳴らした。
「バッケス殿は、身元から出る者が居らぬから、そう簡単に割り切れるというもの。我が元から送り出すデメテルは、実の娘のように大事に思っている。彼女を失なう事は断腸の思いだというのに」
デメテルは、プリメロ侯爵領地の出身なのね。
平民出身で生活推進省に起用されていたのも、侯爵が根回ししていたのかもしれない。
「私は別に切り捨てているわけではない。彼等が惜しまれる人材である事は事実だが、それも同等の人材を欲するならば当然の選択であり、彼等には新たな境地への挑戦となるのだ。そうであろう、エハーゲン殿?」
皆の視線が、師匠へと向けられる。
「…ええ、その通りですバッケス伯爵。かの神々が定める異世界人召喚に求められる条件は等価交換。つまり、力、叡智、技術を求めるならば、必要となる素材は、意欲ある同等の人材となる。これは、そこに選ばれた愛弟子と照らし合わせた揺るぎない事実であります。帝国の召喚時とは違い…」
師匠は、私が用意したこじつけの解読とは少し異なる説明を始めた。
その仮説は、過去の召喚を事細かく解読しており、私が仮召喚で得た情報など既に理解していたのだと気付いた。
では何故、知らないフリをしていたのだろう?
でも理解した。集められた私達5人は、今回の異世界人召喚の素材として選ばれた者達という事だ。
断罪ではなくて良かった?いや、ある意味追放と変わりないのではないかしら?
不安そうな表情で考え込むヒルキルを見て、王子が軽く咳をして注目させた。
「今回選ばれたこの者達は、新たな異世界へと旅立ち革命を起こす者達。故に、惜しむ事よりも、胸を張り頑張れと激励をすべきだと私は思うのだが、皆はいかがだろうか?」
王子、冷酷そうな見た目や噂と違い、配慮ができる人物だったのね。
「殿下の仰る通りだ。諸君等の才能は王国の誇りだが、新たな地ではこの世界の代表でもある。先でも才能を見せつけ、くれぐれも舐められる事がないようにせよ」
バッケス伯爵の大して変わらぬ言動に、プリメロ侯爵は諦めたように溜め息をついた。
「王国人としての誇りは必要だが、その新天地に王国の秩序や法は無い。己が身を守る為には、その世界に染まる事もあるだろう。私から言いたいことは、どう生きるかは其方達の自由だということだ」
対照的な2人からの激励を賜り、私と違い同席者達は感銘を受けている様だ。
「…召喚の儀式は3日後だ。諸君等は、それまでに身辺整理などをして過ごすが良い」
王子の令を最後に、私達は解散となった。
どうしよう。エリックに預けた異世界獣の事もあるし、急にこの世界から旅立ちますなんて話、お母さん、お父さんになんて説明したらいいの?
ヒルキルは、他の対象者達のように表面上でも喜べなかった。
正直な気持ち、自分のやりたかった古代魔法の研究にとって、この上ない体験となる事は間違いない。
だが、今じゃない。その実現は、まだ数十年先の事、未来だと勝手に思い描いていたのだ。
ふと気がつけば、そこは見慣れた部屋だった。
自然とヒルキルの足は研究室へと向かっていたようだ。
「…ヒルキル、少し話をさせてくれないだろうか?」
背後から、息を切らしながら駆けて来たエハーゲンに呼び止められた。
「…師匠」
「この通りだ、頼む!弁明させてくれ!」
「ち、ちょっと、師匠⁉︎」
師匠が突然、廊下なのにも関わらずに土下座を始めたのだ。
「わ、分かりましたからっ!やめて下さい!」
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