【BUT but バット 】異世界人を信用するのは愚かなことだろうか?

テルボン

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第1章 邂逅

ロッキーの預け先

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 さほど早くはない朝。
 いつものように、教会の聖堂の掃除をしていた神父モティスは、ふと窓の外から見えた光景に笑みを漏らした。

「フフ、今日も来ましたか」

 教会の脇道を小走りに走って行く少女が向かう先は、今日も古びた納屋である。

「ロッキー!来たわよ~」

 彼女が勢いよく開けた為に、扉がガタガタと外れそうになる。

「…ハァ、扉の建て付け悪くなっているから、乱雑に開けないでくれって言っているだろう?」

 言っても聞かないだろう少女ミーナは、奥から出てきたファイク、いや、彼の頭に鎮座する白蜥蜴を見つけると、目を輝かせ走り寄って来た。

「ロッキー、おやつだよ~?」

「…やっぱり聞いてないし」

 彼女は可愛らしい腰袋から、小さな鉱石の欠片を取り出して見せる。
 石が主食である岩蜥蜴には、鉱石は甘味らしく大好物だ。
 もちろん、ロッキーも例外では無い。喉をクルクルと小さく鳴らし、彼女の手のひらへとダイブして乗る。

「…全く、ロッキーお前も、すっかり餌付けされちゃってさ」

 当のロッキーは、口に欠片含んだまま不思議そうに僕を見て首を傾げる。

 まぁ、赤ちゃんだし、警戒心なんて持ち合わせている訳ないか。

「それにしても、君も飽きもせずによく来るね?」

「ムッ…。私はキミなんて名前じゃありませーん」

 頬を膨らませそっぽを向く彼女に、ファイクはやれやれと溜め息付き、観念して名を呼んだ。

「ミーナ」

「なぁに?」

 此処に遊びに来るようになってから彼女は、名前を呼ばないと僕を無視するようになっていた。
 僕としては、この急激に歩み寄られる距離感が苦手だから、呼びたくはないのだけど。

「僕は、明日から再び仕事に戻る」

「……うん、知ってる」

「そろそろ、ロッキーをどうするか決めなきゃいけないんだ」

 前にも言った事だけど、仕事を再開するまでに、ロッキーを飼うのか売るのかを決めるつもりだった。

「ロッキーはまだ赤ちゃんだ。ダンジョンには連れていけない」

「……売っちゃうの?」

「……。僕が帰るまで、面倒を見てもらう人がいないからね」

「私がお世話する!」

「…お母さんのお見舞いがあるだろう?医院には、ロッキーは連れて行けないよ?」

 彼女の母親であるミーリアさんは、持病の治療の為にこの王都に来ている。
 彼女が入院している国立魔導医術院は、魔導士ギルドからは医療魔法の得意な魔術士を、錬金ギルドからは薬師を派遣させて運営している国の医療機関である。

 医術院は、亜人種の受け入れはしているものの、従獣や従魔の敷地立ち入りは厳禁となっている。

「…お、お見舞いは我慢する。神父さんとお留守番するから、大丈夫だもん」

「…その話、お父さんと神父さんに確認したのかい?」

「ま、まだ…」

 まぁ、モティス神父なら、構わないと言ってくれるだろうけど、彼女の父親のファーデンさんはどうだろう?

 とりあえず、頼みの綱であるモティス神父に相談してみた。

「う~ん…私は構わないのですけれど、明日から3日程、日中は所用で私と君のお父さんも忙しいですからねぇ…」

「…そんな」

 頼みの綱が初っ端から断たれて、ミーナは涙目になっている。

「あの、ファーデン様と同じ所用なのですか?」

「ええ、そうです。立場は違うのですが、3日後に行われる建国祭の行事に呼ばれていましてね。呼ばれた相手が相手だけに、流石に参加を断れないのです」

 一体、誰に呼ばれたのですか?とは、聞かない方が面倒くさくない気がする。

「…ファイク」

 ミーナが涙目で訴えている。最終的にはそうなるよなぁ。

「有料で、テイマーギルドで預かってもらう事も可能だけど、間違いなく買い取りたいと言われるだろうね」

「う~」

「……ハァ。分かったよ。僕の出発を3日遅らせるよ。それで良いだろ?」

「うん!じゃあ、売らないって事ね?」

「…ああ」

 喜ぶミーナの横で、ファイクはやれやれと項垂れる。

 ファイクが出発を明日にしたかったのは、そのを避ける為でもあった。

 ファイクは、大きい音よりも騒音が苦手だ。それは、多種多様な音域の声色と、喜怒哀楽の混ざり合う会話の波に吐き気を催すからだ。

 普段の王都も人が多く騒がしいが、避けることもできるし、まだ耐えられる範疇ではある。
 だが、建国祭は別格だ。10年に一度の祭りだけあって、国内の様々な街や村から人々が集まる。

 ファイクが上都してまだ間も無い頃にも、建国祭が開かれた。
 当時、まだ8歳と子供だったファイクは、村から連れ出してくれた冒険者の知人によって、とても楽しいからと祭を体験したのだが、それは頭痛と吐き気に襲われて卒倒した嫌な思い出でしかない。

 ましてや、今回は200年振りの異世界人召喚だ。その群衆の威力、範囲共に、僕へと掛かる負荷は段違いだろう。

「言っておくけど、僕は祭り中は何処にも外出しないからね。ファーデン様も居ないなら、ミーナも医院か宿で大人しくしているんだよ?」

 彼女達が宿泊しているのは、貴族等が利用する宿で使用人も多いから、両親が居なくとも1人で困る事もないだろう。

「……。うん、分かった」

 その間はなんだ?

 嫌な予感がしたファイクは、いかに自分が祭りには行きたくないかを念入りに訴えた。

「うん、大丈夫だよ?」

「そ、そう?それならいいんだ」

 ペロッと手の甲に濡れた感覚がして見ると、ロッキーがチロチロと赤い舌を出して見上げている。
 もしかして、僕らの話の内容が分かっているのだろうか?
 多少、彼女の笑みに一抹の不安を感じるものの、まぁ自分が心配する事じゃないなとファイクは思うことにした。

 結論として、ダンジョンへの出発は3日後に変更。出発後のロッキーの世話は、モティス神父とミーナが面倒見る事に決まった。

 魔物である岩蜥蜴は、生後1ヶ月くらいで皮膚の外郭が硬質化を始め、外敵から身を守る体へと成長を始める。

 その硬さは新人冒険者泣かせで、並の刃物なら刃こぼれさせる程だ。
 まぁ、慣れた冒険者なら、硬質化していない腹部を狙うようになるのだけど。

 ともかく、このままロッキーを飼うと考えるのなら、一ヶ月後からは、従魔として連れ回す事も考えないといけない。

 とすれば、テイマーギルドに調教士テイマーとしての実習訓練と、従魔登録の申請も必要になる。

「…ハァ。面倒だなぁ…」

 小声で愚痴をこぼすつつも、ロッキーを指で撫でるファイクの表情はどこか、柔らかく満足気な笑みに見えるのだった。



 
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