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ヒルキルの憂鬱 ③

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 夕方のテイマーギルドは、仕事上がりの従獣や従魔でごった返している。
 だがそこに、一般市民や商人は見当たらない。

 つまるところ、獣臭さが酷過ぎて関係者以外は近寄らないのが、世間では常識となっているのだ。

「……」

 いざギルドまで来たものの、ギルド内に入れず待機している従獣達が、じっとコチラを見ていて冷や汗が出る。

 もしや、鞄の中で寝ているカモノハシの赤ちゃんに気付いているのかしら?

 ヒルキルは鞄を大事に抱えながら、なかなか近付けずにいた。

 するとそこへ、テイマーギルド会員ではないが、ほぼ毎日のようにギルドへと訪れるという変わり者が現れた。

「ウフフフフ。さぁさ、順番ですよぉ?」

 友人から話は聞いていたものの、まさか本当に、【女王蜂】の通り名を持つ上級冒険者のシズネ =ロストル=マスカダカヌが、餌付けしようと大量の燻製肉を持って来ようとは思わなかった。

 次々と肉の誘惑に負ける従獣達を、満足気に撫で回している。

「ちょっ、ちょっと、止めてくださいよー、シズネ さん」

 テイマー達も止めに入るものの、相手が彼女なのでかなり弱腰な態度だ。

 どのみち、関係者に見えない私の様な魔導士は、やはり正面からは無理ね。
 ここは昨日と同じく、職員用裏口から会うしかない。

 従獣やテイマー達の注意が入り口に集中している間に、ヒルキルはギルドの裏口へと回った。

「おぅ、ヒルキルじゃないの。今日はどうしたの?」

 裏口に来て直ぐに、帰り支度をしている友人と鉢合わせた。

「エリック、貴方にお願いがあって来たのよ」

「…えぇ?」

 厄介事と気付いた彼は、明らかに嫌そうな顔を見せる。

「…昨日の甲羅鼠を取引先が気に入らなかったとか?」

 新米テイマーへの贈答用の魔物という急な依頼にも関わらず、あの甲羅鼠をエリックが用意してくれたのだ。

「いえ、そんな事はないわ。むしろお礼にと、代わりの動物を頂いたのよ」

「代わりの動物?」

 それは、おかしな話だな。手頃の動物が居たのなら、その新米のテイマーがテイムすれば良い話だし。
 いや、単に従獣より従魔が良かったって話かもしれないか。

 少し訝しむ彼に、ヒルキルは見せた方が早いと抱き抱えていた鞄を見せる。

「ええ。おそらく、貴方も知らない珍じ…むぐっ⁉︎」

「ちょっと待て!」

 ヒルキルの柔らかい唇を、エリックが無造作に押さえつけた。

「今、その先を話すのはマズイ。ギルドの入り口に、彼女が居るんだ」

「……(そうね)」

 そうだったと、ヒルキルは頷く。
 彼女は、魔法や魔術に関わらないものには興味を持たない魔導士界隈ですらも伝わる程に、異常な動物好きとして有名な人なのだ。

 触感が、モフモフ、ザラザラだろうが撫でまわし、亜人であっても構わない。好きに特に許容範囲ストライクゾーンが無い無類の動物好きの彼女は、過去に度を越してしまった事もある。

 それは、この国と敵対している南国のラムステッド王国に、足が速い代わりに飛べない鳥という珍獣の噂を聞いた彼女が、単身で向かい一悶着を起こした挙げ句、その珍獣を数羽連れ帰った。

 彼女の連れ帰った珍獣は、王国では見かけない韋駄鳥イダチョウと呼ばれる脚が筋肉ムキムキの奇怪な大鳥だった。

 しかしこの韋駄鳥、南国では軍馬代わりに使われている従獣で、そのまま国際問題にまで発展起こりそうになったのだ。

 その時は、冒険者ギルドマスターが彼女に代わり、その悶着を起こした街の領主に謝罪と韋駄鳥の返還、賠償金を支払い、何とか事なきを得た。

 まぁ、手離す気など一切無かった彼女は当然、憤慨してギルド内で大暴れして、止めに入った冒険者を叩きのめし(刺しまくり)て問題となった。

 結果として彼女は、ギルドマスターと複数の上級冒険者達により取り押さえられ、多額の罰金と1年近くのギルド専属派遣処分となった。
(ギルド専属派遣処分とは、無償でギルドが指定する依頼をこなす処分。もちろん拒否権は無い。つまりは、タダ働きである)

 彼女の動物愛は、そうして悪い印象で世間に広まり有名になったのだ。

「と、とにかく、私は直ぐに帰らなきゃならないの。(師匠に召喚に関する新事実を伝えなきゃだし)詳しい話は後でするから、この子を預かってくれない?」

 ヒルキルは、鞄から布に包まれた赤ちゃんをそのままエリックへと押し付ける。

「は、はぁ?」

「あ、くれぐれも、逃したり、死なせちゃダメだからね?」

「誰も預かるとは言って無…」

「今度!欲しがってた収納魔法のスクロール、ちゃんと持って来るから!ねっ?」

「…むぅ、分かったよ」

「ありがと!」チュッ。

「…っ⁉︎」

 不意打ち的に頬に軽くキスされ、エリックは危うく包みを落としそうになった。

「…ったく。ヘヘッ、仕方ないなぁ」


 手を振り立ち去るヒルキルに、仕方なくだぞ?という体でエリック手を振り見送った。


「とはいえ、既に従獣が多い俺に、赤子の面倒を見ろって…。子等の抑止が大変じゃないか。…それにしても、俺が知らない獣?魔物なら新種の可能性があるが、獣ならギルド資料管理の俺が知らないわけないのにな」

 まぁ、眉唾だろ。そう思い包み布を捲る。

「ん?」

 瞬き数回、見間違いじゃない事を自覚する。その容姿は、確かに見た事が無い個体だ。

 海鳥の様なクチバシを持ち、モグラの様な胴長で鼠の様な短毛。
 足の指間にはヒレがあり、前足は短く後ろ足は大きい。しかも、後ろ足の爪は少し長いな。
 まるで、他種類の動物の一部分を合わせたようだ。
 だが、禁忌とされているキメラの様なでは決してない。

 ヒルキルが考えた通り、生態一部が変化した珍獣、いや、新種の類いの獣の可能性もあると言える。これは、成獣の姿を是非とも見てみたい。

「そうと決まれば、この子の安全の確保が最優先だな」

 エリックは、ギルドの職員控室に戻り、自身の物置の中から小型の硝子箱を取り出した。
 コレはテイマーギルド専用の非売品魔道具で、卵や幼体を入れて観察、保護を目的に使用するものだ。
 見た目は硝子だが、内外共に耐久性、耐魔素性は高く一角兎ホーンラビットの突進程度なら耐えられる。

 もちろん悪用防止策として、所持者しか使用できない上に、ギルドマスターへの使用報告は義務とし、その所持者名は国に登録されている。
 故に、密猟等の行為が発覚した場合には、真っ先に疑われ強制的な検査がある。

 使用報告の義務は、職員だから免れない。一時的な保護だから、まぁ説明は何とかなるとして…、問題は珍獣という点だよなぁ。

 流石に、近くでじっくりと凝視されると、俺と同じくらい動物や魔獣に博識なギルドマスターの目は、誤魔化せない。

「遠目からの今の見た目なら…ギリ、モグラの赤子で通せる…か?」

 ええぃ、その時はその時だ!と覚悟を決めて職務室に乗り込んだ。

「…ん?ああ、幼獣の預かりか。良いぞ」

「あ、ありがとうございます」

 心配していたほどのろくな確認もなく、あっさりと了解を得られた。
 まぁ、ギルドマスターは今はか。

 ギルドマスターの机の上には、大量の書類が所狭しと積み上がっている。
 彼は今、建国祭に来訪予定の諸侯達が、護衛と共に連れて来るとされる従獣や従魔の審査に追われているのだ。

 元々、身だしなみにはあまり興味を持たない性格のギルドマスターは、随分と無精髭が伸びている上に、上着のシャツもヨレヨレだ。

 おそらく4日は帰宅していないし、風呂にも入ってもいないだろう。

 自分が部屋が出る時には、彼は再び眉間に皺を寄せながらブツブツと独り言を呟いていた。

「フフ、とりあえずこれで一安心。後は、家で他の子と一緒に可愛がってあげるからな?」

 思わずスキップしそうになる気持ちを抑えながら、軽い足取りでエリックはギルドを後にするのだった。


 一方、研究室前に戻ったヒルキルは、分厚い資料本を脇に抱えて憂鬱な表情をしていた。
 自身の実験で判明した異世界人召喚の詳細を、今からいざ報告すると息巻いて来てみたが、土壇場になって怖気付きそうになっているのだ。

 憂鬱になっている場合じゃないわ。異世界人召喚の決行日は近い。たとえ叱責を受けようとも、知り得た情報を伝えなければならない。これはこの国の為でもあるのよ!

 決意を固めたヒルキルは、扉をノックして扉を開けると、既に彼は起きていた。
 ソファに腰を沈めながら、数枚の資料に目を通している様だ。

「あ、あのエハーゲン様、少しだけ、お時間を宜しいでしょうか?」

「ああ、ヒルキル。そんなに畏まってどうしたんだね?」

「じ、実は…」

 ヒルキルは、異世界人召喚に関する新たな見解を、過去の資料から偶然にも読み解く事ができたと説明した。
 もちろん、裏付けもなにも、実際に召喚で得た情報をこじ付けしたに過ぎない。

「おお、おおっ、そうか‼︎ホホウ、なるほどのぅ!」

 師匠は、弟子の仮説を否定するどころか、信じ切っている様だ。

「よし、それならば、今からでも新たな対策を講じなければならんのぅ。ヒルキルよ、素材がこのままでは足らぬ!すまぬが、今すぐに手配を頼む!」

「は、はい!」

 彼から殴り書きされたメモを渡され、ヒルキルは部屋を急ぎ出た。

「良かった!これで召喚は上手くいく筈!」

 自分は正しい事をしたのだと、彼女は胸が熱くなり上機嫌で駆けて行った。


 彼女が部屋を出た後、再び書類を持つエハーゲンは、残念そうに溜息を漏らす。

「…避けられない…か」

 伏せる様に置かれたその資料の一枚には、弟子である彼女ヒルキルの名が書かれていたのだった。
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