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第8話 不穏な噂と、厄介事の予感
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ガンツの工房で新しい装備を手に入れてからというもの、フィーリアは依頼の合間を見つけては、その試用と改良に余念がなかった。町の外れにある寂れた訓練場や、時にはギルドの訓練施設の一部を借りて、完成したばかりの投げナイフの精度を確認したり、ワイヤー射出装置の射程や巻き取りのスムーズさをテストしたりする。
「うん、このナイフのバランス、前よりずっと投げやすいね。狙ったところに、ちゃんと飛んでくれる」
木の的に突き刺さったナイフを見つめ、フィーリアは小さく頷く。
「ワイヤーの巻き取りが、まだちょっとスムーズじゃないかな……。ガンツさんに相談して、歯車の部分をもう少し調整してもらおう」
試作品のワイヤー射出装置を構え、数十メートル先の木の幹にフックを命中させる。手応えは悪くないが、まだ改良の余地はありそうだ。彼女は小さな手帳に気づいた点を細かくメモしていく。その姿は、まるで熟練の職人か研究者のようだった。
日中はギルドで薬草採取や簡単な配達といった地道な依頼をこなし、夕方になるとガンツの工房に顔を出す。そこで道具の手入れをしたり、ガンツと新しいアイデアについて意見を交わしたりする。そんな日々は、フィーリアにとってそれなりに充実したものだった。
しかし、そんな比較的平穏な日常の中に、少しずつ不穏な影が差し始めているのを、フィーリアは敏感に感じ取っていた。
ギルドの酒場で冒険者たちが交わす会話、市場で商人たちがひそひそと囁き合う声。その端々から、きな臭い噂が漏れ聞こえてくるのだ。
「おい、聞いたか? また隣の街道で、行商人の一団がやられたらしいぜ」
「今度は被害も大きかったって話だ。最近、あの辺りの盗賊、妙に組織立ってるって噂じゃねえか?」
「森の奥じゃ、これまで見たこともねえようなデカい熊の魔物が出たって、木こりが真っ青な顔で逃げ帰ってきたらしいぞ」
「北の方の小さな村が、何者かに襲われて壊滅したって話もある。魔物なのか、それとも……」
そういった噂話に、フィーリアは積極的に首を突っ込むことはしない。彼女は基本的に面倒事を嫌う。自分に関係のないトラブルは、できる限り避けたいのが本音だ。
「また盗賊が出たんだって? 物騒だねぇ……」「森の奥に新しい魔物? 近づかない方がよさそうだね」
表向きはそんな風に、他人事のように聞き流している。
だが、内心では別だった。これらの不穏な噂が、ただの噂話では済まされないかもしれないという予感を、彼女は無視できなかった。自分の安全や、今後の依頼の遂行にも関わってくる可能性があるからだ。
フィーリアは意識的に、関連情報を集め始めた。
ギルドの依頼掲示板を毎日チェックする。すると、護衛依頼の件数が明らかに増えていることや、危険区域とされる場所が徐々に広がっていることに気づく。商人たちの会話からは、物資の流通が滞り始めていることや、特定の素材が高騰していることなどが読み取れた。ギルドマスターのドレイクや受付のネリーも、心なしか普段より表情が硬く、忙しそうにしている時間が増えたように見える。
(最近、護衛の依頼が増えてる気がする……。特に、西の街道方面が多いかな)
(あの魔物の噂、最初は森のずっと奥だったのに、目撃場所がだんだん町に近づいてきてる、かも……?)
集めた断片的な情報を頭の中でパズルのように組み合わせ、状況を冷静に分析する。噂の信憑性、危険が及ぶ範囲、そして、もしこれらが繋がっているとしたら、その背後にあるものは何か。
フィーリアのISTP的な鋭い観察眼と分析力は、まだ漠然としていはいるものの、何か大きな、そして厄介な出来事が近づいていることを示唆していた。
「なんだか……イヤな感じがするんだよね」
ある晩、ガンツの工房で新しい投げナイフの最後の仕上げをしながら、フィーリアはぽつりと呟いた。
「ん? 何がだ、嬢ちゃん」
炉の火を見つめていたガンツが顔を上げる。
「ううん、何でもないの。ただ、何か、もうすぐ起こりそうな気がするだけ……気のせいだといいけど」
それは具体的な根拠があるわけではない。けれど、町の空気そのものが、以前とは微妙に変わってきているのをフィーリアは感じていた。人々の会話に潜む不安の色、冒険者たちの間に漂う緊張感。それらが、彼女の直感を刺激するのだ。
万が一に備えて、フィーリアは自分の装備の点検をいつも以上に念入りに行った。投げナイフの刃を研ぎ澄まし、ワイヤー射出装置の機構部には油を差す。非常用の薬草や保存食も少し多めに買い足し、いつでも持ち出せるように小さな革袋にまとめておく。それは、面倒事を避けたいという彼女の本心とは裏腹の、生存本能に基づいた合理的な行動だった。
そして、その予感は、思ったよりも早く現実のものとなろうとしていた。
数日後の昼下がり。フィーリアがギルドで簡単な依頼を終え、ネリーに報告をしていた時のことだった。
ギルドの扉が勢いよく開き、血相を変えた一人の男が転がり込んできた。服装からして、どこかの村の農夫のようだ。
「た、助けてくれ! 魔物が……魔物の群れが、村を……!!」
男はぜいぜいと肩で息をしながら、途切れ途切れに叫ぶ。そのただならぬ様子に、ギルド内の空気は一瞬で凍りついた。
フィーリアは、その光景を冷静に見つめていた。
(……やっぱり、こうなっちゃったか)
内心で深いため息をつく。面倒な事態に巻き込まれるのは避けられないだろうという確信が、すとんと胸に落ちてきた。
ギルドマスターのドレイクが奥から姿を現し、農夫に駆け寄る。冒険者たちが色めき立ち、ギルド内は騒然となる。
フィーリアは静かに、その喧騒の中心を見据えていた。彼女の大きな碧眼は、これから起こるであろう厄介事の大きさを、冷静に測っているかのようだった。
「うん、このナイフのバランス、前よりずっと投げやすいね。狙ったところに、ちゃんと飛んでくれる」
木の的に突き刺さったナイフを見つめ、フィーリアは小さく頷く。
「ワイヤーの巻き取りが、まだちょっとスムーズじゃないかな……。ガンツさんに相談して、歯車の部分をもう少し調整してもらおう」
試作品のワイヤー射出装置を構え、数十メートル先の木の幹にフックを命中させる。手応えは悪くないが、まだ改良の余地はありそうだ。彼女は小さな手帳に気づいた点を細かくメモしていく。その姿は、まるで熟練の職人か研究者のようだった。
日中はギルドで薬草採取や簡単な配達といった地道な依頼をこなし、夕方になるとガンツの工房に顔を出す。そこで道具の手入れをしたり、ガンツと新しいアイデアについて意見を交わしたりする。そんな日々は、フィーリアにとってそれなりに充実したものだった。
しかし、そんな比較的平穏な日常の中に、少しずつ不穏な影が差し始めているのを、フィーリアは敏感に感じ取っていた。
ギルドの酒場で冒険者たちが交わす会話、市場で商人たちがひそひそと囁き合う声。その端々から、きな臭い噂が漏れ聞こえてくるのだ。
「おい、聞いたか? また隣の街道で、行商人の一団がやられたらしいぜ」
「今度は被害も大きかったって話だ。最近、あの辺りの盗賊、妙に組織立ってるって噂じゃねえか?」
「森の奥じゃ、これまで見たこともねえようなデカい熊の魔物が出たって、木こりが真っ青な顔で逃げ帰ってきたらしいぞ」
「北の方の小さな村が、何者かに襲われて壊滅したって話もある。魔物なのか、それとも……」
そういった噂話に、フィーリアは積極的に首を突っ込むことはしない。彼女は基本的に面倒事を嫌う。自分に関係のないトラブルは、できる限り避けたいのが本音だ。
「また盗賊が出たんだって? 物騒だねぇ……」「森の奥に新しい魔物? 近づかない方がよさそうだね」
表向きはそんな風に、他人事のように聞き流している。
だが、内心では別だった。これらの不穏な噂が、ただの噂話では済まされないかもしれないという予感を、彼女は無視できなかった。自分の安全や、今後の依頼の遂行にも関わってくる可能性があるからだ。
フィーリアは意識的に、関連情報を集め始めた。
ギルドの依頼掲示板を毎日チェックする。すると、護衛依頼の件数が明らかに増えていることや、危険区域とされる場所が徐々に広がっていることに気づく。商人たちの会話からは、物資の流通が滞り始めていることや、特定の素材が高騰していることなどが読み取れた。ギルドマスターのドレイクや受付のネリーも、心なしか普段より表情が硬く、忙しそうにしている時間が増えたように見える。
(最近、護衛の依頼が増えてる気がする……。特に、西の街道方面が多いかな)
(あの魔物の噂、最初は森のずっと奥だったのに、目撃場所がだんだん町に近づいてきてる、かも……?)
集めた断片的な情報を頭の中でパズルのように組み合わせ、状況を冷静に分析する。噂の信憑性、危険が及ぶ範囲、そして、もしこれらが繋がっているとしたら、その背後にあるものは何か。
フィーリアのISTP的な鋭い観察眼と分析力は、まだ漠然としていはいるものの、何か大きな、そして厄介な出来事が近づいていることを示唆していた。
「なんだか……イヤな感じがするんだよね」
ある晩、ガンツの工房で新しい投げナイフの最後の仕上げをしながら、フィーリアはぽつりと呟いた。
「ん? 何がだ、嬢ちゃん」
炉の火を見つめていたガンツが顔を上げる。
「ううん、何でもないの。ただ、何か、もうすぐ起こりそうな気がするだけ……気のせいだといいけど」
それは具体的な根拠があるわけではない。けれど、町の空気そのものが、以前とは微妙に変わってきているのをフィーリアは感じていた。人々の会話に潜む不安の色、冒険者たちの間に漂う緊張感。それらが、彼女の直感を刺激するのだ。
万が一に備えて、フィーリアは自分の装備の点検をいつも以上に念入りに行った。投げナイフの刃を研ぎ澄まし、ワイヤー射出装置の機構部には油を差す。非常用の薬草や保存食も少し多めに買い足し、いつでも持ち出せるように小さな革袋にまとめておく。それは、面倒事を避けたいという彼女の本心とは裏腹の、生存本能に基づいた合理的な行動だった。
そして、その予感は、思ったよりも早く現実のものとなろうとしていた。
数日後の昼下がり。フィーリアがギルドで簡単な依頼を終え、ネリーに報告をしていた時のことだった。
ギルドの扉が勢いよく開き、血相を変えた一人の男が転がり込んできた。服装からして、どこかの村の農夫のようだ。
「た、助けてくれ! 魔物が……魔物の群れが、村を……!!」
男はぜいぜいと肩で息をしながら、途切れ途切れに叫ぶ。そのただならぬ様子に、ギルド内の空気は一瞬で凍りついた。
フィーリアは、その光景を冷静に見つめていた。
(……やっぱり、こうなっちゃったか)
内心で深いため息をつく。面倒な事態に巻き込まれるのは避けられないだろうという確信が、すとんと胸に落ちてきた。
ギルドマスターのドレイクが奥から姿を現し、農夫に駆け寄る。冒険者たちが色めき立ち、ギルド内は騒然となる。
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