殺人計画者

夜暇

文字の大きさ
17 / 76
第一章 鷺沼崇の場合

十五 ◯金井 達也【 1月10日 午後10時45分 】

しおりを挟む

「もう、動かない?」
 瑞季が恐々と、目の前に倒れた鷺沼を見ながら聞いてくる。
「ああ…大丈夫だ、当分は起き上がらないよ」
 そう答えた俺は、交際相手である瑞季の肩に手を置いた。
 鷺沼の動向から、闇雲に何か仕出かす危険性が見て取れた。そのため、その前に奴の腹部に拳を突き入れ、気絶させたのだ。
 間一髪だった。あと数秒でも判断が遅かったら、素手で伸すことは困難だったかもしれない。
 それにしても、瑞季が助けを求めて走ってきたことに加え、その後ろから物凄い形相で追いかけてくる男の姿には更に驚いた。
 その拍子に、反射的に拳銃を取り出し、撃ってしまった。警告代わりの威嚇射撃もしていない。突然のことで上手く対応できなかったということがあるにせよ、これは正直な話、始末書どころでは済まされない。全く、こんなはずでは。溜息をつく。
 警察官である俺は、同じ派出所勤務の先輩である根岸祥三と共に、今日は午前六時の朝方までの夜勤の担当であった。事務作業を終え、特に急ぎの仕事も無かったことから、夜間のパトロールにふらふらと出ようとしたその矢先。瑞季と鷺沼の両名に遭遇したのである。
 …さて、現在西街側の夜間パトロールに出かけている根岸が戻ってきたら、どう説明をすれば良いか。額に手を当て一人思い悩んでいると、自分の腕にくっつき、ぶるぶると震えている瑞季と目が合った。瑞季は少しぎごちなくはあるが、にこりと笑った。
「達ちゃん、ありがとう。私本当に、殺されるかと思った…」
 ああ。うん、瑞季が鷺沼という悪漢に襲われかけていたことは事実なのだ。それを救ったこともまた事実なのである。それらを前面に押し出して説明して、何とか切り抜けるしかない。ぽんっと、瑞季の頭を撫でる。ふと、彼女は何かを思い出したかのように顔を上げた。
「そ、そうだ。言うのを忘れていたけど、ここから少し先に行ったところに、死体が!死体があったよ!」
「し、死体だって?」
「うん!血も沢山出てた。…多分私その場面を見ちゃったから、この鷺沼さん…が襲いかかってきたんだと思う」
 ここで倒れている鷺沼が持っている血の付いた包丁を見ると、それはあながち見間違いとは言い辛いものであった。
「分かった。少し見てくるから、瑞季は派出所の中で休んでいてくれ。あの中にいれば安心だからさ」
「わ、分かった。気をつけてね…」
「ああ」

 ほんの数分歩いたその先の道路上は、瑞季の言うとおり凄惨な状態となっていた。辺りに血の匂いが充満しており、空気が澱んでいる。思わず鼻を抑える。
 こ、これは何とも派手にやったものだ。腰に付いている携帯型の無線機を手に取る。
「西街派出所の金井から警視庁本部、応答せよ」
 ボタンを押し早口で話す。ザザッと小さく音がした後、相手側からの応答があった。
『こちら警視庁本部。どうぞ』
「こちら西街派出所の金井。西街派出所近辺の道路上で、重傷と思われる男性を二名発見。また、西街派出所に錯乱した男性が乱入。血の付いた衣服や刃物を所持しており、現在は沈静化しているが、本件と何か関係しているものと思われる。至急、本部の対応求む。どうぞ」
『警視庁本部、了解した』
 ブツッ、と無線の応答は切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...