殺人計画者

夜暇

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第六章 ————の場合

八 ◯ ————【 1月4日 午後13時10分 】

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「俺が、奴に、殺されるだって?」
 一単語ずつ、まるでその意味を分かっておらずあえて理解するかのように、柳瀬川はゆっくりはっきりと言葉を発する。
「そうだ。おっと、勘違いするなよ。何も本当に殺される訳じゃ無い。あくまで死体役っていうだけであって、死体になることはないからさ」
「つ、つまりどういうことなんだ」
「つまりな…」
 俺が柳瀬川に話した計画は、次のとおりだった。
 まず鷺沼に対し、俺が見た小林殺害の瞬間をネタに、「罪を公表されたく無ければ言うとおりにしろ」と脅迫。そして、鷺沼には予め凶器と手紙を送っておく。
「凶器?凶器って何だ?」
 俺は人差し指と親指を立て、人差し指を突き出し、バンッと口で小さく言った。
「け、拳銃か」
「ああ。ただし、送るのはそれに良く似た模造品だ。本物は署内に厳重に保管されていて持ち出せないからさ」
「な、なるほど。それで、その模造品でどうするんだ」
「鷺沼にはそれで、お前に対して空砲を撃ってもらうのさ。そのために、本物と同様火薬が弾けて激しい音と衝撃が発生する、精度の高い物を送る」
「そ、そうか。鷺沼が俺を拳銃で撃っても、それは発砲音のみ。怪我一つ無いって訳か」
「そう。拳銃は俺が用意するよ。今時、そういった模造拳銃ってネットオークションでもごろごろ転がっていてさ。既に目星をつけた物が、明日には家に届く」
 後は血糊のようなものを用意し、鷺沼が発砲した段階でそれを潰して、そのままその場に倒れてもらう。血を出し倒れる姿を見れば、鷺沼は柳瀬川を殺した、と思うだろう。
「拳銃の発砲音が聞こえた段階で、俺が奴を逮捕しに行く」
「お、俺はその時何をすれば良い?」
「特に何も。死体役として上手く演技できて、俺が鷺沼を捕まえた後、頃合いを見計らって、立ち去ってもらって構わない」
「そ、そうか」
 ふぅーと短く息を吐き、柳瀬川は席に項垂れた。
「少し、安心したよ。やっぱりお前に話して良かったよ」
「おいおい、早いぞ。安心するのは、計画が全て上手くいってからだ」
 心の内は明かさず、微笑しながら、俺は続けた。
「続き。大筋としてはそんな流れなんだが、一応念のため保険をかけておきたい」
「保険?」
「鷺沼が脅迫には屈しない、強い心の持ち主だった場合も考えられるだろう。確実に…そう、確実にこちらの脅迫に従い、思ったとおりの動きをしてもらわないと、計画が失敗するからな。…さっき、俺が拳銃と一緒に何を送るって言ったか、憶えているか?」
「あ、ええと。手紙だったっけか」
「そうそう。手紙の主文は、端的に言えば『柳瀬川を殺さないと、お前が人殺しということをバラしちゃうぞ』という内容だが、これは俺たちが『柳瀬川を殺す理由』を与えているんであって、奴はあくまで受動的なんだ。分かるか?」
「あ、ああ」柳瀬川は何度も頷く。
「やらされてやるっていうのは、あまり気が進まないものだろ。だから、より命令に忠実な存在になってもらうために、奴には自分の意思を持ってお前を殺そうとして欲しいんだよ。その方が、こっちとしても都合が良いし。まあつまりインセンティブ、奴の行動を動機付ける何かしらの刺激を与えたい」
「ふーん。刺激ねえ…」
 途中まで、俺の言っている意味を理解していなさそうな雰囲気を出していた柳瀬川だったが、刺激という言葉に反応した。
「そ、それなら報酬とかどうかな。俺…柳瀬川和彦を殺せば、巨額の金を与える、なんていうものはどうだろう」
「ほう」
 柳瀬川の言葉を聞いて、俺は素直に頷いた。彼は金を渡すことで、瑞季と懇意になれたと考えている。身を以てその力を感じているのだろう。それが鷺沼にも同様に効くものと考えているのだ。
「良いな。そういう、一番オーソドックスなものが良いかもしれない。よし、それを採用しよう」
「え、そんな簡単に決めちゃって良いのか」
 柳瀬川は焦ったように言う。ここまで俺の計画をただ聞いていただけということもあり、まさか自分の意見がすんなり通るなんて、思ってもみなかったのだろう。
「あのさ。言っておくけど、これはお前が実行することなんだぞ。俺でもなく、他の人間でも無い。案を出すのは良いが、成功するかどうか自信がないと思う考えはやめろよ」
「す、すまん」
「…まあ良いや。俺もその案、良いと思うしさ」
 そう言って、落ち込む柳瀬川の肩に手を伸ばし、軽く叩く。
「じゃあここまでのおさらい。俺は模造拳銃と手紙…これはもう脅迫状だな。この二つをまとめて鷺沼に送る。脅迫状には『柳瀬川を殺せば金…例えば一億円をやる、できなければ人を殺したことを世間にバラす』といった内容だ」
「うん」
「鷺沼は模造拳銃片手に、お前を殺しにくる。しかしその拳銃の一発目は、火薬だけ入った空砲だ。お前は撃たれた瞬間に倒れ、死んだふりをする。そこで俺が駆けつけ、奴を逮捕する。これで終わりだ。どう?」
「い、良いと、思う」
「よし。後は細かいところだな。計画の成功のため、もう少し鷺沼の行動を縛りたい」
「行動を縛るって、ルールのようなものを決めるのか?」
「そういうこと。こんな文章を、脅迫状に入れるのが良いな」
 軽く頷き、俺は自前のペンと手帳を取り出し、さらさらと書いた。

 一、殺害の瞬間を誰にも見られてはいけない。
 二、その場に自分がいたと分かる痕跡は極力残さないこと。
 三、同梱した拳銃を使用し、殺害すること。
 四、拳銃には弾丸が一発装填されている。対象以外の人間に発砲してはいけない。
 五、同梱した物は、全て所持して事に及ぶこと。

 一つ目。これは死んだふりをする柳瀬川のためのものだ。実際は死んでいないやなあ瀬川は、ほとぼりが冷めた後にその場を去らなければならない。それには、ギャラリーがいたら不可能だろう。
 三つ目。俺が送る模造拳銃以外に何か凶器を使われたら、本当に柳瀬川は死んでしまう。それを避けるためだ。
 四つ目。連発されると、鷺沼が本当の馬鹿だったとしても、それが空砲だと気付かれる可能性がある。したがって、わざと一発しか火薬は入れない。鷺沼にとってもその方が、チャンスは一度きりと慎重になるんじゃないか。
 二つ目と五つ目。脅迫の証拠となる物、脅迫状や拳銃、これらを俺以外の警官に回収されたらまずい。鷺沼の逮捕で終わらせ、以降の捜査…俺たちにつながる痕跡は残したくない。全部持ってきてもらって、逮捕と同時に俺が回収して処分する。二つ目の『痕跡を残さない』っていうのは、持ってきた物を現場で散らばせられると、回収が面倒だから。
「なるほどなあ」
 素直に感心し、柳瀬川はホットコーヒーのお代わりをする。そんな彼を見て、俺はなんとも言えない心境にとらわれる。流れるように説明したせいか、あまり己のこととして、関心を持つことができないようだ。そんな他人事で良いのか、この男は。
 まあ、話半分で聞いてくれた方が良い。その方がこっちも都合が良い。俺は頷く。
「あとは時と場所だ。それをいつ、どこで行うか…」
「あ、あのさ!」
 柳瀬川が急に大声を上げる。俺はもちろん、コーヒーポットを持ってきたウェイトレスさえもその唐突な声に驚き、彼を見ている。
「え。一体、どうしたんだ?」
 彼のコーヒーカップに熱々のコーヒーが注がれていく間、互いに言葉は発さなかった。ウェイトレスが去った後、落ち着いて聞く。
「お、お前の考えた計画さ。それはそれで完璧だと思うけど。少しだけ、追加したいことがあるんだ」
「何だ?」
 改めて彼を見ると、決心したかのように俺の目を見返してきた。
「さ、鷺沼に殺された奴って、コモレビの社員なんだろ。同じ社員に檜山っていう奴がいるんだけど。そ、そいつも鷺沼に殺させることってできないかな」
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