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第六章 ————の場合
十五 ◯ ————【 1月10日 午後11時50分 】
しおりを挟む涙で顔をぐちゃぐちゃにした瑞季を見て、俺は何も言わずにそのまま床に座り込んだ。
俺は、彼女を奪った柳瀬川への怒りの感情をエネルギーとして、この計画を立てた。そして見事、計画のとおりに事が運んだ。
しかし、彼女と話して思う。
「俺は一体何がしたかったのだろうか」。
柳瀬川を殺した。檜山も殺してしまった。小林を殺害した罪に上塗りをする形で、鷺沼に罪を重ねさせて。そして勢いに任せて、瑞季をこの手で殺そうとした。
俺の考えた計画の、この物語の、俺にとっての正しい結末は何だ。いやそれはもう何度も言うが、俺の考えた計画が全て思いどおりに…上手くいくことだ。
そして、現実はどうなったか。それは先述のとおり、見事に、大変喜ばしいことに、俺の考えたとおりの結果となった。途中途中で手を加える必要はあったが、まさに大成功と言っていい程に。
しかし何だろう。心にぽっかりと穴が空いたような、この気持ちは。
ああ、計画が上手くいったというのに、気分は全くと言っていい程晴れていない。むしろもやもやと霞みがかったよく分からない気持ちが、心の中で渦巻いている。
「どうして、こんなことになったのかな」
どうして。それは、先程瑞季も言っていた言葉だった。俺は無意識に、そんな言葉を漏らした。
「え?」瑞季は俺を見る。綺麗な瞳だ。
「君と柳瀬川の関係を、年末にあいつ本人から聞いた時、俺はあいつに対する怒りと同時に、悲しくも思った。先程話したとおり、君が、君が俺を裏切ったんだと」
「…」
「好きでいたのは自分だけだったのかと。君にとって、俺は大した事のないちっぽけな存在なのか。金が手に入れば、別の男に心変わりしても良いと思える程、適当に思われているのかと」
「そ、そんなこと」
「でも、それが。君のしたことは巡り巡って俺のためだった。そんなこともつゆ知らず、柳瀬川から聞いた話を鵜呑みにして。彼の言った事実のみを全面的に信用して、君が『どうして』その行動に至ったのか。それに関して何も疑問に感じなかった。それがおかしなことだったんだよ。根岸さんの言ったとおり、俺が最初にやらなければならなかったのは、君に話を聞くことだったんだ」
そうだったのだ。柳瀬川の話を聞いて衝撃を受けたとは言っても、後程冷静に瑞季に話を聞いていれば、ここまで大事になることはなかったのかもしれない。
しかし。俺は最初から、自ら彼女に聞こう、確認しようという考えを捨てていた。前科持ちということから、彼女が俺以外の男に恋心が動くことはないと、また俺の言ったことは忠実に守る女だろうと。
また、柳瀬川から話を聞いたその時「彼女ならそういうことをするかもしれない」と、心のどこかで猜疑心を抱いていたのかもしれない。
「達ちゃん…」
「はは、俺はとんだ大馬鹿野郎じゃないか。自分の考えた計画が上手くいっても、そもそも根本から間違っていたんじゃ、子どものおままごとと一緒だ」
天を仰ぐ。何もかも、虚しいだけだったんだ。こう、計画が上手くいっても、俺は満足感も幸福感も何も感じない。あるのは虚無感のみ。それはたとえ、今ある現実のように瑞季と根岸さんに追い詰められることが無かったとしても、必ずそう感じただろう。
結局のところ、俺が考えた計画は最初から最後まで、その全部が全部意味の無い、利益を何も生み出すことの無い凡庸な計画だったということだ。
はは。何が殺人計画者だ。何がナポレオンだ。恥ずかしいことを考えていたものだ。一人先走って何人も人を殺してしまった俺は、愚かで惨めな殺人鬼でしかないではないか。
それを理解することを待っていたかのように、まるでそう定められたかのように、包丁が手から地面へと滑り落ちた。カラーンと、金属質で綺麗な落下音が辺りに響く。
同時に、所内のデジタル時計が、大きな電子音を響かせた。午前0時。そうか、いつの間にかこんな時間になっていたようだ。
その電子音は、まるでこの物語の終わりを告げるような。俺にはそう思えた。
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