侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

文字の大きさ
59 / 68
第六章 空き部屋

二十

しおりを挟む


 秘書の男が現れてから、家族…いや、冬子が事件や事故に巻き込まれるようになった。
 車に轢かれそうになったのが数件、不審者に付き纏われたのが数件。軽症ながらも、怪我をすることもあった。
「お義父さんの、仕業よね」
 ある日瑛子が寝た頃を見計らい、冬子はそう切り出した。真琴も同意見だった。真琴が要求を拒絶したことが、彼に伝わったのだろう。
 しかし勝治程の男が本気を出せば、殺したり、重傷を負わせたり、どうとでもできるはずである。それをあえて、すれすれのところで留めるあたりに、気味の悪さを感じた。
「お義父さん、穏便に済ませたいのよ。いつでもやれるぞ。そう私達に思わせて、私があなたから自発的に離れることを期待しているのね」 
 あり得る、と真琴は思えた。真琴が思い浮かべる父親像。自分の世話は全て使用人任せ。仕事ばかりで、構ってもらったのは一度か二度、あるかないか。今回のことも、自ら行う手間はかけたくない。相手が自然と、自分を選ぶように仕向ける方が楽なのである。
「私、そんなに邪魔かな」瑛子に心配かけないよう、気丈に振る舞っていた彼女だが、自身を脅かそうとする凶刃に限界だったのかもしれない。「私がいなくなったり…それこそ、死んだりした方が、良いのかな」
「君が死ぬなら俺も死ぬ」
 即答。本気だった。冬子のいない世界で生きていきたいとは思えなかった。真琴の想いを察して、冬子はぎこちない笑みを浮かべた。
 しかしこのままでは、業を煮やした勝治が、目の前の彼女の笑顔を奪うのも時間の問題である。それだけは避けたかった真琴は、直接父親と対面した。
「一年?」冬子は目を見開き、夫を見た。
「ああ。一年、あっちの家に住んでみて、合わなければ後継は無かったことにするって」
 勝治の要求は、それ以上でも以下でも無かった。真琴を強制的に連れ帰るつもりは無い。開口一番、彼はそう述べたという。
「それで、あなたは?」冬子は不安そうに、真琴に尋ねる。「まさか…」
 真琴は俯き、軽く肯いた。彼女と視線を合わすことができなかった。
「嘘でしょ!嫌。嫌よ。あんなところにいたら、私、殺されちゃう!」
「殺すつもりならいつでもやれる。それに、いつ刺客を送ってくるかわからない、びくびくした毎日を過ごすよりも、親父達の動きがすぐに分かるのだから、もしかすると今よりも安心できるかもしれない」
「そんなわけ、ないじゃない!あの人達と暮らすなんてっ」
「どうしようもないんだよ!俺達の場所は割れていて、ここで断っても、あいつは諦めない。逃げ続けることなんてできない。今の俺達の生活は、安全とは程遠いんだよ」
 真琴は父親に、ここ最近の、冬子の身のまわりの現状について言及した。しかし証拠は無い。案の定、勝治は「なんのことやら」と一笑に付したのみだった。
 ―彼女。そのうち、怪我だけじゃ済まなくなるかもしれないわねえ。
 同席した後妻、雛子の述べた言葉が、真琴の頭の中で粘着して離れない。雛子は、彼女が誰とは言わなかった。言わなくてもわかった。ここで断れば、目の前にいる最愛の妻、ひいては娘にまで被害が及ぶかもしれなかった。
「…すまない、熱くなって。もとはといえば、俺の家族の問題に、君を巻き込んでしまった。君の気持ちを考えていなかった。本当に、すまない」
 泣きじゃくる真琴は、冬子の手を取る。「やっぱり今回の件は、無かったことにするよ。分からないけど、もっと強く突っぱねたら、望みなしとして考えてくれるかもしれない」
 それは真琴の、希望的観測に過ぎなかった。見込はほぼ無い。あの勝治が、容易に諦める訳が無い。
「…一年ね」だが、冬子は肯いた。
 元々、身分の差が天地ほどもあるのである。冬子は真琴の素性を知った時、いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。
 それに。冬子は、目の前の真琴をじっと見つめた。―私は、私の人生は、彼に救われた。今更ここで彼と離れることなど、考えられなかった。
 真琴の言うとおり、私達が逃げ続けることはできないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...