侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

文字の大きさ
66 / 68
第七章 応接間

しおりを挟む
 目の前にうつ伏せで倒れている尚哉を、真琴はじっと見つめた。
 何が起きた?真琴は彼を撃っていなかった。撃つ直前で、彼はその場に崩れ落ちた。何が起きたのか、真琴も分かっていなかった。
 拳銃を持っている手を下ろし、うつ伏せに倒れた彼の体を軽く蹴る。動かない。しかし意識を失っているだけで、生きてはいるようだ。
 尚哉の後頭部へ、拳銃を向けた。自分の顔、やったことを知った以上は、彼も殺すべきだ。幾度目になるのか、またも尚哉に照準を合わせたところだったが、結果的に真琴は、彼を撃たずに終わる。尚哉を殺すことより優先される事象が発生していることを、認識したためである。
 この臭いは―。真琴は鼻と口を袖で隠しつつ、応接間から出る。そこでようやく、その事態に気がついた。
 一面、赤色。屋敷が燃えている。
 視界一杯に広がる炎を見て、真琴は驚愕し立ちつくした。
 火がここまで燃え広がるのは間違い無く、自分達がまいたガソリンによるものだった。しかし真琴も冬子も、瑛子も火をつけてはいなかったはずだ。
 まさか、あの二人が?天井に目を向けた。しかし彼らは、まだあの檻の中だ。鍵は自分が持っている。逃げる術はないはず。
 そこでハッとなった真琴は駆け出した。あの鉄格子の扉は隠し部屋のものと同じ、木製だった。まさかとは思うが、抜け出すためにわざと火をつけたのだとしたら。
 とにかく、非常にまずい事態であることは考えるまでもなかった。倒れた尚哉はそのままに、まだかろうじて炎が及んでいない部分を踏み抜き踏み抜き、進む。
 玄関を背に、中央階段の先に視線を飛ばす。明らかに、火の手が激しい。火元は二階か。舌打ちをしつつ、一段飛ばしで炎に包まれた階段を上がっていく。火の粉が彼の全身に容赦なく降りかかる。熱いというよりも痛い。しかし、足を止めることはできなかった。
 汗だくになりながらも二階にたどり着き、右方を見る。廊下は火の海だった。真琴を嘲笑うかのように、炎がうねうねと、縦横無尽に動いている。
 熱い。息をするたびに肺が焼けそうだ。足の踏み場もないこの中をいけば、無事には済まないだろう。誰が見ても容易に理解できた。
 しかし、行かなくては。大きく息を吸う。一酸化炭素に頭がきゅうっと絞られているような激痛を受ける。意識が飛びそうだったが、今の真琴は箍がはずれていた。
 真琴は、短距離さながら勢いよく走り出した。階段の時とは比にならない程の、熱さと痛み。踏み込むたびに、足に激痛が染み込んでくる。肌が焼けていくのを感じる。体中が悲鳴を上げているが、真琴の脳には進むしか選択肢は無かった。
 目の前に一番奥の部屋の扉が見えた。開いたまま。息つく間もなく、部屋に入ったところで、真琴は愕然とした。
 室内に火は及んでいなかった。檻の扉も、少し前にこの部屋を出た時同様に、固く閉まったままだった。
 しかし、檻の中に若月と有紗の姿は無かった。
 よろよろと、おぼつかない足取りで部屋の中に入る。
「ど、どこに…」
 行った?檻を両手で掴み、黒目をぎょろぎょろと動かす。視線の先にあるのは、倒された椅子二つ。芳美の遺体。
 そうして真琴の瞳は、それをとらえた。有紗の座っていた、椅子の下あたり。床下にぽっかりと穴が開いていた。
そこで真琴は、ようやく思い出した。瑛子が、この部屋で隠し通路を見つけたことを。
 突然、膝の力が抜けた。がくりと、その場に崩れ落ち、背中から床に倒れ込んだ。
 受け身が取れなかったせいか、体を強く打ち付けた。しかし痛みはなかった。感覚が無い。一酸化炭素中毒。張っていた気が抜けたことで、体が誤魔化しきれなくなったようだ。
 恐らく、尚哉はこれで気を失ったのだろう。視界が遠のいていくのが分かった。このまま、彼と同じように?嫌だ、こんな終わり方だなんて。 
 ようやく彼女と、待ち望んだ温かな生活を送ることができるかもしれないのに。これまで散々、自分を苦しめてきた、忌まわしきこの家と、自分勝手で横暴な父。ようやく、藍田の血と決別できるというのに。
 あと少しだったのに、こんな、馬鹿な、ことが。
「冬、子…?」
 薄れゆく意識の中、今際の際で頭に浮かんだのは、冬子の姿だった。
 その姿は三年半前の本来の姿、では無かった。顔は志織。彼女の姿をしていた。
 ——私、幸せよ。
 志織の顔をした冬子の幻は、そう漏らした。それは、雛子達に殺されかけた後、この藍田家で暮らす際に言ったことだ。何故?と問うと、彼女はこう答えた。
 ——こんな姿だけど、あなたと一緒にいることができるんだもの。これまでと違って、誰にも咎められることもなくね。
 冬子は、自分といられるだけで幸せだった。真琴もまた、それを分かっていた。彼女が本心から、そう言ったことだって。
 ふと、彼女の幻に目を向けると、幻は涙を流していた。涙で赤く腫らした瞳は、真琴をひどく、悲しそうに見つめていた。
 どうして。
 どうして泣いて、なんか——。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】結婚式の隣の席

山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。 ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。 「幸せになってやろう」 過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...