11 / 51
第一章 登録
十
しおりを挟む信号が青に変わる。車は動き出す。
「…え」
思わず声が漏れた。マサキは私をちらりと一瞥し、前方に視線を戻した。
「驚かせてしまいましたか」
「ど、どういうことです」上擦った声でそう訊くと、マサキは風船から抜ける空気みたく、か細い声で続けた。
「私にバレた途端、彼女は謝るどころか開き直りまして。私が浮ついた心を持ってしまうくらいに、あなたには魅力が無かったとか。あなたよりも、もっと好きな人と出会ってしまったのだとか。他にもなんだか色々と言っていましたが、その時にはもう、何も耳に入らなかった」
言葉に窮していると、誰かが私の肩に手を置いた。ジュンである。
「大丈夫だよ、カヨちゃん」
「えっ」
「マサキさんは人殺しだけどさ。おおよその人柄は、一度話してみて、わかってるつもりさ。この人、誰彼構わず殺すような、頭のおかしな人じゃないって。もしそうだったら、俺達はもう死んでるよ」
そう諭されようとも、マサキもジュンも、今日が初対面の間柄である。マサキに害がないかどうか、ジュンが主観的に判断しているに過ぎない。故に「はいそうですか」と、簡単に納得することはできなかった。
しかし、とりあえずこの場では相槌をして、表向き同意したように見せる方が良いだろう。ぎこちなさは隠せなかったが、肯いておいた。
「ジュン君、ありがとう」と一言呟いたあと、マサキはハンドルを右にゆっくりと回した。車も同じように、ゆっくりと右へと移動する。これから山道に入っていくようだ。街灯はあるため、そこまで暗い道ではない。
ブオオオ。坂を登るために、マサキがアクセルを強く踏み込んだようである。エンジンの音が大きくなる。私の心の不安も、大きくなっていく。
「でも。でも、ですよ。殺してしまって何を言っているんだって思われるかもしれませんが、私には、彼女以外に運命を感じる人はいなかったんです。彼女を愛していた。いや、殺した今でさえ愛している。それがはっきりと分かった途端」
「途端?」
「死のう。そう思ったんです」
このまま恋人がいない人生を歩んでも、何の意味も、価値も無い。そう考えた彼は、最終的に死を選ぶことにした。
「死んでしまえば、彼女と同じ世界に行けるんですよ。はは、それなら、死んだ方が良いじゃないですか。誰もが死んでいる世界なら…彼女も流石に浮ついた心を持つこともないでしょう。一生、私達は愛し合って暮らすことができます」
彼は嬉々とした声色で言い放つが、私はそんな彼に少なからず恐怖を感じていた。
事の発端は、恋人の不貞であることに間違いはない。だからといって、恋人を殺害して良い理由にはならないし、そんな彼女のもとに行くために、自殺を考える彼は、まさに狂気じみていた。
そもそも、そうだ。彼の自殺願望に込められた思いは、自分のそれと、ベクトルが異なるのだ。
現実に絶望している点は、ここにいる誰とも同じだが、私は「死ぬ」ことが目的であって、その先になんて何も無いし、考えた事もない。対してマサキにとってみれば、「死ぬ」ことは手段に過ぎない。死んだ後に、あの世で恋人と再会することが目的なのである。
…少なくとも、他の三人は自分と同じ考えに思えた。だからこそ、一人異端な考えを持つ彼のことを余計に理解できなかった。
「でも、分かる気がする。あたしもマサキさんと同じ立場なら、そんなむかつく恋人なんて殺しちゃうかもしれないし。でも後々後悔して、死んで恋人のもとにいきたいとも思っちゃうかも」
私は思わずミナに目をやった。私の様子など気にすることもなく、彼女はマサキに同意するようにうんうん頷いている。
「俺もそう思う」
「マサキさん、辛かったのね。でも、もう少しだから…」
ミナがマサキの意見に同意したことを皮切りに、まるで小鳥達のさえずりのように、スミエやジュンも同調する。マサキは照れているのか、分からないが「分かってくれて嬉しいです」と微かにはにかんだ。
「カヨちゃんもそう思うよな」
「あ。は、はい。え、えっと?」
一人ぽかんとしていたところ、ジュンに話しかけられ、びくっと体を震わせる。
「マサキさんの気持ち、分かるよな」
「あ、ええ、ええ」声がどもる。「恋人さんも、マサキさんが同じ場所に来ることを待っているのかもしれません」
本心では、理解できなかった。恋人に裏切られたことは悲しいことに違いない。が、衝動で殺めてしまうなんて…そして、そんな相手に再会するため、死のうと思うなんて。到底理解できる気がしなかった。
そんな私の歯に衣着せた言葉を聞いて、マサキは「ありがとうございました」と、小さく息を吐く。
「私の話も終わりです。さあ。あと少しで着きますよ。降りる準備をしてください」
心に生まれたもやもやとした感情をそのままに、私と自殺志願者四人を乗せた車は、目的の場所に到着しようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる