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第二章 実行
五
しおりを挟むマサキがロープの取り付けに入る。
彼以外のスミエ、ジュン、ミナは各々くつろいでいるというのか。彼の準備の様をぼうっと眺めている時もあれば、床に目を向けてじっとしている時もある。
そんな彼らの様子を見ていた私だったが、心の中には、もやもやとした、表現しにくい感情が現れては消えていた。
——死ぬなら死ぬ。心に決めて臨まないと、後悔しますよ。
先程のマサキの言葉が、頭の中で反芻する。
私は死ぬために、ここに来た。
しかし、私は「死ぬ」ということを、きちんと理解できているのだろうか。
死後の現世についてはミナ同様に興味がある。可能であればその世界を見てみたいところはある。
しかし、そんな考えを持つミナは、マサキに強く否定された。確かにそういった考えを持つこと自体、この世に未練があるように思えてくる。でも、そうなると自分にも、心の奥底に「死にたくない」という思いがあるように思える。それでは、今日こうして彼らと共に死を選ぶこと自体、懐疑的にも思える節がある。
ただ。だからといって、「じゃあやめよう」とはならないものだった。今日に至るまでに、日々強まった自らの想いは、初対面の人間の放った、たった一言で打ち壊されるものではなかった。
それでも、彼の言葉は強く、心に響く。
ふと前を見ると、ミナと目が合った。彼女はハッとして、顔を床に向ける。彼女もそうなのだろう。だからこそあれだけ言われても帰ることなく、ここにそのまま居座っている。
「お待たせしました。準備が整いましたよ」
マサキが大きな声でそう告げた。天井を見ると確かに、五つのフックにロープがしっかりと取り付けられている。
視線を下へ。そこには大きな輪。
後はあれに首を入れ、ぶら下がる。
それだけで、終わり。
そう、それだけの話なのだ。
それほどまでにあっけないもの。
それだけで、私の一生は終わる。
「えーっと」マサキは四人の顔を順々に見た。「一応、誰がどの位置になるのかは、決まっています」
一同、彼の言葉に耳を傾ける。
「私が黒板に一番近いロープを。それから時計回りに、カヨさん、ミナさん、ジュンくん、スミエさんの順に、机に乗ってそれぞれロープの前に立ってください」
マサキが机の上に乗り、ロープの前に立つと同時に、全員彼同様動き出す。私も、所定の位置についた。
そうして、全員の配置が完了した。マサキが真ん中の机の列、ミナと私が入り口に近い右の机の列、ジュンとスミエが窓側、左の机の列に立っている。
これからロープを首にかけ、机と机の間に飛び降りる。ロープは意外と長く、ロープの大きい輪に首を入れ、ぶら下がれば、足が少し床から浮く程度になりそうだ。
ロープを触る。ざらざらとした感触。これが首に食い込み、宙ぶらりんの状態になる。そうすれば、数秒後には、ここにいる全員が。
死ぬ。
「カヨちゃん」
「へ?」
スミエに声をかけられた。床に向けていた頭を上げると、彼女だけではなく、皆が自分を見ていることに気がついた。
「ど、どうされましたか」
「どうもこうも。カヨちゃんが『はぁ、はぁ』なんて荒い息遣いになったから、心配になっちゃって。ねえ?」
スミエは周囲に目配せをする。他の三人も、それぞれ頷いている。
「あ…ごめんなさい」どうやら死を目前にして、無意識のうちに緊張していたようだ。
「大丈夫だよ、カヨちゃん」ジュンが、柔和な表情を浮かべて呼びかける。「あっという間の話さ。すぐに終わるよ」
「そうそう。それに、死は平等なんです。苦しいとしても、皆同じように苦しいんです。カヨさんだけ特に苦しいとか、そんなことは無いんですよ。ジュン君の言うとおり、安心してください」
ジュンもマサキも、フォローにならないフォローを述べる。
この人たちはどうして、そこまで気負わずにこの場に立てるのだろう。どうして、この状況で他人に対して労いの言葉を宣い、微笑みを浮かべることができるのだろう。いくら死ぬつもりだったとしても、皆死んだ経験なんてある訳がないのだ。必ずしも楽に死ねるとは限らないというのに。怖くはないのだろうか。
情けない話だが、私は怖くなっていた。全身から滲み出る汗。死を前にした恐怖。体で、心で感じていた。だからこそ、「安心しろ」「大丈夫」なんて簡単な言葉で言われようとも、素直に受け入れることなんてできない。できる訳がなかった。
しかし彼らはそれをきちんと受け入れることができている。だからこそ、他人をフォローできるだけの心の余裕があるのかもしれない。
それだけの余裕が、今の私には無かぅた。
「では、皆さん。首をロープの輪に通してください」
マサキが一際大きな声を放つ。手汗を衣服で拭きつつ、私は輪に首を入れた。首とロープの間の空間は、現在片掌を入れられる程度。然程の余裕は無い。ロープのざらざらとした感触が、首をくすぐる。
「準備はできましたか」
マサキの声に皆、頷く。しんと静まり返る。
始まる。いや、終わるのか。ああ、どっちだっていい。
「また。あの世で会いましょう」
マサキが言い放ったと同時に、私は息を大きく吸い込み、目を瞑る。それから勢いよく、机の上から飛び降りた。
——さようなら。私。
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