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第二章 実行
十四
しおりを挟む「さて。自分のことを長々と語ってしまうなんて。少し余計なことも話した気もしますが。つまらない話を聞かせてしまい、すみません」
「そんな、つまらないなんて。聞かせてくれてありがとうございます」
マサキは儚げな微笑みを浮かべる。
「そろそろ管理人を呼ばないと。それに後片付けもありますし」
「あの、マサキさん。何かお手伝いをしましょうか」
そんな彼に、私は声をかけた。
「え?」
「だって、お一人でやるには少し大変かなって」
そう言うと、彼はぽかんとしつつも私を見つめた。綺麗な顔に、澄んだ薄茶色の瞳。なんだか恥ずかしくなって、私は目線を下方へと逸らした。
「あ、あのですね。私、家はあるんですが、電気もガスも水道も、全て止めてきちゃっていて。今、家に帰っても何もできないし。今日はどこか、ビジネスホテルにでも泊まろうかなって思っていたんです」
「あ、ええ」
「それにこの時間なら、終電まで電車もありそうじゃないですか。それなら、お手伝いができるなって。それで」
私は一体何を言っているのだろう。何故か、言い訳まがいな台詞が、次から次へと口から出て行く。ちらりとマサキを見る。彼はあいも変わらず、恐らく真っ赤になっているであろう私のことを見ている。
「驚きました」
「え、え?」
「いや、何度も言っていますが。私はジュン君達と、あなたを騙していたんですよ。そんな、相手を手伝うなんて。お人好しというか…優しいのですね」
「そ、そう、ですかね」
「あなたは変わり者ですよ、カヨさん」
それが良い意味でということは、聞かずとも読み取ることができた。
「でも大丈夫です。これからやることは仕事なので。そんな気を遣わずに」
「…そうですか」
少しばかり残念に思いつつも、私はそこで引き下がることにした。無理に手伝うのも迷惑だろうし、そもそもマサキからしても、サイトの運営サイドの人間でもない私に、手伝わせる訳にもいかなかったのだろう。
「さてと…あ、そうだ」
マサキは立ち上がると、何か思い出したようにこくこくと肯いた。
「なんです?」
「最後に一つだけ、お話をしたいことが。カヨさん、あなたのことで」
声のトーンを幾分か落とし、彼は視線を床に落とした。
「なんでしょう」
声が上擦りつつも訊くが、彼は中々言うことをしない。自ら話題を振ったが故に、話したいことはあるに違いないのだろうが。
「何か言いにくいことなんですか?」
失礼とは思いつつも、催促をしてみる。彼は眉間に皺を寄せると、「いや」とかぶりを振った。
「やっぱり、なんでもありません」
「えっ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔の私に、「すみません」と彼は誤魔化すように入り口を指差した。
「お帰りは気をつけてください。いくら駅から近いと言えども、この時間、この辺りは人気が少ないですからね」
彼の様子は少々不審ではあったが、どうしてか、その時点での私は、それを掘り下げることをしなかった。
「…分かりました。それであれば、私はここでお暇させていただきますね」
「はい。お疲れ様でした」
マサキは微かに言い淀みつつも、それだけ言って理科準備室へと入っていった。
変な空気になったまま、一人その場に残された私。暗い廃校の理科室というロケーションに、今更ながら身震いする。
そこで思い出したかのように、鼻の中へとその臭いが入ってきた。床に撒き散らされた、ミナの糞尿から出る悪臭である。
「…う」
声が漏れる。意識すると、すごい臭い。私は学生の頃理科の実験でアンモニアを嗅いだ時のことを思い出した。理科室にいるからだろうか。あれもツンとした強い臭いだったが、それ以上だ。私達はこんなところで、今の今まで話し合いをしていたのか。やはり皆、この非日常におかしくなっていたのだろう。
早く帰ろうと、鼻をつまみつつ、私は入り口に歩みを進めようとした。
その時だ。
それに目が留まった。
私はそれに近づき、両手で持つ。
ロープだった。それも、ミナが首にかけたもの。ジュンが机の上に置き、そのままになっていたものである。
このロープ。実は、先程皆で話しているその時、どこか違和感のあるものだった。
三百六十度見回した後、千切れた両端をそれぞれ両手に持ってみる。スミエはあまりにも焦って鋏で千切ったのだろう、切り口は互いが合いそうにない程に、ぐしゃぐしゃになっている。
それを見た時、私の頭の中に衝撃が走った。
そうだ。
あの時感じた、違和感。
あれは、そうか。
これだったのか。
逸る胸の鼓動。手を当てつつも私はそのロープを持ち、マサキのいる理科準備室へと入っていった。
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