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第三章 思惑
九
しおりを挟む三年前のあの事故は、夫のせいではなかった。
夫には少々運転が荒いところはあったが、一度も違反はしたことないし、ましてや事故を起こしたことも無かった。故に事故の連絡を受けた時、私は挙措を失う程に気が動転したものだ。
聞けば、彼は仕事からの帰宅途中で自身の車のハンドル操作を誤り、隣の反対車線を走っていた乗用車に衝突したそうだ。運が悪く、即死だった。
しかし後日、それが単なる「ハンドル操作の誤り」では無かったことが分かった。証拠となったのが、ドライブレコーダーの映像である。衝突する直前、彼の車の前に突然、若い女が飛び出してきていた。夫は彼女を避けるために、慌ててハンドルを切ったのだ。
映像を基に警察が捜査した結果、女はすぐに見つかった。同じ市内に住む女子高生だった。
どうして飛び出したのか。その理由は「急いでいて、車が来ることに気付かなかった」。それが、女の話す言い訳だった。すぐに警察に連絡しなかったのは、「怖かった」からだという。
その答えに、私はいまいち納得がいかなかった。別に、夫の汚名を払拭したいがための感情ではなかった。死角から勢いよく道路に飛び出した彼女の所作を見ると、どうしても彼女は、車が通りかかるタイミングを狙って出てきているように思えたのである。
しかし、たとえ疑義があったとしても、彼女が未成年であること、またドライブレコーダーの映像も故意性を認められる程の証拠にはならず、彼女が逮捕されることは無かった。
つまり、後に残ったのは「夫の死」だけ。無念で悲惨な終わり方をしたのである。
そんな、因縁の相手ともいえる女が今。目の前にいる。目の前で先程頼んだレモンティーを、グラスに刺さった白のストローを咥えて、静かに飲んでいる。
何も面白くもないのに、私は笑いがこみ上げてきた。顔が引きつる。まさに青天の霹靂。心ここに在らず。
「なんたって、ミナちゃんはうちのグループに?」
そんな私とは真反対に、ジュンがミナに訊く。
「マサキさんに誘われたんです」
「マサキさんに?」
「ええ、まあ。そうですね」
「あまり人前で話せないんですけどー。あたし、昔から色々酷い目にあってて。毎日辛くて辛くて。そんな時に、この人から」
「グループは四人まで許されますから。それで、つい」
「突然のお誘いでびっくりしましたー。まあでも、マサキさんイケメンだし。あたし、お金に困っていたし」
そう、快活に笑うミナ。
三年前といえば、彼女は十七歳。当時高校生だった彼女は、何らかの理由から、夫の車の前に飛び出した。
どうする。動悸が激しい。このまま、知らぬ存ぜぬを通すべきなのか。しかしそうなれば、今後もずっと、夫の仇とも呼べる相手と、共に仕事をすることになる。それには我慢ならなかった。
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