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第三章 思惑
十一
しおりを挟むミナに、復讐する。
そうしたところで夫が帰って来る訳ではない。しかし、このまま何も無く、終わらせたくは無かった。
そうはいっても。さて、どうするのか。
ミナと別れてから数日、私はひたすら悩んだ。悩んだが、全くと言っていい程何も浮かばない。心も晴れやかではない。刻々と、時間は過ぎていく。
——言っとくけど、今更この件についてぶり返そうなんて考えないことね。証拠、一切ないもの。
彼女の言葉が、何度も脳内で再生される。オーデコロンの残り香…いや、室内に染みついた煙草のヤニの臭いみたく、それはひどく気に障った。苛々と悲しさが私を襲い、頭痛で頭が割れそうになる。
しかし、妙案の浮かばない今の私に、何ができる。いっそのこと警察に駆け込むか?それも違う。ミナの言うとおり、明確な証拠は何もないのだ。
悩みに悩んだ挙句、元凶を消し去るほか無いという結論に至った。つまりは、彼女を殺害するということである。
でもその結果、逮捕されたくはなかった。私は元々彼女が怠った贖罪を、代わりに行うだけである。つまり罪ではなく、「正当な行為」なのだから。
ただ、そんな理由が、他人に通用するとは思えない。故に、客観的に見て「私がそれをした事実」が分からなければ良いのだが、人を殺したこともない素人の私の頭に、良いやり方なんて、浮かぶわけがなかった。
やはり、私は何もできないのか。今後はあの憎い女と共に、自殺のフリをしていくことしか…
——自殺のフリ?
待てよ。
今の私だからこそ、できるかもしれない。
私は焦る指でスマートフォンを操作し、ブラウザで画面を表示させた。
人生やりなおしっ子サイト。これを使えば、怪しまれずに彼女を殺害することができるのではないか。
そうして考えついたのが「自殺用のロープ」を使った、自殺に見せかけた殺人だった。
普段、首吊り用のロープは前日までに、廃校の理科準備室に置かれる。管理人が人数分置くようである。それを前日、マサキがチェックする。
そのうちの一つがターゲットのもの。その他が私達のもの。ターゲットと私達のロープが混ざらないよう、誰がどれを使うかは決められており、全てに切れ込みが入っている。
前日の夜。マサキが廃校から去ったのを見送った後で、私は廃校に忍び込んだ。そうして一つ…ミナの使うロープの切れ込みを、強接着力のある接着剤を使い、少し補強する。
ただそれだけのこと。それだけで、彼女が死ぬ可能性は格段に上昇する。
もし失敗したとしても、チャンスはある。自殺のフリをするたびに、接着剤の種類、量を調整して、それをやれば良い。彼女が自殺するまで、何度も何度も。
懸念はあった。マサキが当日見た時に気付く可能性はあったし、彼女を殺害できた場合、細工を隠すためにも、ロープの切断は私がやらなくてはならない。作業にまごついた結果、マサキかジュンが、交代を申し出ることがあれば、おしまいなのである。
ばれやしないだろうか。大丈夫、元々切れ込みはターゲットに気付かれることのないよう、分かり辛くなっているのだ。この暗がりで、ライトをつけてじろじろ見るなんて、無いだろう。
そうして無事、ミナは死んだ。私の想定どおりの展開になった訳である。…一つを除いて。
「概ね、そうね。あんた達が言ったことは正しい。私は明確に、あの子を殺す意思を持って、殺した。認めるわ」
「スミエさん…」
声が震える。スミエの夫が過去に事故で亡くなったというのは、先日彼女がここに向かう道中に聞いていた話だった。あれが事実であり、その元凶が、昨日亡くなったミナだったなんて。
「あの子が私の夫を殺そうとしたわけじゃなくても、結果的にあの子は、私の愛する人を奪った。だから、復讐した。それだけのことよ」
一同、何も言えなかった。そんな場の雰囲気にスミエは嘆息し、天井を見上げた。
「あーあ、それにしても。いつかはバレちゃうかもって不安だったんだけど。こんなにすぐだなんて、思ってもみなかったわね」そこでスミエは私に目を向ける。「私の失敗はカヨちゃん。あなたがターゲットの時に、あの女の殺害に踏み込んだこと。それね」
スミエの視線から逃げるように、私は思わず俯いた。返す言葉がすぐには見つからなかった。
「…後悔していませんか」
ようやく捻り出したのが、それだった。
後悔。私は己の中で、その言葉がしっくりきた。
皮肉にも、その言葉はスミエがミナに投げかけた言葉だった。
彼女は訝しげな表情をしたが、その後笑顔を浮かべると、かぶりを振った。
「後悔していないわ。あの人の仇をこの手で殺すことができたんだから」
毅然とした彼女の態度に、今度はマサキが椅子から立ち上がり、すたすたと彼女のもとへと歩いていく。
「何?」
「スミエさん」
「え?」
「あなたは、本当に馬鹿ですよ」
目を丸くしたスミエに、マサキはゆっくりと話す。
「ロープの細工なんて、ミナさんが亡くなったら誰でも目がいくところじゃないですか。いつかは、なんて。ミナさんが気付かずとも、すぐにバレるに決まっているのに」
口をつぐむ彼女に、マサキは続ける。
「きちんとした判断ができればそんなこと、分かっていたはずです。それに、復讐なんて。もっとスムーズなやり方があったんじゃないですか」
「…」
「残念です。本当に」
彼はそう言ってスミエを一瞥すると、手を顔に当てた。
やったらやり返される。逆にやられたらやり返す。それは至極もっともな内容であって、彼女は単にそれをしただけのこと。
だからといって、彼女の旦那さんが生き返る訳じゃないのだ。結局のところ、虚しいだけ。起こってしまったことは変えられやしない。彼女の夫が帰ってくることはない。残酷ではあるが、それは変えようのない、事実なのだった。
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