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第五章 望み

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 ぎぎ、ぎりぎりぎり。
 縄状のロープが首に絞まっていく音と感覚、そして臭い。慣れることなんて無い。わずかに差し込む光に照らされた、薄暗い部屋で私は一人息を荒げた。
 昨夜のこと…カフェでカヨから糾弾されてから、私は彼女の家を訪れた。『自首したい』。そう話すと、彼女はすんなりと玄関の扉を開けた。
 部屋に入った瞬間、後ろを向いたカヨの首にロープをかけ、渾身の力で締め上げる。…駄目だ。忘れたいのに、今でもしっかりと思い出せる。吐き気が自らを襲う。急いで洗面所に向かい、洗面台に突っ伏した。
 じゅわりと、胸の辺りが焼けるような熱さ。そのすぐ後で口内に苦味が広がり、黄色い泡ついた液体を吐き出した。胃液だ。
 喉が痛い。気持ちが悪い。よろよろと口と手を洗う。タオルで水を拭っている最中、鏡の中の自分自身の姿が目に留まった。
 まだあれから数時間しか経っていないのに、数年は老けたように顔色が悪い。そこにいる私は、私のようで私ではなかった。
「はあ…」
 カサついた唇から、無自覚に吐息が漏れる。心が落ち着かない。そのまま、覚束ない足取りで洗面所の扉を閉め、ベッドへと向かった。

 どうして、こうなってしまったのだろう。

 カヨを殺害した日の夜。遺体を片付けた後、念のために持ってきておいた彼女の携帯電話を見ると、そこには「マサキさん」と表示されていた。メールが届いていたようだ。
 タイトルは『昨夜の件』。恐る恐る開封する。
『こんばんは。昨夜お話しした件ですが、スミエさんを騙す役目を、やはりカヨさんにお願いすることになりそうです。お忙しいところかと思いますが、明日の午後六時に、あの廃校に来ていただけませんか。よろしくお願いします』
「は?」
 昨夜の件?
 …と、呆けたのは数秒間のみだった。そういえば、マサキとカヨが私の話をする直前、何やら話をしていた。確か、そうだ。ミナとかいう女を殺した犯人について…スミエが濃厚だとかどうとか、そのことだろうか。
 なるほど。そこで私は一つ理解した。明日の夜にスミエを呼び出し、なんらかの方法により彼女に罪を認めさせる。そういうことに違いない。
 しかしこれには困ったものだった。カヨは既に死んでいるのである。明日の夜に、彼女が廃校に行くことはできない。
 どうすれば、良い。
 もしもカヨが来ないと分かれば、マサキはどうするだろうか。確か彼…いや彼らだろうか。彼らは、カヨの住所や本名について知っている。このまま音沙汰が無ければ、彼女の身に何か起きたと少なからず考えるだろう。そうなると、彼女が何者かに殺されたことにも気がつくはず。
 そして。こめかみから流れてきた冷や汗を指で拭いとる。私がその犯人であることにも、このマサキという男は気がつくに違いない。なんたって、母を殺害したことにも勘付いた程だ。その可能性は高い。
 もしそうだとすれば。想像は悪い方向へ一直線に進んでいく。ミナの遺体を埋めたあの山奥にカヨの遺体がある以上、彼らがカヨの遺体を公に曝すことは考えにくい。そのため警察に頼ることなく、自分達で動くことになるだろう。
 そうした結果、彼らに私が捕まったら。警察のように、ただ逮捕されるに留まらないかもしれない。
 殺される?
 あり得る。ミナを殺害したのはスミエ…かもしれないため、彼ら自身が人殺しをするとは思えないが、そもそも非合法なことをしているのだ。そこまではいかないとしても、何をされるか分かったものじゃない。
 しかしそれなら、どうする。
 アイデアは、その後すぐに浮かんだ。しかしそれは一か八かの勝負、そう言っても過言ではなかった。
 私が。
 私がカヨの代わりに廃校に行けばいいのではないか。
 私とカヨは双子の姉妹だ。昔から瓜二つと言われる程に、外見や声が似ている。電気が通っていない、大した光源もなさそうなあの廃校なら、マスクでもしていけば、バレずに済むのかもしれない。
 不安は過大にあった。明日の夜にあの場所に行くのであれば、役割を全うしなければならない。盗聴した内容の通りであれば、スミエを騙すという役割が。
 彼女と会う前に、サトシからしっかりと話を聞いておく必要があった。
 多少、詳しく教えてもらわねばなるまい。しかし聞き過ぎれば、彼らに疑念を抱かせる原因にもなってしまう。要は程度が肝心である。
 できるのか。
 いや、やらなければならない。
 今の私には、その選択肢より他は無かった。
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