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第五章 望み
七
しおりを挟む煙草を持たせたカヨの遺体を再度埋め直し、帰路に着いた私は、そのまま風呂にも入らずベッドに入った。
そうしてから、はや一週間が経過しようとしていた。その間、テレビのニュースでは件のことが大きく取り上げられていた。『奥多摩の奥地にて、二人の女性の遺体を発見。容疑者らを逮捕』。大見出し画面には、ミナとカヨの写真、そしてサトシ、タクヤ、スミエの顔写真が映っている。
どうやら、私の思惑どおりに事は進んだと言える。
しかし、心のざわつきが落ち着くことは無かった。
サトシとスミエは、少なくとも私の名前を知っているのだ。カヨの話に出てきただけだとしても、彼らの取り調べから、私という存在があぶりだされる可能性もある。
それに、今回の件は事前に計画して行ったものとは言い難い。私も知らないうちに、自分につながる証拠を現場に落としてしまっている可能性もある。それを、警察が見つけてしまっていたとしたら。
どうして、こうなってしまったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
三ヶ月前。カヨのパワハラ上司の愚痴を聞いたことか。
彼女の転職活動を手伝ったことか。
実母に助けを求め、結果として殺害したことか。
自分を守るために、カヨを殺害したことか。
いや。それらの「どれか」ではない。「どれも」がだ。
そのどれもが、私をこうして不安の渦に陥れているのである。
その日、仕事から帰った私は、自宅マンションの駐車場に車を停めると共に、髪留めを取った。がしゃがしゃと髪を掻きつつ、溜息をつく、
エンジンの切れた車内。静かだ。ざわつく心にはうってつけだった。外の、この時期特有の鈴虫の鳴き声も聞こえない。
しかし。落ち着いて考えてみろと、心の中の私が言う。母を殺害した際も今と同じ気持ちになったが、結局のところそれが白日の下に晒されることは無かったのだ。
今回もそう。私のしたことが公になることは無い。
大丈夫。わかるはずがない。分かるはずがないのである。強くそう言い聞かせ、車を出て自宅に着く。仕事着から部屋着に着替えた。部屋で一息つくと同時に、甘いものが食べたくなった私はふと、お菓子のストックを入れる箱の中にあるそれに目が留まった。
私はそれを手に取る。ピンク色の可愛くデコレーションされた箱。廃校でサトシが別れ際にくれた、高級ブランドのチョコレート。貰った直後は何となく忍びなくて、手をつけられなかったものだった。
おもむろに、箱を開ける。中には一粒大のチョコレートが九つ、整然と並んでいる。ごくり。唾が自然と出た。
一つ、私は手に取った。箱に入っていた説明書きを見るに、それはミルクチョコレートらしい。迷うことなく、それを口に入れた。甘さと、ほんのりミルクの風味が鼻腔に漂う。美味しい。それが喉を通ると、食欲は少しばかりおさまった。
それから追加で二粒。その後、箱を元あった場所にしまうと、ふうーと深い息を吐き、私は目を閉じた。
両手を胸の前で交差させ、そのまま両肩を持つ。子どもの頃からやってしまう、自らを落ち着かせるためのまじないのようなもの。数分間その姿勢を保ち、静寂に身を任せる。
不安は完全に払拭できるものではない。しかし、今、ここで何をしようが、変わるとはないのだ。そう考えるだけでも、今の私には十分だった。
「よし」
ひとまずはシャワーでも浴びて、気を紛らわすことにする。バスルームに体を向けた、まさにそれと同時だった。
不意に足の力が抜けた。膝から、床の上に派手に転ぶ。痛みはあったが、息苦しさにその痛みは掠れた。その苦しさによる緊張は、次第に喉の他にも広まっていく。
息苦しい。必死に息を吸おうと喉に力を入れるが、まるで喉に栓がされているかのように、息を吸うことも、吐くこともできない。
「う、ううう」
苦しさ痛みへと変わり、胸、腹、腕、脚、体の各部位でそれは激しさを増す。声にならない声が出る。意識が朦朧とする中、先程食べたチョコレートの箱が床に落ち、中身が散らばっていることに気がついた。
「あ、あ…?」
あの中に、毒が?
渾身の力で手を伸ばす。しかし、その手も自分のものじゃないかのように、感覚がなくなってきていた。
まさか、サトシが毒を入れたのだろうか。
そうか。だから彼らは二日前、自分達の行いが暴かれたというのに、私をそのまま返したのだ。いずれ、私がチョコレートを食べ、勝手に死ぬことを分かっていたから。
…死ぬ?
そう、死ぬ。そこでようやく脳裏に、その言葉がはっきりと浮かんだ。
私は死ぬのだ。
あっさりと。誰にも知られることなく。
嘘だ。私にはまだ、未来がある。嫌だ、嫌だ嫌だ。私はまだ死にたくない。ひゅーひゅーと、風が掠れたような音が聞こえる。それが自分の喉から出ているものと理解した時には、既に空気を吸うことすらもままならない状態だった。
まだ私は、生きたい。
やりたいことも、沢山あるのに。
そんな私の願いが、叶うことは無く。
「あ」
伸ばした手は、完全にぱたりと床に落ちた。
「カ…」
カヨ。
最後にぼんやりと、その名前が浮かんだ。
因果応報か。やられたらやり返される。彼女の人生を踏み台にして生きようとした、その報い。そうとでも言いたいのだろうか。
今回の一件について、私の行なった行為について、先立ってあの世にいる彼女は知っているのか。
もしもそうだとしたら、私のことを憎んでいるのだろうか。
今、こうして苦しむ私を見て、満足しているのだろうか。
そうに違いない。もしも私が彼女の立場だったら、私を殺したい程憎むだろうから。
しかし、それは後で考えれば良い。
これから私も、彼女と同じ場所にいくことになるのだ。
もしも…もしも、そこでカヨと再会できるのであれば、今回の一件について、謝りたい。そうして許してもらえるのであれば、今度こそ本当の意味で、彼女の助けに成れる存在になりたい。
それだけが、死にゆく私の最期の望みだ。
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