蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第三章 秘密とカクテル

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「知らなかったぞ」
 タクヤとゴッチを見送った後で、太田原は感心…いや、冷やかしも含んだ口ぶりだが。彼は中津の肩を叩いた。
「何がです?」
「お前、そっちにも詳しかったんだな。動画配信だっけ?」
 太田原の言葉に、中津は首を振った。
「いや全然。彼らの動画も、彼らのこともさっき知りましたし」
「え、そうなのか?」
「さっき太田原さんが二人に話してる時に、スマホでちょちょいと」
 中津は自分のスマホの画面、先程の若者達がうつるサムネイルの一覧を太田原に見せる。ははあと太田原は嘆息した。
「ああでも言わないと、彼らみたいな若者は拡散するだろうと思いまして。公権力に負けるか!的なね」
「確かにそうだな」太田原は煙草の火をつけた。「でも、あんな奴らが動画で何言おうが、話半分に流されて終わるんじゃねえかねえ」
「いや、最近は一般人がインフルエンサーになり得ますから。意外と侮れないもんですよ」
「は?」
「チャンネル登録者数、百万超えてます。真面目に有名な奴らだったみたいです」
「その、チャンネルってなんだよ」
「うーん、なんていうか。その人の動画がある番組みたいな感じですかね。テレビでいうNHK、日テレ的な。彼らの動画をいつも観たいって思っている人の数ですよ」
「ついていけねえな」
 肩をすくめる太田原。前時代的な考えの彼に、今の若者世代の事情を話しても理解はできるわけがない。かく言う中津も太田原に言ったように、詳しいわけでもない。暇を持て余した時に観る程度である。
 しかし、それでもチャンネルに再生回数、その辺りの概念はなんとなくわかる。もしかすると、彼らの力を頼る時がこの先あるのかもしれない。中津はぼんやりと思った。
「それよか」太田原は携帯灰皿にタバコをすりつぶして入れた。「なんだかんだ、情報を手に入れたわけだ」
「ええ。異性ってことは、恋愛感情のもつれが一番あり得ますが」
「身元がわかりゃ、自ずと犯人像を絞り出せそうだ」
 太田原がそう言うも、中津は考えこむように眉間に皺を寄せる。
「どうした?」
「実は少し気になることが」
「気になる、って。何がだ」
「いや。あの、彼…タクヤ君が見た犯人って、フードをしていた訳ですよね。あれ、どうしてなんでしょう」
「顔を隠すつもりだったんだろ。タクヤなんとかが言っていたとおり」
「そこです」
「そこ?」
「顔を隠すのにフードって、選びますかね」
 一体中津が何を言っているのかわからず、太田原は首を傾げる。中津が詳しく説明する。
「フードって被るとわかりますけど、顔を動かしても左右と後方がよく見えなくなるでしょう。死体の遺棄なんて、ただでさえ周りがきになるでしょうに。どうしてフードなんて」
「用意がなかったんだろ」
「予め殺すつもりだったのなら、覆面ぐらい用意しても良かったと思うんですが」
 そうして唸る中津に、太田原はため息をつく。
「そんな大事なことか?犯人がフードを被っていた理由なんて」
「いや、わかりませんけど。…すみません、気になるレベルってだけです」それだけ言うと、中津はかぶりを振る。「ちなみに、タクヤ君の身辺は、どうしましょう」
 まだ彼にはやってもらうことがある。犯人候補が定まった時に、犯人の人相確認に、目撃者である彼の記憶は参考になる。もちろん一般人の記憶だけを証拠に立件などされるわけがないが、その後重点的に調べることで、本物の犯人として炙り出すことができるかもしれないのだ。
「住所は聞いただろ。本部に共有して、どうなるか…とはいえまあ大事な目撃者だ。一定の間は守ってやるべきって話になるだろうよ」
 だからこそ、彼へと犯人を辿り着かせてはなるまい。まさしく、先程の会話のとおり最悪の結果となるかもしれないのだ。
「ひとまずは、おっと…」
 そこで太田原は、自分のポケットに入れていたスマホが震えていることに気がついた。耳にあて、何やら話していると、みるみるうちに彼の表情が固く、強張っていく。
「どうしたんです」
 電話が終わったところを見計らって、中津は彼に声をかけた。太田原は気難しそうな表情で「参考人が現れたらしい」と一言。
「参考人?」
 一体誰だ。まさか犯人が自首を?中津の心に渦巻く疑問らを払拭すべく、太田原は次のとおり言った。
「参考人は、被害者の母親だと」
「母親ですって?」
「今、遺体を保管している病院に向かってるそうだ」
「俺達も行きましょう!」
 かけ出す中津を追いかける形で、太田原もまた全速力で駆け出した。
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