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第六章 さよならと笑顔
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しおりを挟むちょっとした火遊びのつもりだった。
しかし火遊びは時に始末に負えなくなる。煙草の消し残しがそうであるように、火は瞬く間に対象を覆い尽くし、それからそれが燃えかすになるまで、じっくりと焼きつくす。加えて燃えかすになった後も、燃え跡として遺る。
俺は、そうならないと思っていた。
正直、きちんと対策をしているわけではなかった。すべては千帆との口約束。今が良ければ良いという若者と同じ感覚のまま、情欲を貪り続けた。
結果がこれだ。
どうにかして、理乃をここから追い出さなければならない。会社を辞めさせてさえしまえば、どんなに声を張り上げようがそれは負け犬の遠吠えなのだから。
だから、理乃と辻が交際していることを偶然知った時には、内心使えると思った。
少し前から、理乃が辻を気遣っていることは知っていた。あれは恐らく、辻が千帆のようになってほしくないが故の行動なのだろうと思っていた。
だから、居酒屋から二人で出てくる姿を見て、ここまで発展しているなんて思ってもみなかった。
辻は優しい奴だった。ただ、コミュニケーション力は少し不足していて、真面目で世渡り上手ではなかった。俺がそう思うくらいだ、当然師崎も思っていたに違いない。故に、千帆の代わりが辻になるのは必然でもあった。
俺は若手職員の美沙、杏奈のデスクに、その情報を書いた付箋を貼った。効果はすぐに出た。
噂はすぐに広まった。会社は狭い世界であり、娯楽に飢えた世界ともいえる。特に色恋沙汰は誰もが経験しているだけあって、好奇心が湧くものである。
案の定、師崎の辻へのあたりは強くなった。弱者と決めつけた相手が、狙っていた女とよろしくやっているのだ。面白いわけがない。
そんな男が相手ならと、男性社員の理乃のセクハラ紛いな冷やかしも多くなった。あわよくばだなんて、馬鹿な考えだ。しかしそれでも彼女を追い込むにはちょうどいい。
それまで彼女と仲良く話していた女性社員も、荒らしに巻き込まれないよう自然と距離を置きはじめた。
良いぞこの調子だと、俺はほくそ笑んでいた。
しかし、そんな雰囲気はすぐに終わりを告げた。無論、終わらせたのは理乃である。そのために使ったのが、総務課長の相坂だった。
俺のグループで彼が出席する会議があった。場所を調整したのは理乃だったのだが、彼女は相坂を、俺達と同じフロアにある会議室に来させた。そうすることで、師崎がパワハラをしている状況目の当たりにさせたのである。
塩をかけたナメクジのように、弱々しくなった師崎。徐々に元気を取り戻す辻。それを皮切りに、辻と理乃の関係性については、とやかく言う者が減っていった。火のないところに煙は立たないとは、よく言ったものだ。
七月に入ると、もはや誰もが頭の中で「そういうこともあった」程度の感覚でしか無くなっていた。
喫煙所で、顔色が良くなってきている辻の姿を見ると、苛々と焦りを感じた。俺のやったことに影響はないように思えた。
「一体誰だったんだろうな、噂の出所は」
神妙な顔つきでそう口にする阿呆に、俺は「まあ気にするな」と心にもない言葉を投げかけた。
いや、その言葉は俺自身に対するものだったのかもしれない。秋には子どもが産まれるのだ。妻も、最近は体が重くなってきたと辛そうにしている中で、既に終わったことにいつまで囚われているのだろう。もう千帆のことは忘れて——そもそも理乃がいなければ、忘れていたような存在である——自分の、家族のことを考えるべきなのだと。
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