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業
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硬質な皮膚が裂け、制服が破れ、彼の身体はみるみるうちに異形の怪物へと変貌していく。それは、ガマのような粘液質な妖ではなく、洗練された、しかし悪意に満ちた、西洋の悪魔を思わせる禍々しい姿だった。
彼の体は、黒い甲殻と無数の鋭い触手に覆われた、人型の影となった。
小松だった怪物は、その冷たい、響き渡る声で、恐怖に竦む静と一刀、そして地を這う松本に向かって語りかけた。
「業(ごう)というものを知っているか?」
その声は、かつての冷静な巡査の声とは比べ物にならない、深淵の底から響くような音だった。
「お前たちが罪だの穢れだのと呼ぶ、その暗い情念だ。人は、多かれ少なかれ、その業を背負った生き物だ。松本、お前の中にある私欲で弟の復讐を果たすという歪みも、その業の一つ」
怪物は、静かに触手を揺らめかせた。
「我々(アクマ)は、それを糧として食らい、力を増す生き物だ。源兵衛のような強欲も、お前たちの抱く復讐心も、全て我々の糧となる」
その視線は、静と一刀、そして松本の三人を冷徹に見つめる。
「そして、その業(ごう)は、積み重なれば、やがて国を覆うほどの大きな難儀と生まれ変わる。そうなれば、我々アクマは、この国(日の本)全体を更に肥え実らせる畑として食らうことができるのだ」
小松だった怪物は、静と一刀が守るべき宝の力が、実は人々の負の感情を鎮めていた結界であったことを告げた。そして、彼は、この国の『業』を餌とすべく、静と一刀が目指す次の宝の場所へ向かおうとしていた。
怪物へと変貌した小松は、その異形の体躯を峠道の暗闇に揺らしながら、一刀に向かって冷酷な要求を突きつけた。
「一刀とか言ったな。その光る刀をよこせ。それは、『業』を食らい肥大化する我々にとって、最も邪魔な抑止力だ。さすれば、お前たち二人は見逃してやってもよい。そうすれば、元の生活に戻れるぞ」
小松の言葉は、静の最大の恐怖を突き、彼らの最も弱い部分を抉ろうとする。
一刀は、その挑発的な提案に対し、視線を静へと向けた。静の顔は恐怖で青ざめているが、その瞳の奥には、友を殺され、家族の秘密を知ったことで生まれた揺るがぬ覚悟があった。
二人は、互いの顔を見合わせた。その一瞬の視線の交錯で、言葉にする必要のない、同じ決意を共有した。
そして、声が重なった。
「断る!」
静と一刀の、固く、強い拒絶の言葉が、血と死の匂いに満ちた峠道に響き渡った。
一刀は光の義手を煌めかせながら、怪物を真正面から見据えた。
「俺たちが生きていても、この日本が……この、お前たちが穢そうとしている、綺麗な澄んだ世界が、なくなっちまったら、何の価値もない」
静も、一歩も引かず、その隣に立った。
「わたくしの名誉も、命も、この難儀を止めるためには惜しくない! わたくしは、痩せても枯れても長崎奉行の娘です! この国の『守り人』として、一刀、あなたと共に行く!」
松本を道具として使い捨て、弟の願いを嘲笑い、人間としての業を糧とする小松の理不尽な悪意は、ついに二人の守り人としての魂を、完全に覚醒させたのだった。
「断る!」という二人の言葉に、小松だった怪物は、わずかにその異形の顔を歪ませた。それは、侮蔑と同時に、予想外の抵抗に対する苛立ちだった。
「くだらない感情で盛り上がるのも結構。それで、我々に勝てるとでも思ったか!」
小松の身体から、黒い針状の触手が猛烈な速度で一刀めがけて飛び出した。それは、静と松本の手下を瞬殺した、業(ごう)を糧とする悪魔の武器だ。
一刀は、静を背後に庇いながら、光の義手を盾にして立ち向かった。
金属のぶつかり合う音。火花が散る。
黒い触手と、虹色に輝く神具の刀(義手)が激しくぶつかり合う。一刀は、もはや光の速さで動く触手を完全に目視することはできない。彼は、守り人としての本能と、義手から伝わる神具の意思に頼って、間一髪で斬撃を受け流し、時には触手を断ち切る。
しかし、小松の力は圧倒的だった。一刀の防御は徐々に追い詰められ、彼の着物には鋭い触手の斬り傷が増えていく。
「くっ……!」
一刀は触手の一撃を腹に受け、体制を崩した。
その隙を見逃さず、小松の触手が再び一刀の喉元へと迫る。
その時、血塗れになった松本巡査が、地面を這いながら、小松の背後へと回り込んでいた。彼は、小松によって弾き飛ばされた自分の刀を拾い上げ、失った左手首を制服の切れ端で荒々しく止血していた。その顔は蒼白だが、弟の仇を前にした復讐の炎が、その目を爛々と燃やしていた。
「まだ終わりじゃねえぞ、テメェ!」
松本は、呻き声を上げながら立ち上がると、小松の異形の背中めがけて刀を突き立てた。彼の動きは、先ほどまでの神道無念流の鋭さはない。それは、ただの憎悪と絶望が乗った、渾身の一撃だった。
刀は、小松の黒い甲殻に阻まれたが、その衝撃で小松の触手の動きが一瞬鈍った。
「貴様……! まだ生きていたか、役立たずの餌が!」
小松は怒りを露わにし、松本に向けて触手を叩きつけた。松本は、それを間一髪で避けるも、反撃の力は残されていない。それでも松本は、弟の願いを嘲った悪魔に、体力が尽きるまで食らいつこうとしていた。
一刀と松本。二人の男が、それぞれの理由とそれぞれの武器で、圧倒的な悪魔の力に立ち向かう。
静は、その壮絶な死闘の様子を、一歩も動けずに見つめることしかできなかった。彼女の手には、武器となるものはない。彼女の口から出るのは、助けを求める言葉でも、悲鳴でもなかった。
静は、必死に両手を組み、目を閉じ、ただただ祈った。
(お願いします……! 千代、綾さん……そして、この日の本に安寧を! 難儀の毒に、この世界を奪わせないで!)
その祈りは、奉行の娘として代々守ってきた結界の力、そして彼女自身の守り人としての覚悟を、光の短刀へと送る微かな導管となっていた。静の無力な祈りが、峠道の空気中を震わせ、一刀の光の義手に、新たな力を与えようとしていた。
彼の体は、黒い甲殻と無数の鋭い触手に覆われた、人型の影となった。
小松だった怪物は、その冷たい、響き渡る声で、恐怖に竦む静と一刀、そして地を這う松本に向かって語りかけた。
「業(ごう)というものを知っているか?」
その声は、かつての冷静な巡査の声とは比べ物にならない、深淵の底から響くような音だった。
「お前たちが罪だの穢れだのと呼ぶ、その暗い情念だ。人は、多かれ少なかれ、その業を背負った生き物だ。松本、お前の中にある私欲で弟の復讐を果たすという歪みも、その業の一つ」
怪物は、静かに触手を揺らめかせた。
「我々(アクマ)は、それを糧として食らい、力を増す生き物だ。源兵衛のような強欲も、お前たちの抱く復讐心も、全て我々の糧となる」
その視線は、静と一刀、そして松本の三人を冷徹に見つめる。
「そして、その業(ごう)は、積み重なれば、やがて国を覆うほどの大きな難儀と生まれ変わる。そうなれば、我々アクマは、この国(日の本)全体を更に肥え実らせる畑として食らうことができるのだ」
小松だった怪物は、静と一刀が守るべき宝の力が、実は人々の負の感情を鎮めていた結界であったことを告げた。そして、彼は、この国の『業』を餌とすべく、静と一刀が目指す次の宝の場所へ向かおうとしていた。
怪物へと変貌した小松は、その異形の体躯を峠道の暗闇に揺らしながら、一刀に向かって冷酷な要求を突きつけた。
「一刀とか言ったな。その光る刀をよこせ。それは、『業』を食らい肥大化する我々にとって、最も邪魔な抑止力だ。さすれば、お前たち二人は見逃してやってもよい。そうすれば、元の生活に戻れるぞ」
小松の言葉は、静の最大の恐怖を突き、彼らの最も弱い部分を抉ろうとする。
一刀は、その挑発的な提案に対し、視線を静へと向けた。静の顔は恐怖で青ざめているが、その瞳の奥には、友を殺され、家族の秘密を知ったことで生まれた揺るがぬ覚悟があった。
二人は、互いの顔を見合わせた。その一瞬の視線の交錯で、言葉にする必要のない、同じ決意を共有した。
そして、声が重なった。
「断る!」
静と一刀の、固く、強い拒絶の言葉が、血と死の匂いに満ちた峠道に響き渡った。
一刀は光の義手を煌めかせながら、怪物を真正面から見据えた。
「俺たちが生きていても、この日本が……この、お前たちが穢そうとしている、綺麗な澄んだ世界が、なくなっちまったら、何の価値もない」
静も、一歩も引かず、その隣に立った。
「わたくしの名誉も、命も、この難儀を止めるためには惜しくない! わたくしは、痩せても枯れても長崎奉行の娘です! この国の『守り人』として、一刀、あなたと共に行く!」
松本を道具として使い捨て、弟の願いを嘲笑い、人間としての業を糧とする小松の理不尽な悪意は、ついに二人の守り人としての魂を、完全に覚醒させたのだった。
「断る!」という二人の言葉に、小松だった怪物は、わずかにその異形の顔を歪ませた。それは、侮蔑と同時に、予想外の抵抗に対する苛立ちだった。
「くだらない感情で盛り上がるのも結構。それで、我々に勝てるとでも思ったか!」
小松の身体から、黒い針状の触手が猛烈な速度で一刀めがけて飛び出した。それは、静と松本の手下を瞬殺した、業(ごう)を糧とする悪魔の武器だ。
一刀は、静を背後に庇いながら、光の義手を盾にして立ち向かった。
金属のぶつかり合う音。火花が散る。
黒い触手と、虹色に輝く神具の刀(義手)が激しくぶつかり合う。一刀は、もはや光の速さで動く触手を完全に目視することはできない。彼は、守り人としての本能と、義手から伝わる神具の意思に頼って、間一髪で斬撃を受け流し、時には触手を断ち切る。
しかし、小松の力は圧倒的だった。一刀の防御は徐々に追い詰められ、彼の着物には鋭い触手の斬り傷が増えていく。
「くっ……!」
一刀は触手の一撃を腹に受け、体制を崩した。
その隙を見逃さず、小松の触手が再び一刀の喉元へと迫る。
その時、血塗れになった松本巡査が、地面を這いながら、小松の背後へと回り込んでいた。彼は、小松によって弾き飛ばされた自分の刀を拾い上げ、失った左手首を制服の切れ端で荒々しく止血していた。その顔は蒼白だが、弟の仇を前にした復讐の炎が、その目を爛々と燃やしていた。
「まだ終わりじゃねえぞ、テメェ!」
松本は、呻き声を上げながら立ち上がると、小松の異形の背中めがけて刀を突き立てた。彼の動きは、先ほどまでの神道無念流の鋭さはない。それは、ただの憎悪と絶望が乗った、渾身の一撃だった。
刀は、小松の黒い甲殻に阻まれたが、その衝撃で小松の触手の動きが一瞬鈍った。
「貴様……! まだ生きていたか、役立たずの餌が!」
小松は怒りを露わにし、松本に向けて触手を叩きつけた。松本は、それを間一髪で避けるも、反撃の力は残されていない。それでも松本は、弟の願いを嘲った悪魔に、体力が尽きるまで食らいつこうとしていた。
一刀と松本。二人の男が、それぞれの理由とそれぞれの武器で、圧倒的な悪魔の力に立ち向かう。
静は、その壮絶な死闘の様子を、一歩も動けずに見つめることしかできなかった。彼女の手には、武器となるものはない。彼女の口から出るのは、助けを求める言葉でも、悲鳴でもなかった。
静は、必死に両手を組み、目を閉じ、ただただ祈った。
(お願いします……! 千代、綾さん……そして、この日の本に安寧を! 難儀の毒に、この世界を奪わせないで!)
その祈りは、奉行の娘として代々守ってきた結界の力、そして彼女自身の守り人としての覚悟を、光の短刀へと送る微かな導管となっていた。静の無力な祈りが、峠道の空気中を震わせ、一刀の光の義手に、新たな力を与えようとしていた。
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