精霊の守り人

つなさんど

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分散

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​全員の意識が前方の脅威に集中していた、その時。
​優蛇の、代々受け継いだ守り人としての野生の勘が、背後の気の異変を捉えた。

​優蛇は、肌が粟立つのを感じた。それは、村長とは異なる、冷たく、飢えた獣の気配。
​「静さん、避けろ!」
​優蛇は、警告するよりも早く、自分の隣にいた静を渾身の力で突き飛ばした。静は、地面に転がり、何が起こったのか理解する間もなかった。

​優蛇の背後から滑り寄っていたのは、寄合の場に現れた獣と鳥が合わさった悪魔だった。バフォメットが去った後も、この飢えた悪魔は、獲物を求めて、暗がりに潜んでいたのだ。
​悪魔の猛禽類の鋭い爪が、優蛇の背中を深々と抉った。
​「ぐっ……がああッ!」
​優蛇は、耐えがたい激痛と共に呻き、血飛沫を上げた。彼の体は、爪の衝撃で前方へ吹き飛ばされ、静が突き飛ばされた場所のすぐそばで、力なく地面に崩れ落ちた。
​「優蛇!」
​その悲鳴は、睡蓮から発せられた。弟が、自分の目の前で深手を負わされた。彼女の顔は、悲しみと、弟への責任からくる、激しい怒りに歪んだ。
​「よくも……私の弟を!」
​睡蓮は、崩れ落ちた優蛇を庇うように、悪魔の前に立ち塞がった。彼女の左腕の鎌が、朱色と群青色の禍々しい光を放ち、殺意を込めた武器としてその姿を際立たせた。
​獣鳥の悪魔は、優蛇を餌にするつもりが、新たな獲物が現れたことに、喜悦の唸り声を上げた。
​「ほう。二つ目の神具を持つ女か。その業(ごう)、実に美味そうだ」
​「黙れ、悪魔の屑!」
​睡蓮は、鎌の神具を横一閃に振り抜き、全身の力を込めて、獣鳥の悪魔へと応戦した。
​一刀と松本は、目の前の村長と、背後で始まった睡蓮の戦闘の、二つの脅威に挟まれ、最大の試練を迎えることになった。
​睡蓮の鎌の神具が放つ朱と群青の光が、獣鳥の悪魔めがけて斬りかかった。
​「弟を傷つけた報いだ!」
​睡蓮の攻撃は鋭く、弟を想う激しい業が乗っていたが、獣鳥の悪魔はそれを巧みにかわした。悪魔の目的は、一刀たちを分断すること、そして睡蓮と優蛇を血祭りにあげることだった。
​悪魔は、睡蓮の攻撃を避けるとその巨体を翻し、地面に倒れ伏している優蛇めがけて、素早く滑り寄った。
​「そいつは、お前を絶望させるための生贄だ。裏切り者どもはどうなるか――」
​悪魔は、深手を負い、もはや抵抗できない優蛇の身体を、鋭い爪を持つ足で鷲掴みにした。
​「姉貴……!」
​優蛇は呻き声を上げ、姉に助けを求めようとするが、悪魔は容赦なく翼を広げ、崩壊した蔵の広場から飛び立とうとした。
​「優蛇!待て!」
​睡蓮は、鎌を悪魔めがけて投げつけようとしたが、その鎌の軌道では弟の身体をも傷つけてしまう。彼女は一瞬、ためらった。
​その一瞬の躊躇が、決定的だった。
​獣鳥の悪魔は、空へと舞い上がりながら、勝ち誇ったように叫んだ。
​「そこの愚か者どもは、お前たちが相手をしろ! この愚かな守り人は、別の場所で、ゆっくりと絶望を味わってもらう!」
悪魔は、優蛇を掴んだまま、木々の間を縫うように、一気に山奥へと飛び去っていった。
​「待て!私の弟を、優蛇を返せ!」
​睡蓮は、もはや蔵の宝も務めも頭になかった。彼女を突き動かしているのは、唯一残された家族である弟を奪われた怒りと恐怖だけだった。
​睡蓮は、一刀や松本に言葉を残す間もなく、左腕の鎌の神具を閃かせながら、悪魔が飛び去った山奥めがけて、ただひたすらに走り出した。

​広場に残されたのは、一刀、松本、静の三人。
​彼らの目の前には、三人の組の長の怨念と悪魔の力で、複数の腕と顔を持つおぞましい合体魔物へと変貌した村長が、禍々しい難儀の源を背に、ゆっくりと、しかし確かな殺意を持って迫ってきていた。
​一刀は、深手を負い、松本は疲弊しているそして、仲間と、この土地の守り人を一度に失った。
​「くそっ、 戦力を分散させやがって!」
​松本は、目の前の巨大な怪物と、遠ざかる睡蓮の背中を交互に見て、悪態をついた。
​一刀は、光の短刀を地面に突き立てて立ち上がり、目の前の村長(合体魔物)を見据えた。
​「行くぞ、鞍馬、静。これ以上、誰も失うわけにはいかない」
二人は一刀の呼びかけに応じた。
一方、睡蓮は、獣鳥の悪魔が弟の優蛇を掴んで飛び去った山奥へと、左手の鎌の神具を頼りに、ただひたすらに走り続けた。崩壊した蔵の前で繰り広げられている一刀たちの戦闘も、彼女の意識からは完全に消え失せていた。
​「優蛇……! 待っていろ! 私が必ず、お前を助けだす!」
​深い山は、既に難儀の気に満たされ、足元はぬかるみ、視界は悪い。睡蓮は、悪魔に誘導されるまま、人里離れた、古びた岩場へと誘い込まれた。
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