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第2章
変わった男の子(3)
数分ほど沈黙が流れる。
その時間が長くも短くも感じて居心地の悪さを覚えてこの場から逃げたいと思った頃、彼の目が私を捕らえた。
「つらいだろ? 吐くの」
「え?」
「風邪とかでも吐くのってすげえつらいのに、無理やり自分で吐くって苦しいじゃん」
「………」
「そんなことして傷つくのは自分だけじゃない、大切に想ってくれるヤツも傷つけることになるんだってわかってる?」
それは決して責めてるふうでもなく、ふんわりとした柔らかい口調で、切なさとか悲しさとか含んでいるふうに聞こえた。
以前やっていることを知られた時、両親はこんな言葉をかけてはくれなかった。
いつだってそう、お姉ちゃんでしょ、という言葉で我慢を強いてばかり。
私を想っての言葉をかけてくれたことなんて、きっと一度もなかった。
「……関係ないでしょ。私のこと、なんにも知らないくせに」
こういう時、素直じゃない私はこんなふうに突き放すようなことしか言えない。
なにも知らなくても、こうして気に掛けてくれることが嬉しいのに。
「知らなくても君が苦しんでるのはわかる。この吐きダコが証拠」
「…え?」
「こんなに吐きダコができるくらい、何度も薬飲んで吐いてきたんだろ? これは君が発しているSOSだ」
なんでこんなことを言ってくれるの?
私のことも悩みも知らないはずの初対面の男の子がどうして……。
彼の手がそっと触れられて、あまりにも突然のことに驚く。
連れてこられる時に掴まれた時も思ったけどやっぱり嫌じゃなくて、それがとても温かくて涙が出そうになった。
自分よりも少し大きな手、それが私の中にある黒いものを溶かしていくみたいだった。
「……やめろ、って言わないの?」
両親はそう言った。
そうすることで涼夏に悪影響を及ぼしたらどうするんだ、その責任が取れるのかって。
お姉ちゃんなんだからもっと妹のことを考えて行動しろ、家族だからって。
その言葉を聞いて、涼夏への想いはあっても私への想いはないんだと感じた。
知っていたけど、わかっていたつもりだけど、それがつらかった。
「人って面倒な生き物だから、止められると反発して余計にやりたくなるだろ。だから言わない」
彼はポケットからなにかを取り出すと、「その代わりってわけじゃないけど、これやる」と言って私に渡してきた。
それはイチゴの飴で、ふんわりと甘い匂いまで漂ってくる気がする。
「薬飲みたくなったらちょっとだけ我慢してそれ食べて。きっと気持ちが楽になるから」
「え?」
「体調悪くないのに薬飲むのが悪いって思ってるから吐くんだよ。お菓子だったらそう思わないだろ?」
言われてみれば確かにそのとおりだ。
風邪や体調不良の時に薬を飲むことに抵抗も躊躇いも感じないのに、どこも不調じゃない時に飲むことに後ろめたさを感じて後悔するのは本来の使い方とは異なるからだ。
もらった飴の袋を破って口に放り込むと、甘いイチゴの味が広がった。
正直な話、イチゴはあまり好きじゃない。
でも、見つめてくる彼の瞳みたいに優しさを感じるような味に思えた。
「……おいしい」
そう言葉を漏らすと、ふ、と彼は安心したように笑ってその笑顔にドキリとした。
心臓が激しく高鳴るのを覚え、それを抑えようとするもののどうすればいいのかわからなかった。
男の子と一緒にいて、こんなふうになったのは初めてで戸惑うばかりだった。
その時間が長くも短くも感じて居心地の悪さを覚えてこの場から逃げたいと思った頃、彼の目が私を捕らえた。
「つらいだろ? 吐くの」
「え?」
「風邪とかでも吐くのってすげえつらいのに、無理やり自分で吐くって苦しいじゃん」
「………」
「そんなことして傷つくのは自分だけじゃない、大切に想ってくれるヤツも傷つけることになるんだってわかってる?」
それは決して責めてるふうでもなく、ふんわりとした柔らかい口調で、切なさとか悲しさとか含んでいるふうに聞こえた。
以前やっていることを知られた時、両親はこんな言葉をかけてはくれなかった。
いつだってそう、お姉ちゃんでしょ、という言葉で我慢を強いてばかり。
私を想っての言葉をかけてくれたことなんて、きっと一度もなかった。
「……関係ないでしょ。私のこと、なんにも知らないくせに」
こういう時、素直じゃない私はこんなふうに突き放すようなことしか言えない。
なにも知らなくても、こうして気に掛けてくれることが嬉しいのに。
「知らなくても君が苦しんでるのはわかる。この吐きダコが証拠」
「…え?」
「こんなに吐きダコができるくらい、何度も薬飲んで吐いてきたんだろ? これは君が発しているSOSだ」
なんでこんなことを言ってくれるの?
私のことも悩みも知らないはずの初対面の男の子がどうして……。
彼の手がそっと触れられて、あまりにも突然のことに驚く。
連れてこられる時に掴まれた時も思ったけどやっぱり嫌じゃなくて、それがとても温かくて涙が出そうになった。
自分よりも少し大きな手、それが私の中にある黒いものを溶かしていくみたいだった。
「……やめろ、って言わないの?」
両親はそう言った。
そうすることで涼夏に悪影響を及ぼしたらどうするんだ、その責任が取れるのかって。
お姉ちゃんなんだからもっと妹のことを考えて行動しろ、家族だからって。
その言葉を聞いて、涼夏への想いはあっても私への想いはないんだと感じた。
知っていたけど、わかっていたつもりだけど、それがつらかった。
「人って面倒な生き物だから、止められると反発して余計にやりたくなるだろ。だから言わない」
彼はポケットからなにかを取り出すと、「その代わりってわけじゃないけど、これやる」と言って私に渡してきた。
それはイチゴの飴で、ふんわりと甘い匂いまで漂ってくる気がする。
「薬飲みたくなったらちょっとだけ我慢してそれ食べて。きっと気持ちが楽になるから」
「え?」
「体調悪くないのに薬飲むのが悪いって思ってるから吐くんだよ。お菓子だったらそう思わないだろ?」
言われてみれば確かにそのとおりだ。
風邪や体調不良の時に薬を飲むことに抵抗も躊躇いも感じないのに、どこも不調じゃない時に飲むことに後ろめたさを感じて後悔するのは本来の使い方とは異なるからだ。
もらった飴の袋を破って口に放り込むと、甘いイチゴの味が広がった。
正直な話、イチゴはあまり好きじゃない。
でも、見つめてくる彼の瞳みたいに優しさを感じるような味に思えた。
「……おいしい」
そう言葉を漏らすと、ふ、と彼は安心したように笑ってその笑顔にドキリとした。
心臓が激しく高鳴るのを覚え、それを抑えようとするもののどうすればいいのかわからなかった。
男の子と一緒にいて、こんなふうになったのは初めてで戸惑うばかりだった。
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