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第一章
1 万事休す。わたしは瞑目した。
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わたしの振る剣は敵のクラゲ足を薙ぎ払い、胴を袈裟斬りし、はたまた頭部を叩き割り、奇跡のように次々と敵を屠っていた。
以前より少しばかり腕を上げた自信はあるが、心身共に余裕はない。
時刻は夜の八時頃。こんな時間、こんな人気のない山中で、わたしが、いや、わたし達が相手にしているのは『紅衣貌』と呼ばれる怪物だ。
わたし―――鞍馬紗希―――には彼らの存在を感知し、退治できる力『練識功』がある。俗に言う超能力のようなものだ。
それにしても、彼らの姿は甚だグロテスクで生理的嫌悪感を覚えてしまう。毎回、その姿形や性質は異なるが、未来永劫、見慣れるということはないだろう。
今回の紅衣貌はまた一段とオシャレな趣向で、鮮血を連想させる深紅色の肉体は毎度お馴染みだが、ベルベットのような質感、頭部は人間のようだが目も口も鼻もなく、水牛のような角がバラバラの方向を向いて五本も生えている。上半身は人間で下半身には数十本のクラゲ足を有し、あたかも水中を漂うかの如く重力を感じさせない動き。まるで深紅のぼろきれを揺らめかせているようにも見える。
今回は運良く(?)知性のない物言わぬ個体だが、これはこれでかなり厄介でもある。
なぜなら、紅衣貌の中でも知性のない個体は得てして強烈な臭いを放つからだ。
たとえるなら腐敗した海産物とヘドロを数日間煮詰めたような(試したことはないが)、一度嗅いだら三日間は何も口にできなくなりそうな、殺人的悪臭なのだ。
できることならこの怪物の返り血は浴びたくないのが、日々手入れを怠らない長い黒髪も、支給された制服であるダークグリーンのハーフコートとスラックスも、元々の色が判別困難なほど彼らの血と体液に塗れていた。
ここまで汚れるともう手遅れなので、逆に諦めがついてしまう。
あー、帰りどうしよう? また単車を汚しそう。それより疲れ切って運転できないかもしれない。だけどタクシーを手配しても、さすがに運転手さんが嫌がるだろうな。
不幸中の幸いで、紅衣貌は夜間、大抵は人気のない場所に現れる。たまたま通りかかったり迷い込んだりした人を襲うことはあるが、人の多い市街地での目撃や被害は今のところ報告されていない。
聞いた話では、紅衣貌がこの倭倶槌国のみならず世界中で確認されるようになったのは十三、四年ほど前からとのこと。統一戦争の終結が、わたしが生まれた翌年の十五年前なので、ほぼ終戦直後からのようだ。
彼らは原体と呼ばれるものを核とする負の思念、いわゆる怨恨を孕む魂魄の集合体であるが、その原体の発生源は、現時点では不明である。
このヘドロ臭い怪物を崇拝している終末思想集団もいるそうで、その熱狂的な信者達に言わせると、紅衣貌は人間を間引くために創造主が遣わした天使なのだとか。
真面目にそんなことを信じているとしたら、脳味噌に蛆でも湧いているのではなかろうか。
何はともあれ、世の中の大部分の人々にとって、紅衣貌はまだまだ縁遠い存在である。
もっとも、身近な存在にならないように、わたし達『アンブローズ』が人知れず退治しているためでもあるが、今のところ個体数そのものは少ない。
いや、前言撤回。今回は多い。かれこれもう七体は倒しているが、まだ十体ぐらいは残っている。
季節は十二月初旬。雪こそないものの、山中でこの寒さにも関わらず、紅衣貌の噎せ返るような刺激臭で吐き気がしそうだ。
そろそろ体力の限界も近い。疲れが脚に来てしまい、踏ん張りが利かなくなってきている。
我が相棒は何処へ?
姿を探すが、月明かりだけで見つけるのは困難だ。
落ち着いていれば、練識功を持つ者が近くにいると独特の気配で分かるのだが、今のように気が焦っていると感じられなくなってしまう。
右手から紅衣貌がゆらりと近付いてきて、突然頭部がバックリと割れた。
まるで食虫植物のような口の中で、粘液が水飴よろしく糸を引く。
もう悍ましさしかない。
剣を振り、とにかく接近させないように牽制するが、数本のクラゲ足が同時に飛んできて、わたしの剣を弾き退け、足払いを掛けた。
躱せたはずの攻撃だった。そもそも今回の紅衣貌はあまり機敏ではないのだから。
やはり、スタミナ切れが原因だ。
紅衣貌達が獰猛な口を開け、耳障りな奇声を発しながら取り囲むように迫って来る。
数が多過ぎる。それに今の疲労困憊状態では、この包囲網を突破するだけのフットワークを発揮できない。
万事休す。
わたしは瞑目した。
以前より少しばかり腕を上げた自信はあるが、心身共に余裕はない。
時刻は夜の八時頃。こんな時間、こんな人気のない山中で、わたしが、いや、わたし達が相手にしているのは『紅衣貌』と呼ばれる怪物だ。
わたし―――鞍馬紗希―――には彼らの存在を感知し、退治できる力『練識功』がある。俗に言う超能力のようなものだ。
それにしても、彼らの姿は甚だグロテスクで生理的嫌悪感を覚えてしまう。毎回、その姿形や性質は異なるが、未来永劫、見慣れるということはないだろう。
今回の紅衣貌はまた一段とオシャレな趣向で、鮮血を連想させる深紅色の肉体は毎度お馴染みだが、ベルベットのような質感、頭部は人間のようだが目も口も鼻もなく、水牛のような角がバラバラの方向を向いて五本も生えている。上半身は人間で下半身には数十本のクラゲ足を有し、あたかも水中を漂うかの如く重力を感じさせない動き。まるで深紅のぼろきれを揺らめかせているようにも見える。
今回は運良く(?)知性のない物言わぬ個体だが、これはこれでかなり厄介でもある。
なぜなら、紅衣貌の中でも知性のない個体は得てして強烈な臭いを放つからだ。
たとえるなら腐敗した海産物とヘドロを数日間煮詰めたような(試したことはないが)、一度嗅いだら三日間は何も口にできなくなりそうな、殺人的悪臭なのだ。
できることならこの怪物の返り血は浴びたくないのが、日々手入れを怠らない長い黒髪も、支給された制服であるダークグリーンのハーフコートとスラックスも、元々の色が判別困難なほど彼らの血と体液に塗れていた。
ここまで汚れるともう手遅れなので、逆に諦めがついてしまう。
あー、帰りどうしよう? また単車を汚しそう。それより疲れ切って運転できないかもしれない。だけどタクシーを手配しても、さすがに運転手さんが嫌がるだろうな。
不幸中の幸いで、紅衣貌は夜間、大抵は人気のない場所に現れる。たまたま通りかかったり迷い込んだりした人を襲うことはあるが、人の多い市街地での目撃や被害は今のところ報告されていない。
聞いた話では、紅衣貌がこの倭倶槌国のみならず世界中で確認されるようになったのは十三、四年ほど前からとのこと。統一戦争の終結が、わたしが生まれた翌年の十五年前なので、ほぼ終戦直後からのようだ。
彼らは原体と呼ばれるものを核とする負の思念、いわゆる怨恨を孕む魂魄の集合体であるが、その原体の発生源は、現時点では不明である。
このヘドロ臭い怪物を崇拝している終末思想集団もいるそうで、その熱狂的な信者達に言わせると、紅衣貌は人間を間引くために創造主が遣わした天使なのだとか。
真面目にそんなことを信じているとしたら、脳味噌に蛆でも湧いているのではなかろうか。
何はともあれ、世の中の大部分の人々にとって、紅衣貌はまだまだ縁遠い存在である。
もっとも、身近な存在にならないように、わたし達『アンブローズ』が人知れず退治しているためでもあるが、今のところ個体数そのものは少ない。
いや、前言撤回。今回は多い。かれこれもう七体は倒しているが、まだ十体ぐらいは残っている。
季節は十二月初旬。雪こそないものの、山中でこの寒さにも関わらず、紅衣貌の噎せ返るような刺激臭で吐き気がしそうだ。
そろそろ体力の限界も近い。疲れが脚に来てしまい、踏ん張りが利かなくなってきている。
我が相棒は何処へ?
姿を探すが、月明かりだけで見つけるのは困難だ。
落ち着いていれば、練識功を持つ者が近くにいると独特の気配で分かるのだが、今のように気が焦っていると感じられなくなってしまう。
右手から紅衣貌がゆらりと近付いてきて、突然頭部がバックリと割れた。
まるで食虫植物のような口の中で、粘液が水飴よろしく糸を引く。
もう悍ましさしかない。
剣を振り、とにかく接近させないように牽制するが、数本のクラゲ足が同時に飛んできて、わたしの剣を弾き退け、足払いを掛けた。
躱せたはずの攻撃だった。そもそも今回の紅衣貌はあまり機敏ではないのだから。
やはり、スタミナ切れが原因だ。
紅衣貌達が獰猛な口を開け、耳障りな奇声を発しながら取り囲むように迫って来る。
数が多過ぎる。それに今の疲労困憊状態では、この包囲網を突破するだけのフットワークを発揮できない。
万事休す。
わたしは瞑目した。
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