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幽霊が足りません
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謎のベールの女と『奥様の死体』が消えた次の日は、昨日の夕方から降り始めた雨で朝から嵐になっていた。風の音と雨の音が響くお屋敷は、どんよりとしていて誰も彼もが開店休業中状態になっているように見える。元々、ご主人様不在のお屋敷のこと、もしかすると今日のような日は必要がない限りは各自部屋に籠もっているのかもしれない。
「という訳で、今日はお屋敷の中を探検しようと思う」
と、私が演説でもするかのように腰に手を当て残りの手を上げると、パチパチパチとアニーが気のない拍手を送ってくれる。その顔は、こんな嵐の日に歩き回るんかいと言わんばかりの微妙な表情だった。
「こんな時だからこそ、心置きなく探検できると思う」
「探検するのはいいとして、鍵が締められた部屋は如何するのですか。鍵は家政婦さんが持ってる筈ですが」
微妙な顔をしたままのアニーに向かって私はニヤリと笑って見せると、彼女の前に秘密兵器を取り出す。それはピカピカと光る一本の針金で。私がお爺様と伯父様の地獄の訓練で身につけた技術のひとつとして、錠前破りができることをアニーに説明する。この技術さえあれば、投獄されても牢破りをすることもできると、格闘技とともにお兄様と一緒にみっちり仕込まれたのだった。
これも、伯母様を蝶よ花よと深窓の令嬢として育ててしまったのをお爺様と伯父様が反省した結果である。伯母様の件以外に関しては脳天気な両親は、日々逞しく育っていく娘を面白がっていたようだけど。私のメンタルの強さは、きっと両親から引き継いだものだと思う。きっと今も、両親は便りがないのは良い知らせとでもぽやぽや思っているに違いない。
少なくとも猫を被った跳ねっ返りの娘が、タダでは起きないことは両親は良く知っている筈で。
「これさえあれば、どこでも開けることができるぞ」
「さすが脳筋一族、考えることが斜め上だわ。破滅回避じゃなくて、正面から正攻法で何とかしようとしてる」
「さすがに伯父様の領地にあるダンジョンでミミックが入った宝箱を問答無用で開けた時は、お爺様に叱られたが……何か言った?」
「いえいえ、アニーは何も聞いておりませんし、何も言っておりません」
小首を傾げると、アニーは慌てたように首をぶんぶんと左右に振る。
「おかしな奴だな。では、行くぞ」
「もしかして、アニーにも一緒に行けと」
「それ以外に何があるんだ?」
「えーと。こういう嵐の日には、お屋敷に子供の幽霊が出るという話があるんですよ。昔、このお屋敷に不義の子とか呪われた子とか言われてたお貴族様のご子息が幽閉されていたそうなんですが、その子の幽霊が出ると侍女仲間から聞きまして」
「余計に都合いいじゃないか。そんな噂があるなら、こんな日に屋敷の中を出歩く人も少ない筈だし」
「お嬢様が怖がるかもと、一瞬でも考えたアニーが悪うございました。お願いですから、引っ張らないで下さいませー」
その他にも、何か喚いているアニーを手首を掴み、廊下へ出る。
廊下を歩きながら、そういえば婚約者も婚約してすぐに幽閉ではなくて、静養でどこかの領地へ行ってたことをと思い出す。ついでに、あの頃はまだあの美貌に騙されていて、柄にもなく婚約者の静養先に手紙を送ったりしたことを思い出して、今更羞恥の余りに頭をかきむしりたくなる。でも、あの頃は手紙や誕生日プレゼントの交換等の礼儀としての最低限の交流も辛うじてしていた筈で。
いったい、いつからしなくなったのだろうか。
そこまで考えて、思い出す。
婚約者が静養先から戻ってきてから、ぷっつりと交流が殆どなくなったことを。
顔を見るなり憎々しげに睨まれるようになったのも、静養先から戻ってきた頃だったことを。静養に行くまでは生気のない顔をしていたから、元気になって意に染まない婚約に抗う気力が出てきたのだと当時は思っていたのだけど。
何となくもやもやするけれど、何がもやもやするのか解らない。
他にも忘れていることがあるような気がする。
立ち止まってうんうん唸っていると、アニーが心配そうに顔をのぞき込んでくる。次の瞬間、窓の外で稲妻が走り、ガラスに映ったアニーの顔が一瞬違う人に見えた。ぎょっとして顔を上げれば、そこにいるのは見慣れたアニーの顔で。
「どうかされたのですか」
と、心配そうな顔をしたアニーに優しく訊かれ、首を左右に振る。心を落ち着けさせた後に何でもないとできるだけ平静に答え、再び廊下を歩き出す。どこへ行かれる気ですかと訊ねれれ、子供の幽霊が出る場所へ行こうと言えば、彼女は何か悪いものでも食べたかのような表情になる。
「幽霊が出ると噂を立てて、何か見せたくないものを隠して置くのが定石でしょ」
「本当に出たらどうするのですか」
「えっ、アニーは会ってみたくないのか?」
「お嬢様、そんな胸を張って裏付けのない自信に満ちあふれながら言い切らないで。お嬢様、お嬢様、待って、お待ち下さいー。アニーをひとりで置いて行かないでー。」
再び歩き出すと、諦めたのかアニーがおとなしく付き従ってくる。使用人の居室がある棟から、母屋に移動をし幽霊が出るという子供部屋へ向かう。その間も、廊下で他の使用人に会うことはなく。邪魔されずに移動できるのはありがたいけど、そんなにみんな嵐が怖いのだろうか。それとも、アニーが侍女仲間から仕入れてきた噂通り子供の幽霊がでるのを恐れているのだろうか。
抜き足差し足忍び足。誰かに見つからないように、子供部屋に近づく。
子供部屋の鍵は、思ったよりあっさりと開き、腕が全く鈍っていないことに安心する。
廊下に人がいない事を確認して、こっそりとアニーと二人で部屋に入る。嵐で昼間でも暗い室内は、見たところ定期的に掃除されているらしい。音を立てないように扉を閉めたアニーが、部屋の明かりを着ける。ぱっと部屋の中が明るくなると、小さめの天蓋付き寝台や机が目に入る。それに、寝台の回りに置かれている大小のイーゼルに置かれたどれもこれも描きかけの年齢の違う少女の絵が飾られていた。
見覚えのある少女の顔。
「全部、私の絵?」
と、当惑しきって絵を指さしながら小首を傾げれば、アニーは大きなため息をついたのだった。
それにしても、旦那様。いつになったら、幽霊に会えるのでしょうか。
「という訳で、今日はお屋敷の中を探検しようと思う」
と、私が演説でもするかのように腰に手を当て残りの手を上げると、パチパチパチとアニーが気のない拍手を送ってくれる。その顔は、こんな嵐の日に歩き回るんかいと言わんばかりの微妙な表情だった。
「こんな時だからこそ、心置きなく探検できると思う」
「探検するのはいいとして、鍵が締められた部屋は如何するのですか。鍵は家政婦さんが持ってる筈ですが」
微妙な顔をしたままのアニーに向かって私はニヤリと笑って見せると、彼女の前に秘密兵器を取り出す。それはピカピカと光る一本の針金で。私がお爺様と伯父様の地獄の訓練で身につけた技術のひとつとして、錠前破りができることをアニーに説明する。この技術さえあれば、投獄されても牢破りをすることもできると、格闘技とともにお兄様と一緒にみっちり仕込まれたのだった。
これも、伯母様を蝶よ花よと深窓の令嬢として育ててしまったのをお爺様と伯父様が反省した結果である。伯母様の件以外に関しては脳天気な両親は、日々逞しく育っていく娘を面白がっていたようだけど。私のメンタルの強さは、きっと両親から引き継いだものだと思う。きっと今も、両親は便りがないのは良い知らせとでもぽやぽや思っているに違いない。
少なくとも猫を被った跳ねっ返りの娘が、タダでは起きないことは両親は良く知っている筈で。
「これさえあれば、どこでも開けることができるぞ」
「さすが脳筋一族、考えることが斜め上だわ。破滅回避じゃなくて、正面から正攻法で何とかしようとしてる」
「さすがに伯父様の領地にあるダンジョンでミミックが入った宝箱を問答無用で開けた時は、お爺様に叱られたが……何か言った?」
「いえいえ、アニーは何も聞いておりませんし、何も言っておりません」
小首を傾げると、アニーは慌てたように首をぶんぶんと左右に振る。
「おかしな奴だな。では、行くぞ」
「もしかして、アニーにも一緒に行けと」
「それ以外に何があるんだ?」
「えーと。こういう嵐の日には、お屋敷に子供の幽霊が出るという話があるんですよ。昔、このお屋敷に不義の子とか呪われた子とか言われてたお貴族様のご子息が幽閉されていたそうなんですが、その子の幽霊が出ると侍女仲間から聞きまして」
「余計に都合いいじゃないか。そんな噂があるなら、こんな日に屋敷の中を出歩く人も少ない筈だし」
「お嬢様が怖がるかもと、一瞬でも考えたアニーが悪うございました。お願いですから、引っ張らないで下さいませー」
その他にも、何か喚いているアニーを手首を掴み、廊下へ出る。
廊下を歩きながら、そういえば婚約者も婚約してすぐに幽閉ではなくて、静養でどこかの領地へ行ってたことをと思い出す。ついでに、あの頃はまだあの美貌に騙されていて、柄にもなく婚約者の静養先に手紙を送ったりしたことを思い出して、今更羞恥の余りに頭をかきむしりたくなる。でも、あの頃は手紙や誕生日プレゼントの交換等の礼儀としての最低限の交流も辛うじてしていた筈で。
いったい、いつからしなくなったのだろうか。
そこまで考えて、思い出す。
婚約者が静養先から戻ってきてから、ぷっつりと交流が殆どなくなったことを。
顔を見るなり憎々しげに睨まれるようになったのも、静養先から戻ってきた頃だったことを。静養に行くまでは生気のない顔をしていたから、元気になって意に染まない婚約に抗う気力が出てきたのだと当時は思っていたのだけど。
何となくもやもやするけれど、何がもやもやするのか解らない。
他にも忘れていることがあるような気がする。
立ち止まってうんうん唸っていると、アニーが心配そうに顔をのぞき込んでくる。次の瞬間、窓の外で稲妻が走り、ガラスに映ったアニーの顔が一瞬違う人に見えた。ぎょっとして顔を上げれば、そこにいるのは見慣れたアニーの顔で。
「どうかされたのですか」
と、心配そうな顔をしたアニーに優しく訊かれ、首を左右に振る。心を落ち着けさせた後に何でもないとできるだけ平静に答え、再び廊下を歩き出す。どこへ行かれる気ですかと訊ねれれ、子供の幽霊が出る場所へ行こうと言えば、彼女は何か悪いものでも食べたかのような表情になる。
「幽霊が出ると噂を立てて、何か見せたくないものを隠して置くのが定石でしょ」
「本当に出たらどうするのですか」
「えっ、アニーは会ってみたくないのか?」
「お嬢様、そんな胸を張って裏付けのない自信に満ちあふれながら言い切らないで。お嬢様、お嬢様、待って、お待ち下さいー。アニーをひとりで置いて行かないでー。」
再び歩き出すと、諦めたのかアニーがおとなしく付き従ってくる。使用人の居室がある棟から、母屋に移動をし幽霊が出るという子供部屋へ向かう。その間も、廊下で他の使用人に会うことはなく。邪魔されずに移動できるのはありがたいけど、そんなにみんな嵐が怖いのだろうか。それとも、アニーが侍女仲間から仕入れてきた噂通り子供の幽霊がでるのを恐れているのだろうか。
抜き足差し足忍び足。誰かに見つからないように、子供部屋に近づく。
子供部屋の鍵は、思ったよりあっさりと開き、腕が全く鈍っていないことに安心する。
廊下に人がいない事を確認して、こっそりとアニーと二人で部屋に入る。嵐で昼間でも暗い室内は、見たところ定期的に掃除されているらしい。音を立てないように扉を閉めたアニーが、部屋の明かりを着ける。ぱっと部屋の中が明るくなると、小さめの天蓋付き寝台や机が目に入る。それに、寝台の回りに置かれている大小のイーゼルに置かれたどれもこれも描きかけの年齢の違う少女の絵が飾られていた。
見覚えのある少女の顔。
「全部、私の絵?」
と、当惑しきって絵を指さしながら小首を傾げれば、アニーは大きなため息をついたのだった。
それにしても、旦那様。いつになったら、幽霊に会えるのでしょうか。
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