ラブプレイ~Hな二人の純愛ライフ~

中村 心響

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バリスタの研修なら日本でだって学べるけど、ようは気持ちの問題だ。

これだけ身の回りがガラッと変わるとがむしゃらにならざるを得ない……。

日本語通訳が付き添っての授業だから、一人だけ聞き逃すなんてことはそう出来ないわけで。

だからただ、珈琲豆を入れる作業だけでも緊張が走る。

見慣れない器具の扱いなんて尚更だ。

でもその緊張感がいい刺激になっているのは確かだった。

これで夢にどんどん近付いていってる気がする。

──て、まだ“気”がするだけなんだけど。。。


自分で言い訳しながらカップを両手で包み、また一口珈琲を飲む。

資格を取って戻ったら、暫くはマスターが厨房の仕事のみで珈琲を全部担当させるって言ってくれた。

喫茶店の要である珈琲を任せてくれる。それはけっこう責任重大な役割であって。。。

何にしても学んだ事をしっかり身に付けるには“ひたすら実践を繰り返す”それだけだ。

ノートに図解式で書いた珈琲の入れ方の手順を眺めると、ふと前に置いていた携帯電話に視線が止まった。

それを手にして開くと着信歴や受信歴をつい確かめる。

いったい何を期待しているんだろう──

自分自身でそう思った。

二人で始めるためにと考えて……

迎えた結果がこれなんだ……。




あたしと離れたら死んじゃうなんて言ってた夏希ちゃんは

今度はあたしと居ると壊れるらしく……

だから……

壊れたくはないからあたしに別れを告げたわけで……


そんな夏希ちゃんの中で、あたしの存在はもう過去のことになっちゃったのかもしれない。

「……ふう…」

あたしの口からとても大きな溜め息が出ていく──。
仕方ない……。

とにかくこれからは自分のことに打ち込む。

そう決めたからやるしかない。

「そうだそうだ。やるしかない……」


ここでの貴重な時間は絶対に無駄にはしたくない──

ブツブツと呪文のように何度も唱えるとあたしはまたスクールのテキストを広げ始めた。



────

「……聖夜…お前は年寄りか?」

昼過ぎに事務所に顔を出してソファに座る俺の動きを目で追うと、暫くしてから社長がそう言った。

何か言い返そうとも思ったけどすごいめんどくさい……

「若いんだからピシャッとしろ!ピシャッとっ」

無視したら暑苦しい激が飛んでくる。
俺は社長に顔を向け、覇気のない溜め息を吐いていた。

「……なんだやる気のないやつだな?」

「やる気はあるよ……」

ソファにちょっと横になりたくて靴を脱ぎながら答える。
ゆっくり身体を傾けると俺はソファに転がった。



「なんだ、疲れが取れんか……」

さすがに仕事を詰めすぎたと反省したのだろうか。
ソファで横になった俺から社長の表情は見えないけど何気に心配そうだ。

そんな気配が漂っていた。

最近なんだか少しの階段を昇るのも辛どい……。

やっぱり仕事に打ち込み過ぎ?


これだけハードに局を行ったり来たりしてるんだ。身体は何気に酷使してると言い切れる。

「……ちゃんと寝てるか?」

控え目に聞いてきた社長の言葉に俺は目を閉じて額に腕をかざした。

真上にある天井の蛍光灯が眩しすぎる。

ちゃんと寝てると言えば寝てる……。

寝てないと言えば寝ていない……。

どっち付かずで曖昧だ。


「……たぶん…夢の中で寝れてる……」

「なんだそれは」

俺の意味不明な呟きに社長はそう返していた。

今日は楠木さんが現場まで送ってくれる予定になっている。
それまでちょっと休みたい。

「楠木が来るまでそこで仮眠しろ!」

「うん……」

社長の声をうつらうつらと遠くで聞きながら俺は小さく頷いた。

瞼はすごく重いのに、脳はなんだか覚醒したように活動している。

ソファに横になった頭の方で社長が書類にペンを走らせる音がしっかりと耳に聞こえてくる。



二人しか居ない事務所はまるで俺のマンションの部屋みたいにとても静かだ。

話す人も居ない

TVの音もしない

ただ帰って眠るだけの場所に舞い戻ったあの部屋は──

また殺風景な空気に包まれていた。

「聖夜居るか?」

予定より早く事務所に着いた楠木さんがドアを開くと俺は直ぐにソファから起きて腰を上げた。

局に着いたら支度を済ませ、気合いを入れてスタジオでの撮影に挑む。

疲れていようと役に入り込めば直ぐに疲労感なんて飛んでいく。

「シーン8いきます」

スタッフの声が響くと緊迫した場面の撮りで、気が引き締まった。

演じることはやっぱり好きだ。
OKの言葉を耳にした時の達成感は一瞬であれどスカッとした気持ちにさせてくれる。

「──……聖夜…」

「……?」

撮影を終えた帰りの車の中で、運転しながら楠木さんがバックミラーを覗いていた。

「役作りも程々にしろよ…」

「なんで?」

「やつれ過ぎだ」

「……そう…かな」

俺はミラーに自分の顔を映して眺めた。
今のドラマの役は殺人の疑いを掛けられて行方をくらませた逃亡者だ。

主役ではないけれど、物語にとっても重要な役所。キーマンでもある。

「……そんなに節制してるつもりは……」

ないはずだけど……

少し骨張る自分の頬に手を当てた……。

体力も必要だからとしっかり食べているつもりだ。

野菜だって、栄養ドリンクだって考えてちゃんと口にはしている。

ただ……

胃に入れたその半分は口から出ていっていた──


「…うっ…ッ──……はあっ…」

そろそろ限界なのかも知れない──

胃が受け付けきれずにそのほとんどの内容物を押し返す。

仕事が終わった足で楠木さんに食事に連れて行かれ、帰宅した早々トイレに駆け込むと腹に詰め込んだ全てを一気に吐き出していた。

やっぱり限界だ──

もう……

平気な役も演じきれない……


「──……なんでこうなるんだよ…っ…」

ぐったりと便器にもたれトイレの床にへたり込んだ瞬間、我慢の箍が外れて嗚咽が漏れた。


晶さんと高槻が一緒に居たあの日──

もう話をすることも追及することも出来なくて、背を向けるだけが精一杯だった。

晶さんの口から聞かされる別れの言葉を想像したら──

自分から逃げるしかなかった……


捨てられる前に捨てる男をしっかり演じきった筈だったのに……

演じれているつもりでいたのに──


やっぱりこれだ──


あれから何度か社長の家に足を運んだ。

俺から離れていく気でいるならちょっとだけでも考え直してくれないか。

そんな希望をもって暫くしてから晶さんに逢いにいったのに──

マンションには晶さんも晶さんの靴も見当たらず愕然とした。

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