40 / 100
第三章 近付く距離
8
しおりを挟むその日から、私は誰かの為に頑張ることを辞めて、自分の為に頑張ると決めた。
言いたいことがあれば上司にだって盾突くし、理不尽だと思ったことには抗議する。
そうやっているうちに、私には『悪女』というあだ名がついたのだ。
だから正直、彼にだって期待はしていなかった。
コンペに負けたらチームリーダーの私に責任を押し付け、もし通れば自分の手柄にするだろうと予想していた。
「ちょっと待ってて」
そう告げると、彼ははリビングから出ていく。
それを見送って再びパソコンに視線を向けると、意外にもすぐ戻ってきた。
その手には何やら書類のようなものがある。
「それ、なんですか?」
「JJTの企画案。昨日のオリエンと会食で得た情報を盛り込んで作ってみた」
私は書類受け取りざっと目を通す。
「これ、いつ作ったんですか?」
信じられない。このレベルの企画書を作るのは相当な時間がかかるはずだ。
クライアントの要望もしっかりと盛り込まれている。
「今朝早起きして作った」
「今朝?たったの数時間でこの企画案を作ったってことですか?」
まさかという思いで尋ねた。
私では一日かけたとしても作れないだろう。
「そう。ただ、ちょっとざっくり過ぎるから、もう少し細部までこだわりたいと思ってる」
彼は困惑している私の前の椅子に腰を下ろす。
「俺は、人を見る目はあると思ってる。今回の人選も部長にはありえないと呆れられたけど、このメンバーでならできると信じてる」
「女の私がチームリーダーだとしても、ですか?」
「もちろん。それに、社員だからパートだからというのも関係ない」
「え……」
既視感のある台詞に首を傾げると、「実はこの間のコーヒー事件、近くで見てたんだ」と彼はニッと笑った。
「私と黒川さんが水と油って知っててよく同じチームにしましたね」
「水と油だって無理してまじり合わなくてもいい。お互いを尊重しあえば、相乗効果も期待できるかもしれないよ」
「まあ、ないと思いますけど。ただ……、私は伍代さんのことを誤解していたようです。それだけは謝ります。すみません」
「誤解?」
私は入社してから今まで上司に受けてきた酷い仕打ちを手短に話した。
「だから正直、伍代さんがここまで動いてくれているとは思っていませんでした」
「そういう苦々しい経験は誰にでもある。それを乗り越えたからこそ、今の実咲があるんだよ。でも、これだけは言える。人の手柄を横取りする人間はいつか淘汰される運命だし、勝手に自滅するよ」
「そうだといいんですけど」
「大丈夫。実咲が頑張ってることを俺はわかってるから」
そう言うと、彼は私のノートパソコンをパタンっと閉めた。
「え?なんで……」
「だから、今日ぐらいは仕事を忘れてゆっくりしよう」
「でも、伍代さんだって寝る間を惜しんで企画書を作ってたじゃないですか。私に協力できることならーー」
「ありがとう。気持ちだけもらっておく。それとこれは、上司命令だからね」
有無を言わさぬ口調だった。
確かにここ最近は仕事に追われ、何かをしていないと不安になることも多かった。
休んでいる間にも他の人が大きな案件を取ってくるんじゃないかと悪夢を見ることもある。
「こういうときだけ上司ぶるのやめてもらえます?」
憎まれ口を叩きながらも、内心ではホッとしていた。
このまま無理をすれば、心身共に不調になる予感があった。
昔から手を抜けない真面目な性格が災いして、自分を追い込んで無理をしすぎてしまう癖がある。
「でもまあ、今回は上司命令なので素直に従わせていただきます」
「そうそう。素直になることは大事だよ」
私は彼と目を見合わせて、ふっと笑みを浮かべた。
11
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【書籍化】Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
取引先のエリート社員は憧れの小説家だった
七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。
その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。
恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる