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第六章
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翌日、私はいつも以上に晴れやかな顔で出勤した。
「おはようございます」
昨晩、陽介くんは食事の片付けを終えると、私をお風呂場まで連れて行った。身体が温まる入浴剤入れてくれて、お風呂をあがるとドライヤーで髪まで乾かしてくれた。
さらにソファでテレビを見る私のお腹にブランケットを掛けて温め、ハーブティまで淹れてくれるというスパダリぶりを発揮してくれた。
彼からの愛をたっぷり注ぎ込まれ、甘やかしてもらった。
いつも通り一日の予定を確認してから仕事を始める。
午前中はメールチェックや資料作成に追われ、午後は定例会議の準備や来客対応を行った。
「秋月さん、受付から電話~」
定時まで残りの二十分に迫ったときだった。
「はい、代わります」
ボタンを押して受話器を耳に当てる。
「はい、秋月です」
『あ、もしもし。実は今、受付に秋月幸太郎さんという方がいらっしゃっていまして』
「え……」
アキヅキコウタロウ……あきづきこうたろう……秋月幸太郎。
頭の中でぼんやりと浮かび上がったその名前がようやく形になった瞬間、頭の中が真っ白になった。
しばらくぶりに聞いたその名前に動揺し、受付嬢の声が遠退きそうになる。
「え……あっ……」
喉の奥に言葉が張り付いて出てこない。
『秋月さん、あのっ、聞こえてますか?』
何も答えない私に受付嬢が困惑している。
私は受話器を握る手にぐっと力を込めて、必死に言葉を紡いだ。
「す、すみません、聞こえてます」
『ああ、よかった。秋月さんにお会いしたいとのことですが、どうしますか?』
ここで居留守を使うのは簡単だった。
けれど、そんなことをしたところで意味がない。
秋月幸太郎……十年以上音沙汰のなかった父が今になって私に接触してきたのにはきっとなにか理由がある。
断ったとしても、一度の来訪だけで諦めるはずがない。
「分かりました。十八時に駅北口のコーヒーショップで待つように伝えてもらえますか?」
『承知しました』
電話を切った瞬間、心臓がバクバクと震えた。
動揺を周りの人に悟られないように開いたままになっていたノートパソコンのキーボードに無理やり手を置いて画面を見つめる。
父とは両親が離婚後、一度も会っていないし、もちろん連絡先だって知らない。
その父がいまさら何の目的があって私に接触してきたんだろう。
それだけではない。父はなぜか私が早瀬商事で働いていることを知っていた。
どうして。どこで私の情報が漏れたの……?
友達に聞いた?
でも、親しくしている友達は奈々しかいない。両親が離婚したのは私が高校へ入学したすぐ後だ。父が奈々を知っているとは考えずらい。
一体、父は私をどこまで知っているんだろう。
私が副社長である陽介くんと結婚したことを知っている?知っていて近付いてきた?でも、どうして?なんのために?
まさか、私の幸せを壊しに来た……?
心臓の音が早くなり、恐怖心が込み上げる。
怖い。父が怖い……。
『どうして俺を怒らせることばかりするんだ』『誰が飯を食わせてやってると思ってる!』『お前のような奴は、社会にでても人様に迷惑ばかりかけるんだ』父の声が脳内を支配する。
私はギュッと目を瞑って耳を塞ぐ。それでも、父の言葉がこだまする。
やめて。お願い、もうやめて――!
「おはようございます」
昨晩、陽介くんは食事の片付けを終えると、私をお風呂場まで連れて行った。身体が温まる入浴剤入れてくれて、お風呂をあがるとドライヤーで髪まで乾かしてくれた。
さらにソファでテレビを見る私のお腹にブランケットを掛けて温め、ハーブティまで淹れてくれるというスパダリぶりを発揮してくれた。
彼からの愛をたっぷり注ぎ込まれ、甘やかしてもらった。
いつも通り一日の予定を確認してから仕事を始める。
午前中はメールチェックや資料作成に追われ、午後は定例会議の準備や来客対応を行った。
「秋月さん、受付から電話~」
定時まで残りの二十分に迫ったときだった。
「はい、代わります」
ボタンを押して受話器を耳に当てる。
「はい、秋月です」
『あ、もしもし。実は今、受付に秋月幸太郎さんという方がいらっしゃっていまして』
「え……」
アキヅキコウタロウ……あきづきこうたろう……秋月幸太郎。
頭の中でぼんやりと浮かび上がったその名前がようやく形になった瞬間、頭の中が真っ白になった。
しばらくぶりに聞いたその名前に動揺し、受付嬢の声が遠退きそうになる。
「え……あっ……」
喉の奥に言葉が張り付いて出てこない。
『秋月さん、あのっ、聞こえてますか?』
何も答えない私に受付嬢が困惑している。
私は受話器を握る手にぐっと力を込めて、必死に言葉を紡いだ。
「す、すみません、聞こえてます」
『ああ、よかった。秋月さんにお会いしたいとのことですが、どうしますか?』
ここで居留守を使うのは簡単だった。
けれど、そんなことをしたところで意味がない。
秋月幸太郎……十年以上音沙汰のなかった父が今になって私に接触してきたのにはきっとなにか理由がある。
断ったとしても、一度の来訪だけで諦めるはずがない。
「分かりました。十八時に駅北口のコーヒーショップで待つように伝えてもらえますか?」
『承知しました』
電話を切った瞬間、心臓がバクバクと震えた。
動揺を周りの人に悟られないように開いたままになっていたノートパソコンのキーボードに無理やり手を置いて画面を見つめる。
父とは両親が離婚後、一度も会っていないし、もちろん連絡先だって知らない。
その父がいまさら何の目的があって私に接触してきたんだろう。
それだけではない。父はなぜか私が早瀬商事で働いていることを知っていた。
どうして。どこで私の情報が漏れたの……?
友達に聞いた?
でも、親しくしている友達は奈々しかいない。両親が離婚したのは私が高校へ入学したすぐ後だ。父が奈々を知っているとは考えずらい。
一体、父は私をどこまで知っているんだろう。
私が副社長である陽介くんと結婚したことを知っている?知っていて近付いてきた?でも、どうして?なんのために?
まさか、私の幸せを壊しに来た……?
心臓の音が早くなり、恐怖心が込み上げる。
怖い。父が怖い……。
『どうして俺を怒らせることばかりするんだ』『誰が飯を食わせてやってると思ってる!』『お前のような奴は、社会にでても人様に迷惑ばかりかけるんだ』父の声が脳内を支配する。
私はギュッと目を瞑って耳を塞ぐ。それでも、父の言葉がこだまする。
やめて。お願い、もうやめて――!
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