霊乂探偵事務所〜学校の黒い悪魔〜

家達あん

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第3話 白い妖と黒い妖

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「あやめ」
「……お母さん」
「さっき赤川さんって人から連絡が来た」
「えっ」
「これから調
「……」
「話を聞いて、赤川さんは何となく信頼できそうな気がしたの。だから、気をつけてね」
「……うん。いってきます」


 あの日と同じ0時に家を出た私は、高校へと向かった。
 裏門にはみかと赤川さんがいた。

「お、来たね」
「あやめ、大丈夫?」

 お母さんと気まずい状態だということをみかには話していた。
 私を心配するみかに平気な顔を作って「うん、大丈夫」と答える。

「赤川さん、家に連絡してくれたんですね」

 訊ねると、赤川さんは頭をぽりぽりと掻いてぎこちなく答えた。

「あー、うん。一応正式な探偵事務所に変わりはないし、あんたに大怪我を負わせた犯人捜しに協力してもらうってていで話をしておいた方が親も安心するだろ?」
「はい。けど、まさか納得してくれるとは思いませんでした」
「そのことだけど……」

 赤川さんはじっと私の目を見据えた。

「あたしは遠藤さんの家のことを知っているわけじゃないけど、ちゃんと話した方がいいと思うよ」
「……何をですか」

 彼女はそれ以上何も言わなかった。
 分かってる。ちゃんと分かってる。ちゃんと話すべきだって。けど、まだ今は覚悟ができていない。

 裏門前で赤川さんは、私とみかに1枚ずつ縦長の紙を手渡した。
 表面には、何て書かれているのか読めそうで読めない古風な文字が書かれている。

「万が一の時はこれを自分の身体に貼って。一時的にだけどあやかしが寄り付かなくなるから」

 お札をかばんに仕舞い、学校を見上げる。
 あの日と同じ夜の学校。普段いる場所にいない死んだ人……いや、妖達。それはあの黒い妖がこの場所にいることを証明している。

 霊乂探偵事務所で赤川さんが説明してくれた。
 あの黒い妖は他の妖までもを襲っているのだと。見境なく襲うほどに未練が溜まってしまっている。だからこそ、黒い妖がいると他の妖は寄り付かなくなるらしい。



「おそらく、未練の正体は『復讐』で間違いないだろうね」
「一体誰に復讐を?」
「さあ、そこまではまだ分からない。だからこそ、もう一度会いに行かないといけないんだよ。たしかもう夏休みに入っているんだったな? 生徒の数が極端に減っている今のうちにどうにかしないと被害がもっと増える。それに、あんた達が儀式をしたことで現世うつしよ幽世かくりよとの繋がりが濃くなってしまってるから、妖はそこを狙って集まってくる。さっき真琴まことに見に行ってもらったけど、今は黒い妖が集まってきた妖を喰ってるみたいだからあたし達も用心して行かないとまじでやばい」

 赤川さんの話に対してみかは「うーん」と不思議そうにうなる。

「けど赤川さん。うちらはたしかに『こっくりさん』をしようとしてましたけど、実際には始める前にあやめの様子がおかしくなったので、それが原因とは思えないんですよね」
「そうなのか?」

 たしかに、みかが始めようとしたその直前には既に黒い妖が出てきていた。

「『こっくりさん』ということはあんた達、最初の言葉を言ったりもしてなかったか?」
「最初の言葉?」
「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいで……ってやつだよ」
「最後まで言う前に黒い妖は現れたはずです」

 私が答えると同時に「あっ」とみかが声を上げた。

「言ってた。うち、言ってた」
「え?」
「始める前にスマホを見ながら読み上げてた。もしかして、それが……」

 そうか、そうだった。始める前にみかが最初に言う言葉を読み上げてたじゃん。

「間違いないな。『こっくりさん』の始まりは硬貨に指を置いてからじゃなくてその言葉からなんだ。はあ、まったく。言霊ことだまを舐めすぎだあんた達」

 赤川さんは呆れた風にため息を洩らした。
 そして私達に人差し指を伸ばし、

「いいか? これが終わったら二度と馬鹿な真似はするなよ? 儀式なんてろくなことが起きないからな」

 彼女が私達に厳しく当たるのは、やっぱり私達の行為が原因だったのだ。遊び半分で行なうべきではなかったのだ。



 真っ暗な校舎をスマホのライトを頼りに進んでいく。
 相変わらずパーカーにライダースジャケット、ジーンズの赤川さんは汗ひとつかかず涼しげに先頭を歩いていた。

「そういえば、矢神さんは?」

 矢神真琴、昼間に事務所のソファーで寝ていた左腕のない男の子。あのイタチの妖のリオンちゃんといい、まだよく分からないまま私達は今に至る。赤川さんは「ああ、真琴は後で来るよ」とだけ返事をした。
 私もみかも蚊帳かやの外のようで、黙って彼女についていくことしかできなかった。

 途中、何度か怯えているひとを見かけた。黒い妖に怯えているのだろう。あれ以来、みかの側にいたあのおばあさんも見かけなくなっている。もしかすると、黒い妖に喰べられたのかもしれない。
 ……喰べるというのは言葉通りの意味なのだろうか。幽世には現世のように喰べるという概念があるのか。話に聞いている限り、幽世は死後の世界に近いところのようだし、肉体から離れた魂の具現体だというのならそういった概念はなくなっているのではないだろうか。じゃあ、喰べるって一体……。
 私の考えを読み取ったわけじゃないだろうけれど、赤川さんはタイミング良くその話をしてくれた。

「幽世というのはいまだに解明されていない場所だ。当たり前だよな、視える人とそうでない人がいるんだから。だから、そこに存在する妖という生き物も謎に満ちているんだ。妖と言っても色んな奴がいる。ただそこに立っているだけの何もしない妖、現世にいる存在を見守っている妖、そして他の妖やあたし達みたいな干渉者を襲う妖。襲うだけのものもいれば、喰うものもいる。喰うっていうのは空腹を満たす意味で行なわれるものじゃなくて、エネルギーを蓄えるという意味で行なわれているとあたし達は考えている。その証拠に、喰う妖は凶暴な奴がほとんどだ」

 彼女の話を聞いて、私は昔のことを思い出した。

「私、子供の時に妖怪にあったことがあるんです」

 その話はみかにも話したことはなかった。みかは「えっ」と小さく声を洩らした。
 赤川さんは黙って話に耳を傾けてくれていた。

「昔、母の実家に遊びに行った帰りに嵐に巻き込まれて、山奥の方だったこともあって車ごと土砂に押し流されたんです。気がついたら辺りには父も母もいなくて、私だけ車から投げ出されたんだと思います。それで、父と母を捜している時に、私の目の前に突然巨大な妖怪が現れたんです。まるで狐のような姿をしていました。化け狐なんじゃないかって」

 もしかしたらそれは、色んな妖を喰べて凶暴になった妖だったんじゃないか。そう思った。
 廊下に響く複数の靴音。しばらくして、

「嵐……かぁ」

 赤川さんは一言そう呟いた。
 その先に続く言葉はひとつもなくて、ただただ靴音が続くだけだった。


 彼女が向かっているのは、私達の教室2年3組だった。
 黒い妖が現れた最初の場所。

「ここに、いるんですか?」
「気配はここから濃く感じる」

 2年3組のドアを開く。
 途端、今までに感じたことのないほどの気配を身体中で感じた。

「何これ……」

 目の前の状況に、私の身体は震え始めた。

「あやめ? 大丈夫!?」

 みかが手を握ってくれる。

「こいつ、随分と喰ったみたいだな」

 震えが止まらずその場に崩れた私をよそに、赤川さんはづかづかと教室の中へと入っていく。
 教室の中はまるで地獄絵図だった。教室の後ろ半分は闇で埋め尽くされていて、目を凝らすとその正体が巨大なヘドロのようなものであることが分かる。それは常にうねうねと動き続けていて、至る所から人の腕のようなものが助けを求めているかのように突き出ていた。ううん、実際に助けを求めていた。

「助けて」「苦しい」「死なせて」「怖い」

 そんな声がヘドロから聴こえてくる。
 これがあの黒い妖? あの日とは比べ物にならないくらい大きくて、気持ち悪い。こんなの、化け物だ。

 私は耳を塞いでぎゅっと目をつむった。

烏丸からすまさん、遠藤さんを連れて外に出ていて」

 赤川さんの指示に従って、みかは私の肩を寄せて廊下を引き返した。私は、何もできないままみかに連れられた。

「あやめ、ごめんね。こういう時、うちは何もできない。せめてあやめの見てるものが見えたらいいのに」

(……そんなことない)

 声は出なかった。みかに心配させたくないというのに、私はまたみかを哀しませてしまうのか。

 階段を降りて、廊下を進んでいく。

「ねぇ、あやめ」

 みかは私の名前を呼んだ。

「うちね、去年におばあちゃんを亡くしててね。うちあまり裕福な家庭じゃなかったから、本当は高校にも行くつもりはなかったんだ。だけどおばあちゃんが学費を出してくれて、それで通えるようになったんだ。……おばあちゃんは家の階段から落ちて頭を打って亡くなった。おばあちゃん家の階段には手すりがなかったんだ。バリアフリーっていうのがなかった家だったから。だからね、うちが高校に行かなかったら、ちゃんと手すりの工事もできて、ちゃんと階段を使うときには手すりを掴んで……、そしたらね、おばあちゃん、死ななかったんじゃないかなって……ずっと考えてて……。ねぇ、あやめ。……おばあちゃん、うちを恨んでないかなぁ」

 震えた声でみかは私に訊いてきた。みかの気持ちを少し知れたのが、嬉しく思えた。
 みかのそばにはいつも頭から血を流したおばあさんがいた。じっとみかを見つめていた。悪意は何も感じなかった。そっか。あのおばあさんはみかのことを見守っていたのか。
 おばあさんは何かを呟いているようにも見えた。何を言っているのかは分からなかったけれど……きっと。

「大丈夫、きっと恨んでなんかない。だって、いつもみかのそばにいたんだから」
「……ほんとに?」
「うん」

 みかの表情は見えなかった。ただ、隣で鼻をすする音が聴こえていた。
 そのおばあさんが黒い妖に喰べられたかもしれないことは言わなかった。だけど、きっとあの妖をなんとかすれば、助けられるかもしれない。

「みか」
「ん?」
「もう大丈夫」
「……そか」

 みかからそっと離れて、私は一度深呼吸をした。
 そして、きびすを返したその時だった。

 バリィンと、硝子がらすの割れる音が廊下内に響き渡った。

「ひゃあっ」
「みか、行こう。きっと赤川さんだ」

 みかを連れて、廊下を駆ける。
 硝子の音は上の階から聴こえた。きっと2年3組だ。そして硝子が割れた後、外の方から呻き声が聴こえた。きっと今は外にいる。2年3組の窓から外に出たんだ、あの黒い妖は。だとしたら、そいつはグラウンドにいる。
 校舎の外に出て、私達はグラウンドまで走った。


「いた、赤川さん!」

 グラウンドに黒い妖と赤川さんがいた。
 黒い妖は更に大きくなっているように感じた。
 地面に手をついた赤川さんの前には、四角い膜のようなものが張っているのが視えた。黒い妖はその膜の先には行けないようだった。きっとあれが結界というものなのだ。

 私の声に反応したのか、黒い妖は私とみかの方に向きを変えた。

「くっそ! 無視してんじゃねえよ黒ヘドロがあ! 遠藤さん烏丸さん! そっから逃げろっ!」
「え、なになになに!?」

 戸惑うみかの手を握りしめ逃げ出そうとしたその瞬間、私の足がもつれて転けてしまった。その間も黒い妖はこちらに近づいてきていた。あの時より動きが速い。逃げ切れないと判断した私は、急いでお札を探した。鞄の中をまさぐる。けど、なかなか見当たらない。ちゃんと分かりやすいところに仕舞うべきだった。

 ようやくお札を見つけた時にはもう目の前まで奴が来ていた。間に合わない。
 まただ、またこんなことに……。
 どうにもできなくて、私は目をつむった。


 静寂は束の間だった。

「ふぅ、間に合った!」

 男の人の声。聞き覚えがある。
 ふっと目を開けると、目の前に広がったその光景に言葉が出なかった。

「大丈夫だった?」
「あやめ! 大丈夫?」

 ふたつの声が重なり合う。それは、みかには視えていないことを意味する。
 ハッと我にかえり、みかに「大丈夫」と答えてから、私はに目を向けた。に。

「どういうことですか……」

 昼間と同じ制服姿の矢神さんは「あー」と頭をぽりぽりと掻く。その仕草は赤川さんによく似ていた。
 話すと長くなりそうな、今はそういう状態だった。
 一言で言うと、彼は浮いていたのだ。浮遊、していたのだ。まるで死んでいる人と同じような気配も感じた。そして、そんな彼には

「大丈夫かあんた達」

 こちらへ走ってきた赤川さんが矢神さんを見上げ「来るのおっそ」と舌打ちをした。

「ごめんって。ちょっともたついた」
「え、あの、え? そこに誰かいるんですか?」

 きょろきょろと見回すみかを見て「あ、そっか」と赤川さんはこの状況を理解した。
 説明をちゃんとして、と赤川さんに片目で訴える。

「今ここに真琴が浮いてるんだ」
「浮いてる? 矢神さんが? …………え? どういうこと?」

 ますます戸惑うみか。

「え、うちに見えないってことは、もしかして亡くなったんですか……」
「まぁそう思うよな。違う違う。ちゃんと生きてるよ。真琴はな、元々干渉者でもなんでもないんだ。けど、こいつは
「幽世に行く力?」

 どういうこと? 幽世って、死んだ人しか行けないんじゃないの? それも未練を残した人だけが。
 赤川さんは「んー」と少し唸ってから、こう続けた。

「幽体離脱って聞いたことないか?」
「……肉体から魂が抜けるアレですか?」
「そうそう。それだよ」
「……え、じゃあ矢神さんって、今魂だけの状態ってこと?」

 みかの問いに赤川さんと矢神さんはコクンと頷く。
 浮遊した矢神さんの状態はたしかに幽体離脱と言われるそれのイメージによく似ていた。
 ないはずの左腕があるのは、そこが幽世だからなのだろうか。赤川さんは言っていた。『肉体を離れた魂は自身で姿を形づくる』と。だから左腕のあった姿を思い浮かべることで、彼は幽世の中でだけ両腕のある姿でいられるのかもしれない。

「今、矢神さんの肉体は?」

 訊ねると、矢神さんは遠くの方を指差した。

「事務所のソファーで寝てるよ」

 それを聞いてふと、昼間の光景を思い出す。

「もしかして、昼間に寝ていたのって……」
「そう。ずっと学校の様子を見張ってもらってたんだ」

 もしかして、私が黒い妖に目を奪われた時に赤川さんがすぐに助けに来られたのも、昼間、事務所に着いた直後にドアが開いたのも、矢神さんが見ていたから?
 ……全然気がつかなかった。

 矢神真琴が幽体離脱のできる人だったことに少なからず驚きはあった。
 けれど、今私の中でそれ以上に心を奪われていたものがあった。それは、さっき黒い妖に襲われそうになった時に助けてくれて、そして今その妖と闘っている白い妖だった。

 牙を剥き出して黒い妖に噛みついている4足歩行の妖。神々しく輝く白い毛並みに長い胴体、そして鎌のように伸びた鋭い爪。風が吹き出して、夏だというのに体温が次第に奪われていく。その姿は、あの日私の前に現れたあの妖怪とよく似ていた。

「……化け狐」

 あの日の光景が浮かぶ。
 雨風が吹きすさむ中、その自然の流れに乗るように現れた妖怪。

「違うよ遠藤さん」
「……え?」

 赤川さんは私の視線の先の白い妖の方を見つめて言う。

「あんたが昔遭遇した妖は化け狐じゃない。は、旋風つむじかぜに乗って現れ、鋭い爪で様々なものを切りつけていく妖。時には人を、時には妖を、そして時にはを。奴が通ったところには嵐が吹き、鎌のように鋭く伸びた爪は人々に恐怖心を植え付け、そしてこう恐れられた。悪神『鎌鼬かまいたち』と」

 鎌鼬……。あの妖が、あの日私達を襲った妖。そして……。

「あんた達家族を襲ったのはかもしれない。けど、襲おうと思って襲ったわけじゃない」
「……」

 そんなこと言われても、簡単に受け入れられるはずがない。
 目をつむれば、あの日の光景が嫌でもよみがえってくる。

 ……え? 今、リオンって言った?

「リオンって、事務所にいたイタチですか?」
「そう。あの子だよ」
「けど、今のあの姿は……」

 事務所にいたのはただのイタチだった。もふもふの可愛いイタチ。鎌鼬とは似ても似つかない姿だ。

「事務所で会ったリオンは本来の姿じゃないんだ。いや、ある意味本来の姿なのかもしれない。あの姿は現世にいた時の、ただのイタチだった時のリオンの姿だ」

 赤川さんは語る。

「鎌鼬は大昔からずっと幽世にいた妖だ。それも現世に干渉することのできる干渉者でもある。触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、その五感全ての干渉者なんだ。人に危害を加えることもある。だけど、リオンの獲物は妖の方だ。それも他の妖を喰う凶暴な妖を狙う。それが本能なのかもしれない。
 鎌鼬は普段は姿を現すことはない。いや、速すぎて視えないんだ。だけど2年前に、リオンはあたし達の前に現れた。大怪我を負った姿で。そんなリオンを助けたのが真琴だった。幽体離脱した真琴がリオンに触れたその瞬間、リオンは力を取り戻したんだ。なぜかは分からない。けど真琴が幽世に行き、リオンのそばにいる間だけリオンは本来の力を取り戻すことができる」

 赤川さんの話を聞いて、私はふとあのニュースをことを思い出した。

「2年ほど前に眼球を抜かれた遺体が多発したのって……」

 私の言いたいことを察してくれた赤川さんは頷いた。

「多分あんたの考えてる通りだよ。それまで妖による被害がなかったのは、リオンがそういった妖達と闘っていたからだと思う。だけど、怪我を負い力を失ってから妖の被害は増えるようになってしまった。それがあの不可解事件の原因だ」

 この子が、被害を抑えてくれていたのか。
 そして矢神さんに出会って再び闘う力を取り戻したリオンは、今も闘い続けている。
 だったら、リオンは……鎌鼬は、私達の味方なのだろうか。

「あそこに、いるの?」

 みかがグラウンドの方を指差して訊いてきた。私は「うん」と答える。

「あやめがさっき話してたあの妖?」
「うん、そう。闘ってる。今、黒い妖と」

 黒い妖は呻き声を上げながらヘドロにまみれた腕を何本もリオンめがけて伸ばしていく。いつの間にかリオンの背には矢神さんが乗っていて、まるで一緒に闘っているようだった。リオン達は、ヘドロに塗れた腕を華麗にかわしながら、時には鎌で直接、時には風のように斬撃を飛ばして腕を切り落としていく。リオンが動くたびに風が舞い、重力を感じさせない流れるようなその動きは、まるで竜のようだった。

 切り落とされていくヘドロに塗れた腕はバタバタと地面に落ちて、まるで自らの意思を持つようにもぞもぞと動き出した。

「な、なにあれ」
「大丈夫だ」

 赤川さんは驚いた私を安心させるように声をかけた。そして「あれを見ろ」と動き出した腕を指差す。

「あれって」

 ヘドロが次第に流れ落ちていき、腕から先があらわになっていく。

「今まで喰ってきた妖達だ」

 様々な姿の妖が現れた。と言ってもそのほとんどが人の姿だった。その中には、普段学校で見かける妖の姿もあった。

「これがリオンの力だ。鎌鼬の鎌はあまりにも鋭いが故に切られたことにすら気づかない。その上器用に鎌を扱うことができるんだ。今、リオンは黒い妖が喰ってきた妖達だけを切り離している」
「……そんなことが」

 話している間にも、リオンは黒い妖から腕を切り落とし続けている。徐々に、徐々に、その黒い妖の姿が小さくなっているのが分かる。

 赤川さんの話と、リオンと矢神さんの姿を見て、私は思い出したことがあった。


 土砂崩れでお父さんとお母さんとはぐれた後、私はふたりのことを呼び続けた。だけど返事はなくて、その時1本の大木が私めがけて飛んできた。きっと風で吹き飛ばされてきたんだと思う。私は叫んだ。怖くて怖くて泣き叫んだ。
 その瞬間に、リオンは私の目の前に現れた。神々しく輝いた姿のリオンは私を見つめて、そして颯爽と去っていった。
 私の後ろには、真っ二つに割れた大木があった。


 あの後すぐにお母さんが来てくれて、私は助かった。
 当時は怖くて気がつかなかったけれど、きっとリオンが私を助けてくれたんだ。
 悪神として恐れられてきたかもしれない。だけど、この子は人を襲う妖なんかじゃない。私はそれを信じようと思う。

 気がつくと、黒い妖のヘドロがはがれ落ちて中身が見え始めていた。

「……遠藤さん、違ったよ」
「え?」

 赤川さんは呆然とたたずみ、黒い妖を見つめている。



 リオンによって、黒い妖に喰われた妖達は多分全部切り離された。
 リオンは一瞬にして黒い妖のそばに現れ、鎌を振り上げた。そして、黒い妖めがけて振り下ろした。これが最後の一撃だった。

 黒いヘドロのみがスパンと切れ、ドロドロに崩れ落ちていく。
 姿が現れる。

「……犬だ」

 小さな子供と同じくらいの大きさの犬。泥に塗れて弱々しい姿の、多分雑種の犬。

「犬?」

 みかは私達の視線を追って、その先を見つめながら言う。

「犬がいるの?」
「うん。黒い妖の正体が犬だったみたい」
「それって……もしかして」

 みかが何かに気づいたその時、後ろで声が聞こえた。

「ゴロー」

 後ろを振り返ると、ひとりのおじさんが立っていた。
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