災害の痕跡

火災の脅威

　竹内進は息子、優介のために、朝ごはんを作っている。
　コンロに火をつけ、温まったフライパンに卵をいれる。
（また目玉焼きだと飽きられるかな……）
　そう進は心配な気持ちを脳裏に巡らす。
　進の結婚相手、優介の母、香織は優介が生まれてすぐ、病気にかかり亡くなった。
　そのようなことで、今は進一人で優介を育てている。
　目玉焼きが完成し、進は優介を起こすため、優介の部屋のドアをノックし、中に入った。
（相変わらずの寝相だな）
　進はそう思いながら、優介を起こした。
「おはよう」
　優介は寝ぼけながら言った。
「朝ごはん、出来てるぞ」
　進はそういい、部屋を出て、リビングに向かった。
　優介もスリッパをはいて後を追うように出てきた。
　寝ぼけて足がよろけながら進のほうに来る。
「顔洗ってきな」
　進はそんな優介にやさしく言った。
　優介が洗面台のある部屋のほうへ体を向けたその時だった。

　ジリリリリリ
　耳を塞ぎたくなるような大きな音の火災報知器が部屋中に鳴り響いた。
　進はとっさにガスコンロのほうを向いた。
　火は消えている。
　どうやら同じアパートのほかの部屋からのようだ。
　進は優介のほうに駆け寄った。
　優介は少し顔がこわばっている。
　進は優介を抱えた。
　五歳の優介はまだ軽かった。

　進はふと天井を見た。
　天井は燃えていた。
　そしてあっという間に天井は燃え広がった。
　進は玄関へと走った。
　ドアを開けようとするも開かない。
（テレビで火事の時ドアが開かなくなるとかいうのを見たことあったな）
　進はそう思った。
　煙が部屋の中に入ってきて、進は苦しくなってきた。
　息が思うようにできない。
　進は靴箱上にあるハンカチ入れからハンカチを取り、優介の口、そして自分の口を押さえた。
　進は優介を降ろした。
「これ口に押えてて」
　進はそういい、優介はハンカチを口に当てた。
　進はハンカチで口を押えつつ、玄関のドアを体で体当たりする。
　開かない。
　数回繰り返したがなかなか開かず、進は疲れてきた。

　進はふと、優介のほうを見た。
　優介はとても苦しそうにしている。
　進は周りを見渡した。
　明らかに煙か下のほうに充満していることに気が付いた。
　進は急いで優介を抱っこし、上へあげた。
「大丈夫か？」
　進が声をかけても優介は反応しない。
　どうやら気を失っているようだ。
「はやく……はやく……」
　進はドアへ体当たりし続ける。
「……開いた！」
　進は家の外へと出た。
　下には消防車が見えた。
　すると一人の消防士が下から進を発見した。
　装備を着た複数人の消防士が進のもとに駆け付けた。
「気を失っていて……」
　進が消防士へそういうと、ガスマスクを口に当てられ、進は下へと避難した。
　すでに来ていた救急車に優介は乗せられた。
　進も一緒に乗ろうとしたが、救急隊に止められた。
「自分は大丈夫ですから！」
　進はそういうと、救急車へと乗り込んだ。
　優介の脈は止まっているようだ。
　救急隊が心拍蘇生を行っているのを進は祈って見ていることしかできない。
　ピッピッピッ
　優介の心拍が動き出した。
「心拍、再開しました！」
　進は救急隊のその言葉に安堵した。
　優介は呼吸も安定し、病院に着いた後、治療室へと運ばれていった。

　それから数分後、治療室の前で待っている進のもとへ医者が来た。
「息子さん……助かりましたよ」
　進は安心し、その場へ泣き崩れた。
「香織……優介……無事だったよ……」