お別れのために、恋をしよう

椿雪花

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第一章 禁じられた森で

第十一話 おばあちゃんの異変

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 ひょっとこを被っている男の子と出会った。

 お風呂から上がり、リビングでみよが淹れたハーブティーを楽しんでいる時、明日花は司の話をした。もちろん、森で出会ったことは伏せた。
 みよと茂はおかしそうに笑う。

「そんな子がいるのか。どこかから遊びに来ているのかな」

 茂は、ひょっとこを被っている男の子――司に心当たりはない様子だった。司は「毎日森にいる」と話していたので、この町の人間かと思ったのだけれど、違うのだろうか。

「四十万司くんって子なんだけど、知ってる?」

 名前を出してみるも、茂は首を振った。みよは知っているだろうか、とみよに視線を映す。すると、みよは表情を凍らせていて、明日花はぎくりとした。

「おばあちゃん、どうしたの? もしかして、司くんを知ってる?」

 みよから反応はなかった。何かを考え込むように、暗い表情で床を見つめている。

 ただ〝知っている〟だけの反応ではなさそうだ。明日花はごくりと喉を鳴らした。

 おじいちゃんは知らなくて、おばあちゃんは知っている男の子。しかも、おばあちゃんの反応からすると、〝あまり良くないことで知っている〟子。

 司と話した感じでは、司が悪い子だとは思わなかった。むしろ、優しくて、面白くて、一緒にいると安心感がある。

 実は、良い子の皮を被ったケダモノとか? あのひょっとこは自分の中のケダモノを隠すための鎧?

 浮かんだ考えに、すぐさま首を振った。アニメや漫画の影響を受け過ぎである。

「みよ、どうしたんだ。何か、心当たりがあるのか?」

 茂が心配げに眉根を寄せて訊ねた。しかし、みよは答えず、ゆっくりと明日花と目を合わせた。

「その子は、四十万司というの?」
「そうだよ。結構、格好いい子だった」

 明日花は聞かれていないことまで答えた。茂が驚いたような反応を見せた気がしたけれど、気に掛ける余裕はなかった。

「いったい、どこで会ったの?」
「えっと……」

 明日花は言葉に詰まった。どこで、と問われると、痛い。由香曰く〝近付いちゃ駄目〟な森だし、大人が口を酸っぱくして注意するくらいなのだから、みよと茂も怒るはず。できれば、森に行ったことは伏せたかった。

「明日花ちゃん、その子とどこで会ったの?」

 けれど、切羽詰まったみよの表情を見ていると、隠し通せる自信がなくなった。黙ったままでは、誰も救われないと感じた。その〝誰か〟がみよなのか、司なのか、それとも違う誰かなのか、何もわからなかったけれど。

「町の外れにある森で……偶然会ったの。ええと、歩きで三十分くらいの森」

 心臓がうるさいくらいに跳ねている。焦りで、背中に嫌な汗が滲んできた。みよと茂の反応を見るのが怖くて、自ずと目線が下がった。

「そうだったの」

 怒られる、と身構えていたが、みよは静かに返事をしただけで、怒る気配はなかった。顔を上げると、みよは明日花から目線を外し、どこか遠い場所を眺めているような面持ちをしていた。

 みよが心配になった。いつもの様子とまるで違ったから。明日花が知っているみよは、陽だまりのような表情で、優しい目をして明日花を見つめてくれる。怖い顔は見た記憶がなかった。

「あの、おばあちゃん」
「もう森に行っては駄目よ」

 みよは厳しい声で明日花を制した。明日花は身体を強張らせる。

「みよ、いったいどうしたんだ。確かに、子供たちだけで森に行くのは危ないが……その四十万司くんに何か関係があるのか?」

 茂が訝しげな顔をして、みよに訊ねた。しかし、みよは力なく首を振る。

「何でもないわ。とにかく、その森に行くのは、もう止めてちょうだい。お願いね、明日花ちゃん」

 明日花は頷き返すことができず、うろうろと目線を彷徨わせ、やがて目を伏せた。約束はできない。明日花は司に会って、もっと話がしたかった。森以外の場所で会えばいいのかもしれないけれど、明日花には、司が森以外で会ってくれるとは思えなかった。理由は、自分でもわからないけれど。

「少し疲れてしまったから、もう寝るわね。おやすみなさい」

 みよは、言葉の通り疲れた顔で微笑んだ。椅子から立ち上がり、肩を落としてリビングを出て行く。明日花はみよが心配で堪らなかった。

「おばあちゃんは大丈夫かな」
「わからないが……今はそっとしておこう。落ち着いたら、きっと話してくれるだろう」

 茂は静かに微笑む。明日花は頷き、ぬるくなったハーブティーを飲んだ。
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