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第5章「神々集いし夢牢獄」
101話 夢の国のルナステラ(3)
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「ステラ様!! ご無事ですか!?」
「ステラちゃーん!!」
血相を変えたアルバトスとノインが、ステラへと全速力で駆け寄った。全速力、といってもアルバトスはほとんど一瞬で辿り着き、ノインはへろへろと頼りなさそうなスピードで走っていた。
ステラは特に傷ついていたり、服が汚れていたりすることもなく、いつも通りに思えた。
「……あなたたち、だぁれ?」
「えっ……す、ステラ様……?」
「わたしのこと知ってるの? じゃあ、ここがどこか知ってる?」
私たちの間に、頭をぶたれたような衝撃が走る。ノインは白目を剥き、アルバトスはそれに加えて口から泡を吹いて、その場に倒れ伏してしまった。ステラ本人は、こちらの顔を見回しては首を傾げるばかりだった。
オルフさんたちはわからないが、ステラが十年以上共に過ごしてきた私たちとアルバトスたちを忘れるなんて、あり得るはずがない。
「このアルバトスという男は君を育てている世話神で、そこのノインという女神はアルバトスの姉だ。そして、君は私やユキアたちの妹分なんだ」
メアがステラの前にしゃがみ込み、私たちのことを思い出させようと試みる。ステラはあまり理解できていなさそうだが、相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
今度は、私がステラの前に来て話を聞くことにした。
「ここはどこなのか、ステラの知ってる範囲で教えてくれる?」
「えーと……道の途中で会った子には、『ここは夢の国だよ』って教えてもらったの。小さくなったり大きくなったり、夢って不思議なことでいっぱいだね」
……夢に限った話じゃないと思うんだけどなぁ。魔法が当たり前なのが私たちの世界なのだ。やはり、ステラも何かしらおかしくなってしまっているみたいだ。
『夢の国、小さくなったり大きくなったり、不思議なこと……』
「何ぶつぶつ言ってんだ、ルマン?」
『いや、なんでもない。そのルナステラという娘もおかしくなっているのは理解した。問題はどうやって治すかだな』
「うーん、かわいそうだからやりたくねーけど、さっきユキアがやったように衝撃を与え────」
それはあんまりだ、と抗議する前に誰かがオルフの襟元を掴み、彼のこめかみに銃口を突きつけた。アルバトスがまたもや驚くほどの速さで動き、虚ろな目で般若の顔を浮かべていたのだ。
「やったらその瞬間にお前を殺す。わかってるよなぁ? あ?」
「いや、やりたくねーって言っただろ!?」
「あ、アルバトスさん! 暴力はダメ!」
ステラは記憶を失っていながらも、アルバトスに駆け寄って服の裾を掴んだ。その言葉を聞いたアルバトスの目は見開かれ、銃を捨ててステラへと向き直る。そして、土下座をした。
「ステラ様! 申し訳ございません! 彼を殺すつもりなんて微塵もありません、ええ!」
『嘘吐け、殺る気満々だっただろう』
「黙れバイク野郎!!」
崇拝するステラが前にいるというのに、水を差そうとしたルマンに対し怒号を飛ばす。ステラ以外は元の調子に戻ったようだった。
「ステラは見つけられたが、他の子供たちも探さないといけないな」
「他のひとたちとも合流しないといけないんじゃない? 全然見当たらないし」
ステラの話が本当なら、私たちと同じように子供たちもここに閉じ込められている。いつの間にか現れて、いつの間にか姿を消していると聞くと、ステラのように記憶が一部おかしくなっている可能性が高い。
おまけに、シオンやソル、クリムたちも見つけられていない。早めに合流した方が色々と助かるのだけど……。
「ま、いつまでもゆっくりしてられねーだろ! 早くこんな夢から脱出して、ラケル隊長の劇場を派手に壊してやる!」
『目的は破壊活動じゃないからな。しっかりしてくれよ、オルフ』
ルマンさんのスタンドを外し、ゆっくりと押して進み始める。アルバトスはステラとしっかり手を繋ぎ、彼女を導いていく。問題は、いつまでも動こうとしない水色のサボり魔駄女神の方だ。
「ノイン、出発するぞ」
「えー、もう行くのー? あたしもうちょっとゆっくりしたーい……」
「早く行かないとロリに会えないよ?」
「行くっ!!!」
私が「ロリ」という単語を出した瞬間、先を進むアルバトスたちの方へとババっと走り出した。ステラに近寄ろうとしたゆえに、真横へ蹴り飛ばされていったけど。
しばらく歩いていると、森から出て開けた場所に辿り着いた。空の雲もだんだんと晴れていき、霧もすっかり消えた。森の先には草原が広がり、さらにその先には庭園に囲まれた白い壁と薄紫色の屋根の城がそびえていた。永久庭園のことを思い出したが、あれよりもずっと広い敷地に花が咲き誇っている。
私たちはしばらく呆然としていて、何も言葉が出てこなかった。
『……思い出した。この夢は、あの本が元になっている世界なんだ』
「どの本だよ?」
ルマンさんの言葉で、私たちの間に漂っていた静寂が打ち破られる。
「子供向けの童話に、『夢の国のエリス』というものがあります。きっとあれがモチーフになっているのでしょう」
「なんで童話が元になっているってわかるの?」
「少し前に、ステラ様がお読みになっていたからです。とても気に入っておられましたよ」
アルバトスと手を繋いだままのステラは、何を言っているのかよくわからないのか首を傾げている。ただ、今ならそれも無理はないと思えた。この夢の主人公は、エリスに成り代わったステラなのだ。
ここまでの話を聞いて、なんとなく合点がいった気がした。私も子供の頃に、夢の国のエリスという童話を一度だけ読んだことがある。おかしなティーパーティーもその物語に出ていたし、ステラの言っていた「大きくなったり小さくなったり」という展開にも覚えがある。かなり昔に読んだきりだったので、言われるまで思い出せなかったが、ここは夢の国のエリスに影響されたステラが作り出した世界なのだと予測できる。
「……童話を読んだことで作られた夢の世界、か。ラケルの神幻術であれば、子供の記憶から夢の世界を作り出すことも可能なんだな」
「でもさー、夢の国のエリスが元だっていうんなら、案内役のウサギはどこにいったのさ?」
ノインの言葉により、また疑問が増えた。夢の国のエリスには、夢に迷い込んだエリスを導くウサギのような生き物が登場する。ここまで、ウサギらしきものには出くわしていない。なんなら、ティーパーティーの場面で出てくる登場人物も、本当のエリスも出てきていない。
「つまり、完全に物語が再現されたわけではない、と。たとえ再現されたものだとしても、極めて不完全なものなのでしょう」
「不完全なのは当たり前だ。この夢で物語を再現するためには、配役が必要だった。それが、劇場で眠っていた子供たちや、私たちだったんじゃないか……?」
そう考えたら、ある程度納得がいった。私やオルフさんたちのように役にはまらなかった神もいれば、ステラや先程のメアたちのようにしっかり役割を持った神もいる。
ただ、なぜステラの見たものがこの夢に影響を及ぼしたのかはわからなかった。
「みんな~、お疲れちゃ~ん♪ ここまでどうだった~?」
どこからともなく、ふざけた声が聞こえてきた。最初に出くわしたときと同じく、紅紫色の毛むくじゃらな猫が前に躍り出てきて、頭上にピエロの幻影を映したのだ。
「あっ、猫さんだ! 可愛い!」
「そいつに近づかないでください、ステラ様! ……出たなくそピエロ! ステラ様を元に戻せ!!」
「他のロリショタも夢から解放しろー!!」
猫に手を伸ばしたステラを引き留め、血相を変えて怒鳴るアルバトスと、両腕を振り上げて抗議するノイン。姉弟揃って叫ぶ中でも、ラケルはほとんど動じなかった。
「え~、言ったでしょ? この夢に囚われた子全員見つけなきゃ、出してなんかあげないよ~?」
「一体何なんスか、ラケル隊長? オレらを笑いに来たんですか? いいご身分ですね」
「いや~? 君たちに情報をプレゼントしようと思っただけだけど~? いらないの~?」
その場にいた全員が、しかめっ面のまま黙り込む。このピエロに頭を下げたりしてまで、情報を聞き出そうとは誰も思わなかったのだ。
しばらく押し黙っていると、観念したようにため息をつかれた。
「まあいいや。この先にお城があるでしょ~。あそこに行ったら、きっといいものが見つかるよ」
「……罠じゃないだろうな?」
「や~だなぁ~。ぼくちんだって、いつも嘘吐くわけじゃないよ~? 信じるかどうかは、君たち次第だけどね」
わざわざこうして情報を与えてくる意図が読めない。城に何かあるとすれば……いなくなった子供たちとか?
『みんな、こいつの言うことは信じるな。こいつは見た目の通り、ただの道化でしかない』
「……ルマン? どうしたんだよ?」
いつもよりも厳しさを増した声に、真っ先にオルフさんが反応する。ルマンさんの言葉を聞いたラケルの顔は、どんどん笑みで歪んでいく。
「あっはっはぁ! そんなの当たり前じゃん! ぼくちんはただのふざけたピエロで、嘘吐きだよ? バカ正直に信用する方がおかしいって!」
腹を抱えて、壊れるくらいに笑い転げている。私たちは何も言えず、その場に硬直していた。
しばらく笑ってから、ラケルは私たちに向かって大げさに手を振った。
「じゃあ、この夢から出られるようにせいぜい頑張りなよ! バイバイ!」
「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」
その言葉とともに幻影が消え去り、猫が一声鳴いてから逃げ出した。その方向には、奇しくも城がそびえている。
「あ、猫だ! 捕まえろー!」
猫が去ってすぐに、私たちの背後から子供の声が聞こえた。一人ではなく、複数人の子供たちが、私たちを追い越して猫めがけて走っていく。
「みんな、待って!」
「ステラ様! 一人で行くのは危険です!」
繋いでいた手を離し、子供たちを追いかけて行くステラ。アルバトスを先頭に、私たちも後を追う。
今のところ、あの白と薄紫色の城に行くくらいしか手がかりはなさそうだ。わざわざ城が建っているのだ、何かしら隠されていたっておかしくない。
『……いつまで逃げ続ける気なんだ、あいつ……』
「まーたぶつぶつ言ってんな。今日はどうしたんだよ?」
『……なんでもない』
私の後ろから、少し寂しげなルマンさんの声が聞こえたのは、気のせいだろうか?
城の正門に来ても、門番の一人もいない。おかげですんなり敷地に入ることができた。
庭園には、誰もいないように思えた。それでも管理が行き届いているように見えるのは、ここが夢の中だからか。
白と薄紫色のタイルの床が敷き詰められ、白い壁に囲まれた城の中にも、誰もいない。
「くそっ、見失ってしまった。ステラ様はどこに行かれたんだ……」
「子供の姿もないな。こう静かだと、なんだか不気味だ」
ステラや子供たちは途中で見失ったが、この城の中に入っていったことだけは確かだ。
分かれた通路はないが、扉が三つある。右と左の壁の扉と、正面の一際大きな扉だ。子供たちはどの扉を開けたのか、痕跡を辿ることにした。
しかし、痕跡を辿るよりも前に、扉に近づいただけで確信した。
「……この一番大きな扉の先、なんか騒がしいよ」
「きっとそこにステラ様がいるんだ! 開けるぞ!」
「あーもう、あんたらちょっと待ってよー」
ノインを待っていたら何もかもが手遅れになる気がする。私とアルバトスで扉を押し開ける。
その先は、城の大広間らしき広々とした部屋だった。扉よりも少し遠い場所に、ステラが一人立ち尽くしていた。
「ステラ様! ご無事ですか!?」
「あっ、みんな……あの、他の子たちが、ちょっと変なの……」
アルバトスに保護されたステラが、部屋の奥へ指をさして私たちに告げた。
長い薄紫のカーペットの先に白い玉座があり、その周りには子供たちが集まっている。子供たちは、玉座に座る誰かに笑顔を見せたり、遊んでもらったりしていた。
その「誰か」は、紫の長髪を一つに束ね、異国の装束を模した服を着ており、腰の両側に二本の刀を差していた。
「ふふ、そうですか。面白い方たちに遊んでもらっていたのですね」
夢の国のエリスを辿るなら、その玉座に座っているべきは夢の女王たる女性なはず。しかし、私たちが今見ているひとは、女王とは程遠い雰囲気をまとっていた。
「ステラちゃーん!!」
血相を変えたアルバトスとノインが、ステラへと全速力で駆け寄った。全速力、といってもアルバトスはほとんど一瞬で辿り着き、ノインはへろへろと頼りなさそうなスピードで走っていた。
ステラは特に傷ついていたり、服が汚れていたりすることもなく、いつも通りに思えた。
「……あなたたち、だぁれ?」
「えっ……す、ステラ様……?」
「わたしのこと知ってるの? じゃあ、ここがどこか知ってる?」
私たちの間に、頭をぶたれたような衝撃が走る。ノインは白目を剥き、アルバトスはそれに加えて口から泡を吹いて、その場に倒れ伏してしまった。ステラ本人は、こちらの顔を見回しては首を傾げるばかりだった。
オルフさんたちはわからないが、ステラが十年以上共に過ごしてきた私たちとアルバトスたちを忘れるなんて、あり得るはずがない。
「このアルバトスという男は君を育てている世話神で、そこのノインという女神はアルバトスの姉だ。そして、君は私やユキアたちの妹分なんだ」
メアがステラの前にしゃがみ込み、私たちのことを思い出させようと試みる。ステラはあまり理解できていなさそうだが、相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
今度は、私がステラの前に来て話を聞くことにした。
「ここはどこなのか、ステラの知ってる範囲で教えてくれる?」
「えーと……道の途中で会った子には、『ここは夢の国だよ』って教えてもらったの。小さくなったり大きくなったり、夢って不思議なことでいっぱいだね」
……夢に限った話じゃないと思うんだけどなぁ。魔法が当たり前なのが私たちの世界なのだ。やはり、ステラも何かしらおかしくなってしまっているみたいだ。
『夢の国、小さくなったり大きくなったり、不思議なこと……』
「何ぶつぶつ言ってんだ、ルマン?」
『いや、なんでもない。そのルナステラという娘もおかしくなっているのは理解した。問題はどうやって治すかだな』
「うーん、かわいそうだからやりたくねーけど、さっきユキアがやったように衝撃を与え────」
それはあんまりだ、と抗議する前に誰かがオルフの襟元を掴み、彼のこめかみに銃口を突きつけた。アルバトスがまたもや驚くほどの速さで動き、虚ろな目で般若の顔を浮かべていたのだ。
「やったらその瞬間にお前を殺す。わかってるよなぁ? あ?」
「いや、やりたくねーって言っただろ!?」
「あ、アルバトスさん! 暴力はダメ!」
ステラは記憶を失っていながらも、アルバトスに駆け寄って服の裾を掴んだ。その言葉を聞いたアルバトスの目は見開かれ、銃を捨ててステラへと向き直る。そして、土下座をした。
「ステラ様! 申し訳ございません! 彼を殺すつもりなんて微塵もありません、ええ!」
『嘘吐け、殺る気満々だっただろう』
「黙れバイク野郎!!」
崇拝するステラが前にいるというのに、水を差そうとしたルマンに対し怒号を飛ばす。ステラ以外は元の調子に戻ったようだった。
「ステラは見つけられたが、他の子供たちも探さないといけないな」
「他のひとたちとも合流しないといけないんじゃない? 全然見当たらないし」
ステラの話が本当なら、私たちと同じように子供たちもここに閉じ込められている。いつの間にか現れて、いつの間にか姿を消していると聞くと、ステラのように記憶が一部おかしくなっている可能性が高い。
おまけに、シオンやソル、クリムたちも見つけられていない。早めに合流した方が色々と助かるのだけど……。
「ま、いつまでもゆっくりしてられねーだろ! 早くこんな夢から脱出して、ラケル隊長の劇場を派手に壊してやる!」
『目的は破壊活動じゃないからな。しっかりしてくれよ、オルフ』
ルマンさんのスタンドを外し、ゆっくりと押して進み始める。アルバトスはステラとしっかり手を繋ぎ、彼女を導いていく。問題は、いつまでも動こうとしない水色のサボり魔駄女神の方だ。
「ノイン、出発するぞ」
「えー、もう行くのー? あたしもうちょっとゆっくりしたーい……」
「早く行かないとロリに会えないよ?」
「行くっ!!!」
私が「ロリ」という単語を出した瞬間、先を進むアルバトスたちの方へとババっと走り出した。ステラに近寄ろうとしたゆえに、真横へ蹴り飛ばされていったけど。
しばらく歩いていると、森から出て開けた場所に辿り着いた。空の雲もだんだんと晴れていき、霧もすっかり消えた。森の先には草原が広がり、さらにその先には庭園に囲まれた白い壁と薄紫色の屋根の城がそびえていた。永久庭園のことを思い出したが、あれよりもずっと広い敷地に花が咲き誇っている。
私たちはしばらく呆然としていて、何も言葉が出てこなかった。
『……思い出した。この夢は、あの本が元になっている世界なんだ』
「どの本だよ?」
ルマンさんの言葉で、私たちの間に漂っていた静寂が打ち破られる。
「子供向けの童話に、『夢の国のエリス』というものがあります。きっとあれがモチーフになっているのでしょう」
「なんで童話が元になっているってわかるの?」
「少し前に、ステラ様がお読みになっていたからです。とても気に入っておられましたよ」
アルバトスと手を繋いだままのステラは、何を言っているのかよくわからないのか首を傾げている。ただ、今ならそれも無理はないと思えた。この夢の主人公は、エリスに成り代わったステラなのだ。
ここまでの話を聞いて、なんとなく合点がいった気がした。私も子供の頃に、夢の国のエリスという童話を一度だけ読んだことがある。おかしなティーパーティーもその物語に出ていたし、ステラの言っていた「大きくなったり小さくなったり」という展開にも覚えがある。かなり昔に読んだきりだったので、言われるまで思い出せなかったが、ここは夢の国のエリスに影響されたステラが作り出した世界なのだと予測できる。
「……童話を読んだことで作られた夢の世界、か。ラケルの神幻術であれば、子供の記憶から夢の世界を作り出すことも可能なんだな」
「でもさー、夢の国のエリスが元だっていうんなら、案内役のウサギはどこにいったのさ?」
ノインの言葉により、また疑問が増えた。夢の国のエリスには、夢に迷い込んだエリスを導くウサギのような生き物が登場する。ここまで、ウサギらしきものには出くわしていない。なんなら、ティーパーティーの場面で出てくる登場人物も、本当のエリスも出てきていない。
「つまり、完全に物語が再現されたわけではない、と。たとえ再現されたものだとしても、極めて不完全なものなのでしょう」
「不完全なのは当たり前だ。この夢で物語を再現するためには、配役が必要だった。それが、劇場で眠っていた子供たちや、私たちだったんじゃないか……?」
そう考えたら、ある程度納得がいった。私やオルフさんたちのように役にはまらなかった神もいれば、ステラや先程のメアたちのようにしっかり役割を持った神もいる。
ただ、なぜステラの見たものがこの夢に影響を及ぼしたのかはわからなかった。
「みんな~、お疲れちゃ~ん♪ ここまでどうだった~?」
どこからともなく、ふざけた声が聞こえてきた。最初に出くわしたときと同じく、紅紫色の毛むくじゃらな猫が前に躍り出てきて、頭上にピエロの幻影を映したのだ。
「あっ、猫さんだ! 可愛い!」
「そいつに近づかないでください、ステラ様! ……出たなくそピエロ! ステラ様を元に戻せ!!」
「他のロリショタも夢から解放しろー!!」
猫に手を伸ばしたステラを引き留め、血相を変えて怒鳴るアルバトスと、両腕を振り上げて抗議するノイン。姉弟揃って叫ぶ中でも、ラケルはほとんど動じなかった。
「え~、言ったでしょ? この夢に囚われた子全員見つけなきゃ、出してなんかあげないよ~?」
「一体何なんスか、ラケル隊長? オレらを笑いに来たんですか? いいご身分ですね」
「いや~? 君たちに情報をプレゼントしようと思っただけだけど~? いらないの~?」
その場にいた全員が、しかめっ面のまま黙り込む。このピエロに頭を下げたりしてまで、情報を聞き出そうとは誰も思わなかったのだ。
しばらく押し黙っていると、観念したようにため息をつかれた。
「まあいいや。この先にお城があるでしょ~。あそこに行ったら、きっといいものが見つかるよ」
「……罠じゃないだろうな?」
「や~だなぁ~。ぼくちんだって、いつも嘘吐くわけじゃないよ~? 信じるかどうかは、君たち次第だけどね」
わざわざこうして情報を与えてくる意図が読めない。城に何かあるとすれば……いなくなった子供たちとか?
『みんな、こいつの言うことは信じるな。こいつは見た目の通り、ただの道化でしかない』
「……ルマン? どうしたんだよ?」
いつもよりも厳しさを増した声に、真っ先にオルフさんが反応する。ルマンさんの言葉を聞いたラケルの顔は、どんどん笑みで歪んでいく。
「あっはっはぁ! そんなの当たり前じゃん! ぼくちんはただのふざけたピエロで、嘘吐きだよ? バカ正直に信用する方がおかしいって!」
腹を抱えて、壊れるくらいに笑い転げている。私たちは何も言えず、その場に硬直していた。
しばらく笑ってから、ラケルは私たちに向かって大げさに手を振った。
「じゃあ、この夢から出られるようにせいぜい頑張りなよ! バイバイ!」
「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」
その言葉とともに幻影が消え去り、猫が一声鳴いてから逃げ出した。その方向には、奇しくも城がそびえている。
「あ、猫だ! 捕まえろー!」
猫が去ってすぐに、私たちの背後から子供の声が聞こえた。一人ではなく、複数人の子供たちが、私たちを追い越して猫めがけて走っていく。
「みんな、待って!」
「ステラ様! 一人で行くのは危険です!」
繋いでいた手を離し、子供たちを追いかけて行くステラ。アルバトスを先頭に、私たちも後を追う。
今のところ、あの白と薄紫色の城に行くくらいしか手がかりはなさそうだ。わざわざ城が建っているのだ、何かしら隠されていたっておかしくない。
『……いつまで逃げ続ける気なんだ、あいつ……』
「まーたぶつぶつ言ってんな。今日はどうしたんだよ?」
『……なんでもない』
私の後ろから、少し寂しげなルマンさんの声が聞こえたのは、気のせいだろうか?
城の正門に来ても、門番の一人もいない。おかげですんなり敷地に入ることができた。
庭園には、誰もいないように思えた。それでも管理が行き届いているように見えるのは、ここが夢の中だからか。
白と薄紫色のタイルの床が敷き詰められ、白い壁に囲まれた城の中にも、誰もいない。
「くそっ、見失ってしまった。ステラ様はどこに行かれたんだ……」
「子供の姿もないな。こう静かだと、なんだか不気味だ」
ステラや子供たちは途中で見失ったが、この城の中に入っていったことだけは確かだ。
分かれた通路はないが、扉が三つある。右と左の壁の扉と、正面の一際大きな扉だ。子供たちはどの扉を開けたのか、痕跡を辿ることにした。
しかし、痕跡を辿るよりも前に、扉に近づいただけで確信した。
「……この一番大きな扉の先、なんか騒がしいよ」
「きっとそこにステラ様がいるんだ! 開けるぞ!」
「あーもう、あんたらちょっと待ってよー」
ノインを待っていたら何もかもが手遅れになる気がする。私とアルバトスで扉を押し開ける。
その先は、城の大広間らしき広々とした部屋だった。扉よりも少し遠い場所に、ステラが一人立ち尽くしていた。
「ステラ様! ご無事ですか!?」
「あっ、みんな……あの、他の子たちが、ちょっと変なの……」
アルバトスに保護されたステラが、部屋の奥へ指をさして私たちに告げた。
長い薄紫のカーペットの先に白い玉座があり、その周りには子供たちが集まっている。子供たちは、玉座に座る誰かに笑顔を見せたり、遊んでもらったりしていた。
その「誰か」は、紫の長髪を一つに束ね、異国の装束を模した服を着ており、腰の両側に二本の刀を差していた。
「ふふ、そうですか。面白い方たちに遊んでもらっていたのですね」
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