ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第6章「最高神生誕祭」

142話 百年前の再来

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 *

 私とアスタが繁華街に辿り着く前、宮殿の近くでとても眩しい光が立ち昇っているのが見えた。誰かが戦っているということはすぐにわかったが、どういう状況に陥っているのかまでは予想がつかなかった。
 繁華街に戻ってきたとき、神たちの大半が姿を消していた。建物も一部壊れていて、誰かが神幻術のような大規模な魔法を使ったらしい。眩しい光が立ち昇っていたところへ近づくにつれ、崩れた建物の数がどんどん増えていった。

「な、なんなのよ、これ……」

 アスタと一緒に繁華街を走っていたとき、崩れた瓦礫の近くに複数人の神が佇んでいることに気づいた。事がすべて終わった後なのかも、とぼんやり思っていた。
 瓦礫の前にしゃがみ込んでいるクリムを見つけたとき、私はとっさに駆け寄った。クリムの腕の中には、頭から血を流しているアイリスがいたのだ。

「クリム! ここで一体何があったの!?」
「ユキア、アスタ……アイリス様が……」

 こちらをゆっくりと振り返ったクリムの声が、聞いたこともないくらい震えていた。
 アイリスの顔は、息が止まるくらい真っ白だった。強く殴られたような衝撃を覚え、私は雨の中で固まってしまう。

「な……!? なんでアイリスがこんなところにいるの!?」
「わからない。僕もついさっきここに来たばかりで、何がなんだか……」

 どうやら、繁華街にかなりの数の魔物が侵入していたそうで、クリムはその対処にあたっていたそうだ。おかげで、ここに来るのもだいぶ遅れてしまったようだ。
 ただ、平和な祭りが大惨事に変貌してしまったという現実だけを、ありありと見せつけられている。

「急いで回復魔法をかけたけど、意識が全然戻らない。それにかなり体温が下がってて……」
「なら、急いで運ばないといけませんね」
「ヴィー! メアにセルジュも!」

 ちょうどヴィータが私たちのいる瓦礫の前を通りかかったようで、声をかけてきた。
 彼女の隣には、メアとセルジュさんの姿もあった。メアは、なぜか眠っているアリアを抱えている。しかし、明るかったはずのセルジュさんの顔には陰が落ち、深く俯いている状態だった。

「セルジュも無事だったんだね。よかった」
「あ……はい。ごめんなさい……」

 嬉々としてクリムと会話していたのが、セルジュさんの常であるはずだった。なのに、今は最低限しか受け答えできなさそうだ。彼の身にも何かあったのかもしれないが、さすがに今ここで聞き出すわけにはいかない。

「実は今、診療所が怪我をした神で溢れかえっているんです。だから宮殿に運ばないといけません」
「え? ち、ちょっと待って。カルデルトはどこにいったの!?」
「それがわからないんだ。回復系の系統魔法を使える神たちが力を合わせて、どうにか間に合わせているらしい」

 私も一応、系統魔法で軽い怪我の治療をするくらいはできる。手伝いに行った方がいいかもしれないけれど────

「そうだ、レーニエ君とステラ! 私たち、あの二人を敵から逃がしたんだよ!」
「どうりで姿が見えないと思ったら、そういうことだったのか。ユキア、私もアリアを運ばないといけないから、宮殿に行って二人の安否を確かめに行こう」
「なら、アイリス様も連れて行ってくれる? 僕はここで現場の調査をしないと……」
「じゃあ、ボクがアイリスを運ぶ」

 私もクリムも、アスタが願い出るとは思っておらず、面食らってしまう。

「あんた、アイリスのこと嫌ってたんじゃないの?」
「……気に食わないってだけで、こんな目に遭ってほしかったわけじゃないもん」

 こちらも相当とても思い詰めた顔をしている。私だって、色々言いたいことがあった。アイリスがこんな状態じゃ、しばらくは喧嘩腰で話すことすらできないだろう。
 クリムがアスタにアイリスを預けたので、私たちは宮殿へ向かうことにした。アイリスの近くに見慣れた杖が転がっていたので、拾い上げる。いつもアイリスが持っていたものだ。
 瓦礫が大量に崩れた現場に残ったのは、クリムとヴィータ、そしてセルジュさん。他の神たちの安否がどうなっているのかも、あとで誰かから聞いてみないと。

 *

 ユキアたちを見送ってから、僕たちは繁華街の損傷具合を確認する。
 誰かが屋根の上で戦っていたのか、建物の瓦礫の中でも特に屋根の部分の破壊が著しい。しかも、一部屋根には使われない材質の瓦礫が転がっている。銀白色の金属でできているみたいだ。
 確か、この金属は「アダマンタイト」と呼ばれる金属だったと思う。以前、鍛冶神であるカトラスさんから聞いたことがあった。
 産出量は金やダイヤモンドよりは多いが、鉄よりはかなり少ないのでそこそこ希少な金属だ。頑丈である他魔力との相性がいいので、主に僕たち神が使う武器に配合されているらしい。セルジュの片翼に巻かれている鎖のように、神の装備にもアダマンタイトが使用されていることもある。
 なので、本来は大量に使用できるものじゃない。建物に使用するには向いていない金属だから、瓦礫の中にアダマンタイトが大量に転がっているなんておかしい話なのだ。

「……これ、時間が経ったら元に戻っちゃいますよ」

 僕の隣に座り込んだセルジュが、金属の欠片を拾い上げて呟いた。最初は、その言葉の意味がよくわからなかった。
 金属に注目して、しばらく経つと────セルジュが掴み取っている金属片が、みるみるうちに木片へと姿を変えたのだ。
 こんな自然現象があるわけはない。明らかに魔法によるものだ。

「ぼく……この魔法、知ってます」
「え? どういうこと?」

 僕の問いに応えることはなく、木片を地面に置いてまた別の場所へと移動する。
 そういえば、セルジュはジュリオと一緒ではなかったのか? おまけにあの表情の暗さ……ジュリオがいないことと関係があるかもしれない。
 この調子だと、金属片が全部元の材質に戻ってしまうだろう。僕は懐から「原罪の記録書」を引き抜き、本を開いて周囲の魔力などを吸い込ませた。
 あとで調べれば、アダマンタイトに変える魔法を行使した者の正体がわかるかもしれない。他にも色々と手がかりを見つけられそうだ。

「……これ、もしかしてあいつの……」

 今度は、ヴィータが何かを拾い上げていた。それは白い布で、引きちぎられたような跡が残っている。雨で濡れ切っており、雫が滴り落ちている。

「その布がどうかした?」
「ここに一人、観測者がいたみたいです。シファ……あいつの姉が、ここで戦っていたかもしれません」

 言われてみれば、周囲に布切れが落ちている。僕も拾い上げて確認した感じ、ドレスに使いそうな滑らかな材質でできていそうだ。
 そういや、シファと戦っていたとき、彼の口から「姉さん」という言葉が出ていたのを思い出した。それから、「姉さんが来たらここも終わりだ」とも言っていた。
 シファの姉とやらがここに来ていた可能性があり、アイリス様が血まみれになって倒れていた────ここまで判明した事実を並べてみると、シファの言葉は正しかったことがわかる。

「やっぱり……これ、にーさんの羽根」

 セルジュが拾い上げていたのは、一枚の羽根。僕やアリアの持つ翼とほとんど同じものだ。
 僕は翼を見ただけで、誰のものなのかがわかるわけではないけれど、セルジュは違うようだ。

「まさか……ジュリオがここにいたってこと?」
「そうとしか考えられないです。あの金属片は『アダマンタイト・アセンブラー』という、にーさんの固有魔法によるものです。触れた部分をアダマンタイトに変える力があるんですよ」
「……ここには観測者が戦った形跡もあった。そして、アイリス様もここで戦っていた。ここにジュリオも関わっていたってことは────」
「にーさんは、最初からぼくたちを裏切っていたんですね……」

 どこか自暴自棄で、投げやりになってきている口ぶりだった。セルジュの目つきは虚ろなもので、諦観の色を宿している。

「にーさん、お祭りの最中に突然いなくなっちゃったんです。一緒にお祭りを回ろうって言ったのに。そしてこの有様……アイリス様をあんなに傷つけたのも、にーさんだと思います」
「ど、どうしてそう言えるんだい。弟の君を裏切るなんて、そんなの……」

 ……僕は、昼間のアイリス様の言葉を思い出していた。ジュリオが反乱分子になって帰ってきたという予測は、当たっていたのだ。
 これは────百年前のあの日の再来じゃないかと考えてしまう。

「クリム先輩……もし、本当ににーさんがぼくたちを裏切っているとしたら……死刑にしなきゃいけないんですか?」
「……もし、アイリス様が最悪の事態に見舞われたら、そうするしか」
「お願いです、にーさんを殺さないでください!! ぼくにとっては、たった一人の家族なんですっ!!」

 セルジュが僕の両肩を掴み、張り裂けそうな声で叫んだ。伝い続ける雫に混じって、涙がとめどなく流れ落ちている。
 肩を掴む彼の右手に、自分の左手を重ねた。震え続ける手から感覚が失われそうなくらい冷え切っている。それに比べたら、僕の手はまだ温かい方だ。

「僕だって、これ以上自分の手で神を殺したくないよ。でも、ジュリオが他の神にも危害を加えない保証はない。そうなる前に、力づくにでも止めなきゃいけないよ」
「っ……アイリス様をあんな目に遭わせるなんて、微塵も思いませんでした。ぼく、にーさんが何を考えてるのか、全然……!!」
「わからないのは、僕も同じだ。ジュリオを止めるには、セルジュ……君の力が必要なんだよ」

 いつの頃だったか、セルジュが僕に聞いてきたことがあった。失ったものはいつか取り戻せるか、と。そのとき僕は、「取り戻せると信じてる」と答えた記憶がある。
 だけど、信じているだけじゃ何も変わらない。追いかけなくては、手を伸ばさなくてはいけないんだ。

「クリム先輩も、協力してくれるんですか……?」
「僕は断罪神として、罪を裁かないといけないけれど……君のお兄さんだもの。最善を尽くすよ」
「……よかったです。クリム先輩が優しいひとで、本当によかった……!」

 涙は止まっていないけれど、笑ってくれた。こうして誰かの助けになることが、僕の生きる意味なのかなと思う。

「話は終わりましたか?」
「わああぁ!?」

 急にヴィータが声をかけてきたので、セルジュが大げさに声を上げた。ヴィータ自身はいつも通りの涼しい顔をしたまま、僕に「これからどうしますか?」と確認をとってきた。

「調査は大体終わったから、街の損壊状況を確認するよ。とはいえ、結構広範囲みたいだけど」
「街の修繕はどうするのです? 街の大半を壊したの、クリムですよね?」
「うっ……いつもなら、アリアがやってくれるんだけどね……」
「アリア先輩がダメなら、しばらく放置でも大丈夫だと思います。でもまあ、早めに対応しないとですよね」

 本当は、街中で神幻術を使うつもりはなかった。僕の神幻術は、かなりの広範囲に渡る破壊と浄化をもたらすものだからだ。
 アリアは壊れたものを元通りに直すことを得意としており、街が何らかの原因で壊れたときは魔法で直してくれる。今回の場合、そのアリアがリミッターを外したことで暴走状態になったため、アイリス様の意識が戻り次第リミッターをかけ直さなくてはいけない。
 そもそも、リミッター自体が必要なくなることに越したことはないのだが……。

「そういえば、ヴィータ。神たちの安否は確認してくれたのかい?」
「はい。すごく奇妙というか、まずい状態になっています。カフェにいた神たちが、全員姿を消していました」
「えっ……全員って、そんなことあるんですか?」
「限定スイーツが提供されていたカフェにいた者たちが消えているとなると……なんだかきな臭いです」
「……うにゃぁ?」

 セルジュは首を傾げるばかりで、話についてこれていないようだった。
 とりあえず、僕の知っている限りでセルジュに情報共有をすることにした。こんなことになる前はとても楽しみにしていたから、悪い話を聞かせるのは気が引けた。
 だが、限定スイーツを食べた者たちがおかしくなったこと、そこにシファたち観測者が関わっていることを聞くと、複雑そうではあるが覚悟を決めたみたいだった。

「……そうですか。ヴィータ、トルテさんがどこにいるかってわかるんですか?」
「残念ながら、姿は見えませんでした。カフェを離れているだけならいいのですが」

 シファ曰く、「姉さんに付き従っている神」が、限定スイーツに仕掛けを施したらしい。つまり、ジュリオの他にも「裏切り者」がいるのだ。
 裏切り者を見つけて、その罪状によっては……僕は断罪神として、裁きを下さなくてはいけない。最悪、クロウのように殺すしかなくなる。殺さずに済むなら、それが最善だ。

「とにかく、神たちの行方を探そう。次にいつ奴らが来るかわからない」
「ええ、そうですね」
「にーさんやトルテさん、それに他の皆さんも見つけましょう!」

 アイリス様やアリア、カルデルトのことはユキアたちに任せておいても大丈夫だろう。
 雨足がだいぶ弱まっていた。もうすぐ雨は上がるだろう。この頃にはもう、太陽が落ちかけていた。
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